第9話
「嘘じゃないッ!」
確かに8年かけてタイムマシンを作り上げ、タイムマシンに乗って未来からやって来たなんて自分でも荒唐無稽な話だとは思う。
だけど、これは紛れもなく事実なんだ。
「話の流れとしては悪くなかったと思うよ。ストーリー自体もそれなりに楽しめた。けどッ、決定的にリサーチ不足。その話ははじめから破綻してるんだよ」
「破綻……?」
どういう意味だ……。
「田中がいけ好かない奴だってのは俺も認める。その点に関してはおっさんと同じ意見だ」
「それなら――」
「だから、それはありえないんだよ。俺は十六夜が転校してきたばかりの頃、彼女と席が隣だったんだ。その時にこっそり聞いたことがあるんだ」
聞いた……?
何を聞いたんだろう……?
俺は何か忘れているのだろうか? いや、そもそも俺はもう21歳だぞ。小学生時代のことなんて、それも普段の日常会話なんて覚えているわけがない。
小5の林間学校の行き先すら覚えていないのに……。
「それで……聞いたって何を?」
こいつは、俺は十六夜に何を聞いたんだろう。
「教えるわけないだろ、この詐欺師野郎ッ!」
「――うぅ゛ぅ゛ッ!?!?」
容赦のない蹴りが俺の股間に叩き込まれた。
声にならない声をあげながら俺はのたうち回り、クソガキは勝ち誇った顔で俺を見下ろしていた。
「ざまあみろ! すぐに警察に通報してやるからな、この犯罪者め!」
なんてガキだ!
俺は地に落ちた虫のように床を這いつくばりながら、生意気なガキに手を伸ばす。
「あっ!」
俺は足首を掴んで力任せに引き寄せた。
「ッ……やめ……でぇ………ぐ、れぇ……」
「――――!?」
バランスを崩して尻もちをついた俺に覆いかぶさろうと試みるも、
「うげッ!?」
足癖の悪いガキに足蹴りにされてしまう。
「離せッ、この野郎ッ!」
顔面を何度も足の裏で蹴られたが、スマホを手放させることに成功する。
「さぜ……るがッ!」
転がったスマホに手を伸ばそうとする小6の俺。しかし、近くに転がっていた漫画本を滑らせるように投げてスマホを弾くことに成功した。スマホはベッドの下に吸い込まれた。
「あっ、何するんだッ!」
それはこっちのセリフだ。
一応通報は阻止できたが、この暴れん坊がこれで諦めるわけもない。
「うばぁッ!?」
再び顔面に蹴りが炸裂する。
今度のは確かな一撃だった。
鼻血がぽたぽたと垂れてきた。
「うわぁ、汚ねぇッ!」
「――殺すッ!」
思わず殺意が湧いてきてしまう。
「ついに本性を表したなこの犯罪者ッ!」
「だから違うって言ってんだろうがァッ! 俺は未来のお前なんだよ!」
「そんな非科学的な話誰が信じるか! 小学生だからって莫迦にすんじゃねぇッ!」
それは……その通りなのだが、だからと言って血を流すまで蹴る必要はないだろう。
「あっ、待てッ!」
小さな俺は立ち上がると靴も履かずに家を飛び出した。
「すぐに警察呼んで来てやるからなッ!」
「冗談じゃない!」
誰のためにここまでやってると思っているんだよ。
そりゃもちろん俺のためなんだけどさ。
「お前のためでもあるんだぞ!」
俺は鼻先を拭いながら立ち上がり、生意気な俺を追いかけた。
「待てつってんだろッ!」
「はっ!?」
転びそうになりながらも階段を駆け下りると、振り返りながら後方を確認する驚いた俺と目が合った。
「こっち来るなッ!」
「だから話を聞けってばッ!」
例え逃げられたとしても、小学生の足なら簡単に捕まえられると思っていた。
とんでもなかった。
小学生時代の俺はこんなにも身軽で足が速かったのか――いや、ラボに籠もりっきりでろくに運動をしていなかったツケが回ってきただけだ。
『だから日頃から運動くらいちゃんとしろって言ったのよ。研究もいいけど、身体は資本なんだからッ』
頭蓋の奥に彼女の小言が聞こえる。
本当にその通りだと反省しながらも、頭の片隅では連絡が取れなくなってしまった彼女を思い浮かべていた。
くそッ。
「今は余計なことを考えている場合じゃないだろ!」
俺はかぶりを振り、今は目の前の俺に集中しろと言い聞かせる。
もしも誰かに出くわしてしまえば賢い俺のことだ。必ず助けを求める。
そうなれば俺は終わりだ。
住居不法侵入に傷害。それに身分証偽造で一発刑務所送り。
「あっ」
こんな時に最悪なことに気がついてしまった。
もしも平成26年以降の硬貨が財布に入っていた場合、俺はどうなるんだ?
偽札作りは殺人以上に重いと聞いたことがある。硬貨も同じなんじゃないのか?
そうなれば数年どころの話じゃない。下手をすれば10年以上ぶち込まれるかもしれない。
それまであのコンビニにプリウスは――俺のタイムマシンはあるのだろうか。
あるわけない。
レッカー車で運ばれ、そのうちスクラップ工場送りだ。
仮にどこかに保管されていたとしても、出所した時には俺は何歳なんだよ。40近い年齢になっているんじゃないのか? だとすると俺はおっさんになって2023年に戻るってことか。
「冗談じゃないッ!」
そうなったら破滅だ。
タイムマシンなんてあったところで意味がない。
くそッ、なんで俺はタイムリープマシンじゃなくてタイムマシンなんて作ったんだよ。
「莫迦ッ!」
きっと金曜ロードショーでバック・トゥ・ザ・フューチャーを観てしまったせいだ。
「ぁぁああああああああああああああッ!」
俺は走りながら髪を掻きむしった。
だから今は余計なことを考えるなってばッ。
今は目の前の俺を捕まえることだけを考える。俺を捕まえればすべて済む話なのだから。
「――――ッ!」
「おいッ、莫迦ッ!!」
こちらを、後ろばかりを気にするあまり小さな俺は転んでしまった。
そこにタイミング悪くトラックが突っ込んで来る。
「――――ッ」
このままでは俺が死ぬ。
ここで俺が死んでしまえば今この瞬間の俺はどうなるのだろう。
これは別世界線の話ということになり、今の俺とは無関係ということになるのか。
それとも9年前の俺が死んだことにより、現在の俺の存在は消滅するのか。
――わからない。
仮に前者だろうが後者だろうが知ったこっちゃない。
目の前で子供が、俺がトラックにはねられかけているのだ。
立ちすくんで見ていられるほど、俺は腰抜けでもクズでもない。
「くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
気がついた時には俺も道路に飛び出していた。腰を抜かしたように座り込む俺自身に覆いかぶさり、喉が引きちぎれるくらいに叫んだ。
◆◆◆
「え………?」
1秒後――トラックは俺たちの後方を通過した。
「なんで……」
何が起きたのか理解ができない。
しばらくトラックが通過した道路をぼんやり眺めていた。
やがて意識がはっきりする。
移動……した?
一瞬で数メートルの距離を……?
そんな莫迦なことがあるのか。
俺は小さな俺を抱きかかえるように膝をついていたのだぞ。
この状況で移動などできるはずもない――した覚えもない。
なら考えられることは、直前でトラックが俺たちを避けてくれたということ。
しかし、それはない。
なぜなら、小さな俺は確かにあの白線の上でうずくまっていたのだ。
そして現在、俺たちは歩道の上にいた。
「すげぇ……今のおっさんがやったのか?」
「え……」
やったって……なにを……?
俺はなにかしたのか?
何もした覚えはないのだけど、小さな俺が瞳を輝かせていた。
困ったなと頭を掻いた次の瞬間――
「んんっ?? なんだこれ?」
俺は視界の左上に奇妙な文字と数字を発見した。
【リキャストタイム終了まで残り00:02:54】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。