第23話

「本当にいいのか?」


 オートロック付きのマンション、304号室の扉の前に立っていた俺は、迷っていた。


「でも仕方ないじゃない。千寓寺くんや凪咲の家は、おそらく田中に知られていると思うし」


 こちらの田中が俺の狭い交友関係を調べていたと仮定すると、いま明護が挙げた二人の自宅は危険かもしれない。

 それに比べて、こちらの世界の俺と明護は絶縁関係にあったため、田中のマークから外れている可能性があった。

 明護の親切心に甘えてついてきてしまったけど、


「やっぱり迷惑かけるのはよくないな。俺ならネットカフェでも大丈夫だからさ」


 明護は俺の顔を一瞥し、はぁとため息をついた。


「あんた、お金持ってないじゃない」

「あ……」


 この世界の俺は度が過ぎるほどの貧乏だった(元の世界でもそれほど変わりはないが)。通帳の残高は120円(さすがにこれよりはある)。家の中をくまなく探しても現金は1円も見つからなかった。見つかったのは古いショットガン、ウィンチェスターM1887だけだった(一応、自衛のために持ってきたけど)。


「じゃあやっぱり千寓寺がバイト終わるのを待つか――」

「でも千寓寺くんに事情を知らせるのはどうなの?」

「……それは」

「 田中が襲ってきたら、どう説明するつもり?  凪咲だって同じよ。もし巻き込むなら、その時にはすべて話して説明しなきゃいけない。あんた言える? 君が田中に殺される未来を防ぐためにタイムマシンを作ったら、今度は自分が田中に命を狙われてしまいました、って」

「言えるわけないだろ!」

「でしょ? それに千寓寺くんはあんたが頭打ってどうかしちゃったって思ってる状態よ。説明したところでどこまで信じてくれるかなんてわからないわよ」


 明護のいうことはもっともだった。


「あんたがいま全力で巻き込めるのは、全部聞いちゃったあたしだけなのよ」


 俺はまた、明護を巻き込んでしまったのか。

 心の奥底にはどんよりとした暗い気分が漂い、まるで憂鬱な曲が耳元で流れているかのようだった。

 俺の心は重く沈んでいった。


「勘違いしないでよ。あたしは自ら望んで巻き込まれたの。これっぽっちもあんたのためじゃないから」

「でも、でも!」

「あたしは大学でスキルを研究しているって言ったでしょ?」


 確かに明護はそんなことを言っていた。

 彼女がいた第二研究棟の室名プレートにも【スキル研究室】と書かれていたことを思い出す。


「高校の時に仲が良かった友達がいたの。その子は今、石化病という難病と闘っているの。あたしは彼女を助けたくて、スキルを研究しはじめたの。あんたと一緒にいる理由は、あんたと一緒にいればまだ知らないスキルを見つけられるかもしれないから。これはあたしのためでもあるの。だから、あんたが心配する必要はないの」

「………」


「これはあたしがお願いしているんだから。あたしをあんたの近くに置いて。それでタイムマシン装置を取り戻したら、石化病が治せる時代まであたしを連れて行って。もしくは、それに近いスキルを手に入れたらあたしに譲ってほしいの。それがあんたに協力する条件。これならあんたも気を遣わなくて済むでしょ?」


 それはつまり、俺に気を遣わせないための理由ということだ。

 しかし、それを口にするのは野暮なことだ。

 だから、俺はわかったと頷く。


「約束だ。タイムマシン装置を取り返したら明護の望む時代に連れて行く。石化病を治せるスキル、またはそれに近いものを見つけた場合も明護に譲る。それでいいか?」

「オッケー、なら交渉成立ね。――じゃあ遠慮せずに入りなさい」



 ◆◆◆



「突っ立っていないで座ったら?」

「ああ」


 彼女の部屋は女性のものとは思えないほど、余計なものが一切存在しない。簡要なベッドに二人がけ用のソファ、小さな机にはノートパソコンが置かれていた。

 いわゆる女子力のない部屋。

 それは俺の知ってる彼女の部屋とは真逆で、少しだけ驚いてしまった。


「基本、ここは寝に帰るだけだから」


 明護は少し恥ずかしそうに、取り繕うように口にする。

 それから交互に風呂に入り、俺たちはさっさと眠ることにした。

 彼女はベッドの半分を使ってもいいと言ってくれたが、さすがに遠慮してソファで寝ることにした。



 ◆◆◆



「ここが冒険者ギルドよ」


 翌朝、俺は明護に連れられて大学近くの冒険者ギルドにやって来ていた。

 ただし、一般的なファンタジーのような雰囲気ではなく、単なる役所のような場所だ。


「結構人いるんだな」

「それだけスキルは魅力的だし、うまくいけば一攫千金だからね」


 明護の話だと、冒険者ギルドは冒険者たちにとっての集まる場所であり、情報交換所でもあるようだ。

 要するに、冒険者同士の交流の場というわけだ。


「受付はあっちよ。早いところ手続きを済ませるわよ」


 前夜、俺たちは少し今後の方針について話し合い、田中との戦いに備えて戦力を強化することにした。そのためには危険地域でモンスターを討伐しなければならない。スキルカプセルを入手するためだ。

 冒険者登録をしなくても危険区域に入ることは可能だが、スキルカプセルの購入やオークションへの参加などは冒険者登録が必要のようだ。


「では、こちらが冒険者カードになります」


 登録は驚くほど簡単に終わった。受付で渡された冒険者カードは、なんだか免許証みたいだった。


「あれは?」

「見た通りアイテム販売所よ」

「アイテム販売所……?」

「モンスターを倒すと稀にアイテムが出現するのよ」

「え!? モンスターがドロップするのはスキルカプセルだけじゃないのか?」

「カプセルの種類によるわね」

「種類? あのカプセルってそんなにいっぱい種類があるのか?」

「一応現時点で確認されているカプセルの数は7種類よ」

「そんなにあるのかよ!」

「ちなみにカプセルは色によって種類やレアリティが違ってくるの」


 赤色カプセルは攻撃系スキル。青色カプセルは支援系スキル。緑色カプセルは回復系スキル。黄色カプセルはパシッブスキル。白色カプセルにはアイテムが入っているという。


「その他にも銀色のカプセルと金色のカプセルがあるわね。ちなみにこの二つにはレアリティの高いスキルが入っていると言われているわね」

「レアリティって、あのスキル説明欄にある★のことか?」

「現時点で★1から★4まで確認されているわ。通常カプセルには★1から★2が入っていて、銀色カプセルには★3。金色カプセルには★4って具合かな」


 明護はまだ見つかっていない色のカプセルもあるかもしれないという。


「ちなみにアイテムってどんなのがあるんだ」

「やっぱりポーションが一番有名なんじゃない」

「ポーションなんてあるのかよ!?」

「あるわよ。瀕死の怪我を負った冒険者にポーションをかけたら元に戻ったって報告もあがってるし」

「瀕死って……どの程度?」

「聞いた話だと上半身と下半身に分かれていたらしいわよ」

「マジ!? それで助かったのかよ」

「助かっちゃったみたいね」

「そんなに凄いなら、ポーションで石化病も直るんじゃ?」

「ポーションで治るのは肉体的な損傷や怪我だけなの。石化病には効かないのよ」


 それでも十分すごい気がするのだが、明護が求めているものはあくまで石化病を治すアイテムなのだ。


「で、今から危険区域にモンスターを狩りに行くんだよな?」

「そうなるわね」

「【外装魔力】ってスキルも無いのに大丈夫なのか?」

「あるわよ?」

「え……あるって?」

「言ってなかったけ? あたし【外装魔力】習得してるのよ」


 まさかのスキル持ちかよ。

 さすがスキル研究者だな。


「【外装魔力】ってレアリティ★1だから意外と出るのよね」

「でも100万から300万くらいするんだろ? そんなにポンポン出るものなのか?」

「それどこ情報?」

「千寓寺だけど」

「確かに以前はそれくらいだったけど、今は【外装魔力】の価値って45万ほどよ。数ヶ月前にあたしが買った時でも50万くらいだったし」

「買ったのか!? よくそんな金あったな」

「もちろんローンでよ?」

「あ、なるほど」


 一瞬自分と違いすぎて本気で焦ってしまった。


「最も入手しやすいスキルって言われているのが【外装魔力】なのよ。そのおかげで日に日に価値が下がっているけどね。それにモンスターと戦う人にしか必要ないってのも大きな理由かもね。スキルって感じしないじゃない? パシッブスキルだから使ってる感覚もないし」


「そう考えると確かにそこまで欲しくないな」

「でしょ? 欲しがるのは危険区域に足を踏み入れて一稼ぎしようって考えてる冒険者くらいよ。もしくはあたしみたいに研究してる変わり者くらいかな」

「自分でいうのかよ」

「だって事実だし」


 明護がぷくーっと頬を膨らませた。

 こういうところは子供っぽいんだよなと、笑ってしまう。


「明護は結構頻繁に入るのか? 危険区域」

「まだ2回しか入ったことないわ。一度目は【外装魔力】を購入してすぐ、この時は結局30分程で引き上げたと思う。モンスターを見て怖くなったのよ」

「無理もないよ。俺なんてゴブリンの死体ですらビビったからな」

「ありがと。二度目は大学の冒険者サークルに同行させてもらったんだけど、思っていたのと違った」


「違ったって?」

「あたしはてっきりカプセル入手を目的としたサークルだと思っていたんだけど、実際は肝試し感覚のサークルって感じだったかな。【外装魔力】持ちは何人かいたけど、攻撃スキルを習得してる人はいなかったし、強力なモンスターに遭遇したら終わるなって思ったから、同行させてもらったのは一度だけ」


 今回で三度目というわけか。


「モンスターを倒したことは?」

「ゴブリンなら一度あるわね。結構離れた場所から、それも危険区域外にいたのを狙撃しただけなんだけどね」

「狙撃って、それで?」


 俺は明護が背負っていたガンケースに視線を向けた。彼女が使用する銃はAWM-L96A1というイギリス製のライフル銃らしい。一応ハンドガンも持っているらしいのだが、近距離で撃てるかわからないため、遠くから狙撃可能なライフル銃を好んでいるという。


 ちなみに俺は昨夜自宅から持ってきたショットガン――ウィンチェスターM1887を使用するつもりだ。

 この銃を選んだ理由はたぶん、ターミネーターⅡに憧れたんだと思う。


「危険区域内のモンスターは深層に近づけば近づくほど強度が増すから、実際【外装魔力】があっても銃は通用しなくなるんだけどね」


 銃も【外装魔力】も無いよりはマシというだけで、言ってしまえば御守り代わりのようなものだという。


「今日はとりあえずモンスターを倒すことよりも危険区域――瘴気内に慣れることを目的としましょう。焦って怪我したら意味ないからね」


 了解と頷きながら、俺はバックパックを背負い直す。


「念のため食糧ももう少し補充したいから、一度コンビニに寄ってから向かいましょう」




 こうして俺は危険区域に足を踏み入れることになった。

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