第28話
田中が一歩前に足を踏み出したと同時に、
「動くなッ!」
俺はすかさずショットガンの銃口を田中に向けた。
「少しでも動けばミートパスタになるぞ!」
「ミートパスタか、僕はミートパスタがあまり好きじゃないんだ」
そう言った田中の目はこちらを見ていない。不自然な方角に向けられた視線を追うように後方を振り向くと、一瞬影がぐにゃりと歪む。
刹那、影はまたたく間に拳へと変化する。
次の瞬間、顔面めがけて床から拳が伸びてきた。
「――――なッ!?」
俺は地面を転がるようにして一撃を回避する。
「あっぶねぇッ!」
すぐに体勢を立て直し、ウィンチェスターを構え直す。
今のは一体何だ!?
影を操るスキルか?
やはり明護の予想通り、田中は複数のスキルを習得しているようだ。
厄介だな。
こっちは【ファイヤーボール】と【
「まさか避けられるとは思わなかったよ。2014年の頃よりも戦い慣れているようだね」
「当たり前だ! 何もできなかった9年前の俺とは違うんだよ!」
実際には、あれから一週間程しか経っていないのだけど、そんなことはどうでもいい。ハッタリでも田中を驚かせられればそれでいい。
「正確には6日前だよね?」
「う、うるさいッ! 実際9年経ってるんだから9年でいいんだよ!」
「そういうものなのか。……そこ、退いてくれないかな?」
「断る!」
「そっか」
納得したのかと思えば、再びこめかみに指を当ててぶつぶつ言い始めた。
「ぴっぴぴ……そうだ。うん。足の一、二本くらいなら死なないと思う。ぴぴっ……見た目が崩れても問題ない」
なんだか……今すごく嫌なことを聞いてしまったような気がする。
「予定変更だ。外道くん、君を五体満足で捕らえることは諦めた。ここからは少し強引になると思うけど、死なないと思うから大丈夫」
「大丈夫なわけあるかッ!」
絶対にヤバいやつだ。
「――って、なんだよそれ!?」
田中の手のひらから透明で粘り気のある液体が溢れ出てきた。地面に垂れた液体がひとりでに凸凹と形を変える。やがて徐々に形を形成する。
「ありかよ、そんなのッ!」
田中の手から生み出されたスライムは、あっという間に巨大な獅子へと姿を変えた。
「外道くんの脳みそはあとで調べるから、食べるなら手足だけだよ」
田中は犬を手懐けるかのように、不気味なスライムライオンに指示を出していた。
なんという恐ろしいことを口にするのだ。
「僕は明護さんたちを追いかけないといけないから、外道くんはこの子と遊んでおいてよ」
「ふ、ふざけんじゃねぇぞッ!」
抗議してやろうと一歩前に身を乗り出せば、喉を鳴らした巨大な獅子が行く手を阻むように前進してくる。その眼は獲物を捉えた獣の眼だった。
――まずいッ!
そう思った時には巨大な獅子がこちらに向かって跳んできていた。
「うわぁッ!?」
俺は思い切ってソファの陰に飛び込み、そしてスライムライオンに向かってショットガンを発射した。轟音と共に火花が散り、獅子の顔面が床に散らばった。
「よ、よし!」
明護との射撃の練習が役に立った。
俺はすかさずレバーアクションで次弾を装填し、田中を追おうとしたのだが、
「まさか!?」
吹き飛ばしたはずの頭部が一箇所に集まり、徐々に正しい位置に戻っていく。
巨大なスライムライオンはわずか数秒で元通りの姿に戻っていた。
「っんなの有りかよ!」
俺がスライムライオンに気を取られている間に、田中はすでに店の外に出ようとしていた。
「――おい、待ちやがれッ!」
「すぐに戻ってくるから、遠慮せずに遊んでいてよ」
「あっ……、何が遊んでろだばかやろうッ!」
行ってしまった。
これはまずいッ!
早いところ追いかけないと明護たちが危ない。
だがしかし――
「どうすればいいんだよ、このスライムッ!」
出口を塞ぐように、スライムライオンが俺の行く手を阻むのだ。
「お前に構ってる暇はねぇんだよ!」
田中が作り出したスライムライオンは、頭部を吹き飛ばしたくらいならすぐに再生してしまう。であるならば、再生できなくなるまで木っ端微塵に吹き飛ばせばいいと俺は考えた。
俺は眼前のスライムが見えなくなるまで、何度もウィンチェスターの引き金を引き続けた。
「マジでしつこすぎるだろ!」
跡形なく吹き飛ばしたはずのスライムライオンは、磁石にくっつく砂鉄みたいに一箇所に集まり、気がつくと元通りになっていた。
「これじゃ弾の無駄だ」
やはり【ファイヤーボール】で蒸発させるしかない。
しかし、これだけ巨大なスライムを蒸発させる程の火力となれば、相当大きな【ファイヤーボール】を作り出さなければならない。
幸いにも明護にカロリーメイトとスニッカーズを大量に持たせてもらっているので、空腹で動けなくなることはない。
だが、問題は別にある。
体力の消耗だ。明護たちの元に向かった田中を追いかけることを考えると、ここで体力の大半を使うのは得策ではない。仮に追いついたとしても、体力がなくなって戦えないなんてことになれば意味がない。
「ここがショーパブだったのはラッキーだな」
バーカウンターの奥には、様々な種類のボトルが置かれた棚がある。
それらを使えば【ファイヤーボール】の威力を大幅に上げることが可能だ。
物理攻撃に耐性のあるスライムでも、さすがに【ファイヤーボール】の炎は防げないはず。
「問題は……」
そこまで行くことが難しい。
現在、俺は客席のテーブルを盾代わりにして身を隠している。俺の前方には威嚇するように喉を鳴らした半透明の獅子がおり、バーカウンターはその後ろに位置する。
酒瓶を手に入れるためには、再びスライムライオンを吹き飛ばさなければならないのだが、あいにくショットガンの弾は残り4発。これではスライムを木っ端微塵に吹き飛ばすことは無理だ。
「さて、どうするかな」
焦りが込み上げるが、諦めるわけにはいかない。
「あれを使うか」
一度深呼吸して呼吸を整えた俺は、獅子がまだバーカウンター前にいることを確認した後、ステージまで一気に駆け出した。
俺の背後からスライムライオンが追いかけてくる。
「勝負だ、糞スライム!」
ステージ一番奥の壁に背を預けた俺の前方に獅子が迫っていた。スライムライオンは獲物を追い詰める獣のように、ゆっくりとした足取りでステージに上ってくる。
スライムライオンがステージに上がったのを確認した後、俺は上を見上げた。
上方には立派なシャンデリアが今も輝いていた。
シャンデリアに照準を合わせた俺は引き金を引く。轟音が響き渡り、一瞬にしてステージは光り輝くシャンデリアに包まれた。獅子は無惨にも大理石の床に轢き潰され、水風船のように弾け飛んだ。
「今だ!」
獅子が再生するまでには数秒間のラグがある。その間に俺はバーカウンターを乗り越え、酒瓶を入手する。
「これでも喰らえッ!」
叫びながら、獅子が復活した直後に手当たり次第酒瓶を投げつけた。
俺はアルコールまみれになったスライムに指鉄砲を向けた。
指先から放たれた【ファイヤーボール】がアルコールに引火し、スライムは瞬く間に炎に包まれていく。
「なんとか勝てたな。……って、カプセル出るのかよ!?」
スライムが燃えて蒸発すると、白色のカプセルが床に転がっていた。
俺はカプセルを拾い上げ、すぐに店を飛び出した。
「明護、今行くぞ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。