第28話「電流マッサージ」
トライア三国の教区長会議まであと一ヶ月。だが、ポンポミアは“常星の申し子”を旗に掲げ、軍備の増強を急激に進めている。オルグファーレン教区長、レガリオが放った密偵たちはその様子を事細かに書き記した報告書を毎日のように送ってきていた。
「失礼かもしれないが、獣人族もこういう手は使うんだな」
パントスピュラ大教会で対策が進むめられるなか、俺は存外暇だった。まあ、役職として何かあるわけでもなし、忙しそうな教区長たちの邪魔をしないのが仕事といえば仕事であるくらいだ。
そんなわけで、干した果物を摘みつつ、レガリオが密偵の報告書を読んでいるところを見学して、ふとそんなことを思った。
「こういう手、というのは密偵のことか?」
俺が頷くと、レガリオはニヤリと笑う。
「勇猛さ、とは蛮勇や短絡という意味ではない。獣人とは獅子獣人氏族をはじめ、多くの氏族を抱える巨大な氏族の集合体だ。我々獅子獣人は真正面からの荒事を得意とするが、全ての氏族がそうというわけではない。しかし彼らも、優れた身のこなしであらゆる土地へ潜入したり、特殊な技術で人を懐柔したり、それぞれの勇猛さを持っているのだ」
初対面でいきなり襲いかかってきたあたり、彼女は根っからの脳筋なのではないかと思っていたが、どうやらそういう訳でもないらしい。というか、そうであれば常に緊張感のあるトライア三国の教区長など務められないのかもしれない。
彼女は獣人という勢力に属する氏族の特徴、特性を理解して、それをうまく使っている。密偵として放たれるのは、小柄で隠密行動に適し、また数が多く諸外国にも官民問わず深く浸透しているため人目を引かない、猫獣人や犬獣人のような氏族が多いようだ。
「それで、情勢は?」
「悪いな。トライア山の頂から雪玉をひとつ転がしたかのように、それはどんどんと大きな雪崩になって迫ってきている」
レガリオはそう言って椅子に深く身を沈める。ここ数日は教会の一室を拠点にして作業に集中していたため、疲労も溜まっているのだろう。
「よし、俺がマッサージでもしてやろう」
「へあっ!? そ、そんな、マサト殿を使うようなことは!」
「いいのいいの。俺も暇を持て余してるし、ちょっと申し訳ないんだ。せめてケアくらいはな」
「ぬおおっ」
渋るレガリオをソファに寝かせる。しかし、いろいろと馬鹿でかいなぁ。身長もそうだが、うつ伏せになるのが苦しそうなほどの胸だ。セラウが特別大きいと思っていたが、この世界の住人も大概だ。栄養状態とかどうなっているんだろう。
「ま、マサト殿?」
「おっと、すまんすまん」
レガリオの鍛え抜かれた古傷まみれの背中に見惚れていた。彼女の戸惑う声を聞いて、はっと我にかえり、手をつけた。彼女の背中は思ったよりも滑らかだ。硬い筋肉は座り仕事のせいだろう。
さて、俺にマッサージができるのか否か。実は〈マッサージ師〉みたいな特典こそなかったものの、〈人体理解〉という特典を手に入れている。200万回くらい死んだら貰える、そこそこお得な特典だ。
これを使えば触れた相手の体を隅々まで理解できる。つまり、どのあたりが凝ってるかとかが分かる。
そんな〈人体理解〉と一緒に〈全属性魔法適正・超級〉を使えば。
「いくぞ」
「んぉおおおおっ!?」
絶妙な加減で電流を流すという電気マッサージが可能とあるわけだ。
〈雷撃〉の一語だけで発生させた電流がレガリオの背中へ浸透し、彼女は背中を海老のように反らせて声を上げる。
「ちょっと強かったか?」
「はぁ、はぁ……。いや、すごく気持ちいい……」
彼女からすれば未知の快感だろう。何度か続けていくと、じんわりと全身に汗を滲ませて息も荒くなってくる。それでも目がとろりとして恍惚とした表情で続きをせがんでくる。
「それっ」
「おっほぉぉおおっ!」
バリバリーと手から電気を出すだけで自分より大きい存在が快感に打ち震える。これはなかなか、施術する側も癖になりそうだ。
「も、もっと強くしてくれ!」
「はいよー」
「んひぃいっ!」
レガリオは強めが好きなようで、痛いかなと思うくらいの電流で悶絶しながら熱い息を漏らす。腰椎のあたりから伸びる尻尾が俺の腕に絡まり、器用に誘導してくる。
「思い切りやってくれ!」
「ここ、お尻だけど……」
「ずっと座りっぱなしだったからな。もうカチコチなんだ」
「しかたないなぁ」
バリバリー。
「ほああああっ! こ、これだ! いい感じだ!」
鍛え抜かれた野生の肉体は、いっさいの無駄がない。お尻もハリがあり、煮卵みたいだ。電撃と共に手のひらで揉み込んでみると、彼女は全身を震わせて続きをせがむ。
「もっと、もっとだ! ど、どこもかしこもカチコチだからな……。ふ、ふへっ」
レガリオの顔はどうしようもなく緩み切って、口から涎まで垂れている。全身汗だくで、到底部下たちには見せられないような姿だが、構う様子はない。ていうか、いくら獣人でも結構キツめの雷撃なんだが、大丈夫なんだろうか。
「大丈夫か? 痛くないか?」
「い、痛気持ちいいとはこういうことなのだな。あふんっ!」
もしかしてこのライオン、ちょっとマゾっ気あったりするのだろうか。試しに電撃を痛いくらいにして放ってみると、身を捩って艶やかな声を上げる。その表情に嫌悪はなく、むしろもっと欲しいと言ってくる。
「ここは?」
「おおおっ! いいっ、いいぞっ!」
全身をバリバリと電流漬けにしていくと、レガリオの体はどろんと溶けたように脱力する。息は絶え絶えで意味のない言葉が漏れているが、彼女の表情は幸せそうだ。
よし、それじゃあもっと――。
「マサト様になにやってんだバカライオンッ!」
「ぐわーーーっ!?」
「レガリオ!?」
雷撃を強めようと手を伸ばしたその時、突如ドアが弾け飛び、猛火が飛び込んでくる。それはソファにぐったりと横たわるレガリオを吹き飛ばし、自慢の髪の先端を少し焦がした。
俺が慌てて水の壁を作り出して防がなければ、彼女まるごと灰燼に帰すところだっただろう。
「ファナ! 落ち着いてくれ!」
「これが落ち着いていられますか! ま、マサト様の貞操が!」
「なんか勘違いしてるぞ!?」
顔を真っ赤にしたファナは、どうやら怒っているだけではなさそうだ。とにかく、冷静さを失っている。なんか勢いのまま第四語魔法まで使えてしまいそうな勢いだ。
とはいえ、炎星教の聖地でもあるパントスピュラ大教会の一角を爆炎で吹き飛ばすわけにもいかない。
「すまん、ファナ。いったん落ち着いてくれ!」
「きゃんっ」
俺は彼女に謝りつつ、魔力を練る。人体に悪影響が出ない程度で、ギリギリ意識を落とす。そんな繊細な力加減で雷撃を放ち、少々手荒だがファナの動きを止めた。
床へ倒れ込む彼女を受け止めて、ソファに寝かせる。彼女も彼女で疲れていたのだろう。目を閉じたらすぐに深い眠りに落ちてしまった。
「いやはや、流石は星守りの巫女と言ったところか……。我の髪を焦がすほどの猛火とは」
スヤスヤと穏やかな寝息を立てるファナを見て、レガリオが感心した様子で言う。実は、彼女は獅子獣人の中でも特別な存在らしく、魔法抵抗力とでもいうべき特性が非常に強いらしい。だから、基本的に魔法の適正が高い者が就く教区長という立場に、決闘で前任者を打ち負かしてなることができたわけだ。
そんなレガリオの体を炎とはいえ魔法によって傷つけるというのは、それだけでかなり熟達した使い手であることが分かるという。
ファナは炎星教の中でも最上位レベルの魔法使いらしいからな。彼女の評価も妥当なのだろう。
「ふむ……。そうか、その手があったか」
「レガリオ?」
眠るファナを見下ろして、レガリオが何やら考え込む。マッサージ中のだらけきった表情はなくなり、教区長らしい利発な顔だ。彼女はしばらく思考を巡らせた後、こちらへ振り向いて口を開く。
「マサト殿、ポンポミアと正面からやり合うのは時間も労力も掛かり、損害も無視できない。ならば、こちらから先手を切って相手の懐に飛び込むのはどうだろうか?」
彼女はそう言って、口元に不敵な笑みを浮かべた。
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