第26話
「一匹逃げたわよ、外道!」
ウィザードゴブリンはゴブリンとは異なり、頭が良く、状況判断能力が非常に高い。手下のゴブリンを利用してこちらの力を見極め、勝てないと分かると、迷わず仲間を見捨てる。
「任せろ!」
外道はウィンチェスターの特徴的なレバーアクションで次弾を装填し、背中を向けて走り出すウィザードゴブリンを視界に捉える。
その場で膝をついた外道は、鷹のように鋭い目つきでウィンチェスターを構えた。ウィザードゴブリンの後ろ姿を睨みつける外道は、一瞬で状況を読み取り、正確な射撃のタイミングを見極める。
「ここだ!」
そして、彼は引き金を引いた。銃声とともにウィンチェスターM1887から強力な銃弾が放たれ、モンスターの背中に突き刺さった。その瞬間、ウィザードゴブリンの体は力なく崩れ落ち、赤い血しぶきが舞った。
彼は冷静な眼差しで倒れたウィザードゴブリンの姿を見つめ、緊張の糸を解くように息を吐き出した。
「すごい上達ぶりね」
ここ数時間で外道の射撃の腕は格段に上がっていた。眼を見張るほどの成長速度だった。
「……」
しかし、彼の表情は険しかった。
今朝冒険者ギルドで行方不明の高校生の話を聞いてからというもの、彼は明らかに元気がなかった。
時折、危険区域の奥に目を細める彼は、見知らぬ高校生の安否を気にかけているのだろう。
「明護、やっぱり――」
「ダメよ!」
「……まだ何も言ってないんだけど」
「あんたが考えてる事なんて言われなくったってわかるもの。どうせ行方不明の高校生たちを探してみないかって言うんでしょ」
「明護はいつからエスパーになったんだよ!?」
「そのくらいスキルがなくてもわかるわよ」
「じゃあ!」
「ダメよ!」
どうしてだと食い下がる外道に、あたしはやれやれと頭を振った。
「言ったでしょ。あたしたちは他人の心配をしている場合じゃないの。あんたは命を狙われてるかもしれないのよ? そうじゃなかったとしても、なるべく早く力をつけて、田中からタイムマシン装置を取り返さなくちゃいけない。他人に構ってる暇なんてないの! わかったわね」
くちびるを尖らせた彼の顔には、わからないと書いてあった。しかし、こればかりはどうしようもない。
それに、彼には言わなかったけど、武器を持たない高校生が危険区域で一晩も生きていられるとは思えなかった。今頃はモンスターの腹の中にいるかもしれない高校生を探す気になど、あたしにはとてもなれなかった。
「そんなことよりお腹空いたわ。適当な場所で昼食にしましょう」
◆◆◆
時刻は12時前、明護の提案で少し早めの昼食をとることにした。
「終末世界でピクニックって感じね」
ちょうどいい場所にバス停のベンチがあり、ここで昼食を摂ることにした。
「コーヒーあるわよ。飲む?」
「もらうよ」
二人並んでコンビニのサンドイッチを食べていると、前方から二人組の冒険者がやって来る。
「この辺りもいよいよって感じだな」
「どこの危険区域にだってイカれ野郎はいるもんさ」
「そりゃそうだけどよ。ありゃまだ子供だろ?」
「見た感じ高校生くらいだったか?」
「撃ち殺すこたぁねぇだろ。しかもなんだよ、【田中参上ッ!】って」
「え……」
冒険者の男たちの言葉に驚いた俺は、持っていたサンドイッチを落としてしまった。
「明護……俺の聞き間違いかな?」
「……残念だけど、多分あたしにもはっきり聞こえていたわよ。この世で一番聞きたくなかった名前が」
数瞬、俺たちは互いに顔を見合わせ、立ち上がった。
次の瞬間、二人揃って冒険者の男たちに詰め寄っていた。
「今田中参上ッ! って言いましたよね!」
「その詳しい話を聞かせてもらえないかしら!」
二人はかなり驚いていたけど、どうせギルドに報告するつもりだからと、【田中参上ッ!】について詳しく教えてくれた。
ここから西に少し進んだ辺りに【マテンロウ】という雑居ビルがある。冒険者たちはそこで高校生らしき男性の死体を発見したという。
危険区域で死体を発見することは特に珍しいことではない。実際、ここ数日で俺たちもいくつかの死体を確認している。
しかし、高校生の死体となれば話は別だ。
国から冒険者カードが発行されるのは20歳以上の年齢から。高校生には発行されない。もちろん冒険者カードを発行せずに無断で危険区域に入るものは後を絶たない。
危険区域の管理が杜撰なのではない。そもそも危険区域を管理することなど不可能なのだ。
さらに驚くべきことに、冒険者たちは男子高校生の死体にはモンスターによる外傷が一切見つからなかったという。
男子高校生の額には銃で撃たれた痕があったという。撃った相手はかなり腕のある者で、眉間を一発で撃ち抜いていたとのこと。
そして、男子生徒が倒れていた側には、【田中参上ッ!】と血で書かれていたという。
「あんたらも気をつけたほうがええ。危険区域では道を外れる人間が時折いるからな」
「これは別の危険区域での話だが、パーティ内で揉めて殺し合いにまで発展したところもあるんだ」
「あんたらのようなカップルなら問題ないとは思うけどな」
「――カッ、カップルじゃないわよッ!!」
俺とカップルだと思われることがそんなに嫌なのか、真っ赤な顔の明護が憤慨している。これには年配冒険者も苦笑いを浮かべていた。
「殺人鬼に出くわさんように気をつけてな!」
二人に礼を言い、俺たちは西に目を向けた。
「で、どうする?」
「行こう!」
もしも高校生を殺害した犯人が田中だったなら、放っておくわけにはいかない。違ったとしても、田中に繋がる手掛かりを得られるかもしれない。
タイムマシン装置を取り返し、a世界線の明護を助けるためにも、俺たちは進むしかないのだ。
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