第25話
この日は冒険者ギルドに立ち寄り、その後危険区域へ向かうことに決めた。ライフル銃の弾が残りわずかになっていたため、ギルドショップで補充するためだ。
明護がギルドショップで弾を購入していると、受付の方から大きな声が響いてきた。
「何かあったのかな?」
「気になるわね」
支払いを済ませ、受付まで足を運ぶと、そこには大声で騒ぐ男女の姿があった。
「どうかしたんですか?」
近くにいた冒険者に明護が尋ねた。
「子供が危険区域に入っちまったんだとよ」
「え、それヤバくないか?」
俺が言うと、男はよくあることだと鼻で嗤った。
「動画撮影や根性試しで危険区域に入るやつは一定数いるんだ。でも大抵は死んじまう。彼らは危険区域内のモンスターと外のモンスターがまったく違う存在だってことを知らないんだ」
今回危険区域に入ってしまったのは、複数の高校生グループだという。受付で大声を上げているのが彼らの保護者だ。
「誰も助けに行かないんですか?」
「おい兄ちゃん、俺たちは警察や自衛隊じゃねぇんだ? そんな手間のかかることする奴なんていねえよ」
別の男が話に割り込んできた。昼間っから酒臭い男だった。
「なら自衛隊に救助要請を出すとか」
「そんなことで自衛隊を動かしゃ、かえって被害が広がるだけだ。自衛隊は確かにすげぇけどな、あの中では【外装魔力】がなければ何もできねぇんだ。それがあっても限界はある。子供が二層に入っていない保証なんてどこにもないだろ?
兄ちゃんも冒険者だろ? スマホも使えないあの中で迷子になったら、見つけるのは非常に困難だってわかるよな? 二次被害を避けるためにも見捨てるのが一番つーこったぁ」
理屈はわかるけど、それって人としてどうなんだろう。もし自分の大切な人が同じ立場にいたとしたら、この人のようには割り切れないと思う。
「気持ちはわかるけど、あんたには他人の心配をしている暇なんてないでしょう?」
それは確かにそうだけど、助けられるかもしれない命をこのまま見捨てていいのだろうか。
「外道、その高校生たちは自分から危険区域に入ったのよ。迷い込んだわけじゃないの」
「でも、まだ子供だ。高校生なんてまだまだ子供だろ? 子供なら好奇心から間違ったことをすることだってあると思うんだ。間違ったからって見捨てるのは違うと思う。そんなことは大人のすることじゃない!」
明護は困ったように眉を上げた。
「ごめん。別に明護を責めているわけじゃないんだ」
「わかってるわよ。あんたのそういうところ嫌いじゃないしね。でも今は自分たちのことを優先しましょう」
「……うん」
◆◆◆
「だからボクは来たくないって言ったんだ!」
廃墟となったビルの床に、響く足音と喧嘩の声が交錯していた。
その場所は、昔は賑やかな商業地だったが、今や朽ち果てた建物の集まりと化していた。
彼らは廃墟のビルの中に身を置いていた。
一人は見た目からして凛とした姿勢を崩さない女子生徒であり、もう一人は気だるげな雰囲気を纏った男子生徒だった。
「そんなこと今更言ったって仕方ねぇだろ!」
不良っぽい見た目の男子生徒が声を荒げると、
「こんな時に喧嘩なんてしないでよ!」
眼鏡をかけた女子生徒が憤慨し、その声はビルの壁に響き渡る。
彼らは情緒が高ぶり、言葉を激しくぶつけ合っていた。言葉のやり取りは激しさを増し、周囲の空気が一層緊迫したものになっていく。
しかし、そんな中でも彼らは互いを理解しようとする一抹の願いを秘めていた。
「とりあえず助けを待つしかないよ」
気だるげな男子生徒は眉を寄せ、苦悩の色を浮かべながら囁いた。
凛とした姿勢の女子生徒も同じく沈黙し、目を凝らして周囲の音を聞き入る。
その静寂を切り裂くように、遠くからけたたましい怪物の唸り声が響いてくる。その凶暴な音に彼らの不安は増幅され、心の奥底に緊張が走る。
「本当に……救助なんて来るのかな?」
女子生徒の声が小さく震えるように漏れる。
「スマホも使えねぇんじゃこっちから助けを呼ぶこともできねぇからな」
男子生徒の言葉には不安と無力感が滲み出ていた。
彼らは廃墟の中で取り残され、迫りくる危険に立ち向かう術も手段も持たない状況に絶望を感じていた。
項垂れるようにその場に座り込んでしまった彼らの元に、コツコツと足音が響いてきた。
「!?」
彼らは一斉に身を寄せ合い、音の方に目を凝らした。
「誰かの足音かな?」
「モンスターの足音ではなさそうだけど……」
「もしかして冒険者が助けに来てくれたんじゃねぇのか! 絶対にそうだ!」
「――――待ってくれ、神室!」
神室と呼ばれた男子生徒は、凛とした姿勢の女子生徒の手を振り払い、暗闇へと駆けていった。
「おーい! オレたちはこ――――」
バンッ!
一発の乾いた銃声が静寂を打ち破り、男子生徒がゆっくりと後ろに倒れた。
「「「!?」」」
男子生徒の額には銃弾の痕が浮かび上がっていた。
冷たい鉄が男子生徒の肌に刻まれ、血の赤と死の黒が混じり合う異様な光景が、その場に鮮烈に映し出された。
彼らの目には驚愕と苦悶が宿り、一瞬の間に無数の思考が彼らを襲った。
「いや……いやぁあああああああああああああああああッ!」
眼鏡をかけた女子生徒はその場に崩れ落ち、気だるげな男子生徒は恐怖に凝り固まっていた。
彼らの脳裏にはただ一つの問い「なぜ?」が漂っていた。
彼らはモンスターに襲われたわけではなかった。
友人は銃弾によって命を奪われたのだ。
考えられることはただ一つ、それは彼らが助けを求めていた冒険者による犯行だ。その理由は不明だが、冒険者が彼らを襲ったのだ。
「立て、千鶴! 雨宮、すぐにここから逃げよう!」
凛とした姿勢の女子生徒は即座にこの場所が危険だと判断し、二人を連れて移動を試みたが、
「――――ッ!?」
前方の暗闇から不気味な男が姿を現した。
端正な顔立ちを持ちながらも、彼の黒い目は不気味な光を放っていた。その眼差しは深淵のような闇を秘め、謎めいた空気が彼を包んでいた。彼の存在自体が心に恐怖を抱かせるものだった。
――気持ち悪い。
目の前の男に北条真紀が抱いた感情だった。
男の姿勢は高貴かつ優雅でありながら、何か邪悪なものを感じさせた。
彼の眼差しは空虚で、闇そのものを映し出しているようだった。
男の黒い目は、人々の心の奥深くに隠された闇を窺っているかのように思えた。一瞥された者たちは、自分自身の弱点や隠された欲望が露呈されたかのような錯覚に襲われるのだ。
「……」
その男は黙ったままだが、彼の存在は沈黙を通じて物語を紡いでいるようだった。周囲には疑念と不安が漂い、北条の心に恐怖が広がっていった。
――……怖い。
男の背後には、何か不可思議な力が潜んでいるように感じられた。影が長く伸び、夜の闇と一体化していく。男はただそこにいるだけで、人々に深い恐怖を抱かせる存在だった。
「申し訳ないが、君たちには外道くんを招待するための飾りになってもらう」
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