第14話
「やっぱり外道くん、君は危険だ」
闇の中に佇む田中を、俺は睨みつけていた。
その眼差しはまるで闘志に燃える勇者が邪悪なる敵に立ち向かうかのように、不屈の意志と決意を宿していた。
炎のような熱を心に灯すことで、俺は田中に立ち向かう覚悟を示していたのだ。
「そりゃこっちの台詞だ。田中、お前はやっぱりこの世に生きてちゃいけない。お前がいるとみんなが不幸になる」
ハッピーエンドの大団円……?
俺は莫迦かッ。
そんな平和ボケした思考だから、大切な友達が――明護が殺されたんだ。
はじめからすべての元凶だった田中を殺すべきだったんだ。
終わらせるんだ。
俺の手で全てを……。
それしか道はない!
「大丈夫だよ、外道くんさえ避けなければ痛みはない。一瞬で灰になる。でも避ければこっちになっちゃうよ?」
田中は見せつけるようにナタを掲げる。
おとなしくファイヤーボールの餌食になるように言っているのだろう。
「ふざけんじゃねぇぞこのクソガキがァッ! 大人を莫迦にすんのも大概にしろ! ――なっ!?」
ファイヤーボールで倒すと宣言したくせに、田中は大きくナタを振りかぶって突進してきた。
「このホラ吹き坊主がッ!」
俺は消火器を盾に見立ててナタを受け止め、田中の土手っ腹に前蹴りを叩き込んだ。
「ッ!?」
大人と小学生では体重差がかなりある。少なくとも吹き飛ばされると思っていたのだが、吹き飛ばされるどころか申し訳程度にも動かない。
むしろ蹴りつけた俺の足の裏のほうがジンジンと痛むほどだ。まるで鉄板を蹴りつけたような感覚に戸惑いを覚えた。
「どうなってんだッ!?」
ならばと力任せにナタを振り払い、そのまま消火器で田中の側頭部を叩きつける。
――ゴンッ!
「マジで……化け物じゃねぇかよ」
殴りつけた消火器のほうが凹んでいた。石頭とかいう次元ではない。
俺はバックステップで田中から距離を取る。
消火器での攻撃が通用しないなら、刃物を持った田中に近づくことは危険だ。
しかし、離れればもっと厄介なファイヤーボールが飛んでくる。
「!」
案の定、田中がこちらに向かって手のひらを突き出した。その構えを見るのは何度目になるのだろう。
されど、引くわけにはいかない。
逃げることが目的であった先程までとは状況が違う。
俺はなんとしてもここで田中を殺さなければならない。
――ゴォォオオオオッ!
田中の手の中で激しい炎が舞い上がり、暗闇を照らし出す。熱気が辺りを包み込んでいく。
田中の手のひらから放たれた、熾烈なるファイヤーボールが迫りくる。その輝く炎は闇をも薙ぎ払い、俺の心に恐怖の矢を放つ。
しかし、俺はひるむことなく消火器を握りしめた。
一筋の勇気が心を満たし、俺は炎に立ち向かう覚悟を決めた。消火器を高々と掲げ、自らの命を賭けて一撃を放つ覚悟でいたのだ。
ファイヤーボールが猛スピードで迫ってきた瞬間、俺の手が自然と引かれる。消火器から高圧の消火剤が放たれ、それは空中で一瞬の輝きを放った。
ファイヤーボールが消火剤とぶつかると、轟音と共に衝撃波が広がった。炎は舞い散り、一瞬の間に熱気が冷たい風と共に消え去った。
目の前に広がる光景に驚嘆が込み上げる。炎の渦は無残にも崩れ落ち、燃え盛っていた空間は静寂に包まれた。
俺の目の前に広がるは、ただの焦燥と灰の残骸だけだった。
しかし、俺の闘志はまだ収まってなどいない。
目の前の宿敵――田中が再びナタを振りかぶり、俺に向かってくるのだ。
「しつこいんだよ――この野郎ッ!」
俺は田中が振りかぶったナタにめがけて消火器をぶん投げた。
狙い通りにナタの刃に直撃する消火器。同時に田中の手からナタが消える。
ナタを失った田中は少し丈夫なだけの小学生だ。
これならやれる!
「大人をなめるんじゃねぇぞッ!」
「――――う゛ぅッ」
突進してきた田中を受け止め、今度は俺が全力で押し返す。そして田中を背中からアルミフェンスに叩きつけた。
田中は凄まじい衝撃を受けたはずだが、それでもまだ平然としている。
ならば、俺は田中の首を両手で掴んだ。
冷たい皮膚の感触が指先に伝わり、恐怖が身体を駆け巡った。
しかし、やめるわけにはいかない。
明護を救うためにはこいつを――田中を殺すしかないのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
絶叫と共に俺は田中の首を一気に締め上げる。
田中の首がミシミシと音を立てて軋むと、無表情だった田中の顔もついに歪み始めた。
初めて田中の顔に恐怖の色が浮かんだ。
「――――ぐぅッ……ぅ」
苦しげな表情の田中が手のひらを突き出してくる――しかし、先程ファイヤーボールを放ってからまだ10秒しか経っていない。
田中のファイヤーボールが俺の【
田中が1分以内にファイヤーボールを連射していないことから、俺は田中のファイヤーボールのリキャストタイムは最低でも1分以上だと推測していた。
さらに田中は短時間にスキルを5回も使用している。カロリーメイトで空腹をしのげたとしても、あの疲労感は簡単には回復しないはずだ。
小学生離れした田中であっても、疲れないなんてことはないはずだ。
やはり、田中の手からファイヤーボールは生まれない。
――殺るなら今しかない。
ここで田中を殺せなければ、死ぬのは俺だ。
「死ねぇええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」
俺は全体重を田中の首に乗せた。
殺れる。
殺せる!
そう思ったのだが、
「――――う、うそだろッ!?」
田中は火事場の馬鹿力で俺を持ち上げた。
小学生が65kgある俺を持ち上げられることが信じられなかった――しかし、俺の体はふわりと舞い上がり、巴投げの要領でフェンスの向こう側に身を乗り出していた。
ぐるりと視界がまわる。
気付いた時には一面に夜空が広がっていた。
刹那、脳裏には十六夜と明護、二人の顔が浮かぶ。
それは走馬灯だったのだろう。
驚くほどゆったりと流れる時間のなかで、二人との思い出が湧き水のように溢れては流れていく。
俺はここで死ぬのか……?
俺がいまここで死んだら、明護はどうなるのだろう。俺のせいで死んだままなのか?
田中の魔の手から守れた十六夜はどうなる? この狂人と化した田中が何もせず、小6の俺と彼女を見逃してくれるだろうか。
そんなことは絶対にあるわけないッ!
俺はどうなってもいい。
どうなってもいいから、田中だけはどんな手を使ってでも殺すんだッ!
「――――ッ!」
「――う゛う゛ぅ゛ぅ゛ッッ!?」
俺は空中で身をひねりながら田中の襟ぐりを掴み取っていた。
地獄に落ちる時はお前も一緒だと、俺は全力で田中を手繰り寄せた。
「てめぇも道連れだッ、たなかぁあああああッ!!」
大きく傾いた田中の体がフェンスを乗り越え、闇夜に舞い上がる。
「――――ッ!」
「――――」
空中で激しくもみ合いながら、俺たちは落下していく。風が髪を乱し、空気が耳を刺激する。俺たちの姿はまるで命運の糸をたどる舞踏のようだっただろう。
周囲の風景が一瞬にして流れ、時間はゆっくりとしているように感じられた。
筋肉は引き締まり、意志と生存本能が俺を支えていた。
重力の魔手によって落下速度は加速する。
地面が急速に迫りくる中、俺は必死にバランスを取りながら、絶体絶命の状況を回避すべく校舎に目を向けた。
「飛べぇえええええええええええええええええッ!!」
地面に激突する寸前、俺は教室の中にテレポートを試みる。
「――うぐぁぅッ……」
勢いよく教室の中に飛び込んだ俺は、まるでバイク事故に遭ったかのように教室の中を転がった。机や椅子をなぎ倒しながら、壁に全身を叩きつけてようやく止まる。
「いってぇ……ッ」
しかし、呑気に寝ている場合ではない。
「た、田中はどうなった……」
痛みを堪えながらすぐに起き上がった俺は、今しがた凄まじい音が轟いた方角に目をやった。
そして、すぐさま教室を飛び出した。
向かう先は田中が落ちた校庭だ。
◆◆◆
「……さすがの田中もこの高さから落ちれば死ぬのか」
コンクリートに頭を打ちつけた田中は絶命していた。
罪悪感がないと言ってしまえば嘘になってしまうが、今はなによりも安堵している。
これでタイムパラドックスが起こり、明護の未来が変わることを祈るしかない。
すべての元凶である田中が死んだことで、十六夜ももう大丈夫だろう。
これで彼女を屋上から突き落とす悪魔はいないのだから。
「ふぅ……疲れたな」
人が来る前に早くこの場から離れようと身を翻したその時、
――バンッ!
「えっ!?」
昨夜の怪物同様、田中の体が独りでに弾け飛んだ。
「……マジかよ」
田中の死体があったその場所には、赤いカプセルが転がっていた。
「これ……人間からも出るのかよ」
カプセルを開けると予想通り光があふれ出たのだけど、
「今回のはなんかしょぼくないか?」
金色のカプセルの時は天を貫く程の光柱がカプセルから放たれたのだが、今回のは周囲を明るくする程度のものだった。
スキル ★★
【ファイヤーボール】
効果 火球を生み出し放つ。
リキャストタイム5分
習得しますか?
YES/NO。
「ファイヤーボールって、これ田中が使っていたスキルじゃないか!」
まさかスキル持ちのやつを殺すと、そいつのスキルがカプセルになって出てくるわけじゃないだろうな。
もしもそんなことになれば、超能力者による殺し合いが起こりかねない。
とはいえ、今回は迷わずYESを選択した。
――ピコン!
【ファイヤーボール】を習得いたしました。
例のごとく文字が浮かび上がる。
「リキャストタイム5分か」
田中が1分程で再度ファイヤーボールを使っていたことを考えると、人によってリキャストタイムが違うのかもしれない。
「――――あ!」
サイレンの音が近づいて来る。
早いところ移動したほうが良さそうだ。
俺は空腹と疲労で今にも倒れてしまいそうな体を引きずり、足早に学校をあとにした。
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