第12話「巡礼の旅出」

「こちらがオブスクーラの住民証明書、過去五回分の市民税納付証明書、領主からの巡礼通行許可証、三級聖職者資格証です。これだけあればオブスクーラの巡礼協定に批准している各国へは自由に行き来できますが、巡礼者支援金と旅行補助金、高級納税者対象の奨励金、教会からの支援金として、合計で毎月276,500マルシが支給されます。大半は証券ですので、大切にしてください」

「お、おお……。わざわざありがとう」


 星見の塔にある部屋で一昼夜を過ごした翌日、旅の準備が整ったとファナが荷物を持ってやって来た。得意な顔をした彼女がテーブルの上に並べたのは、大量の書類とずっしりと重たい硬貨の詰まった巾着袋だ。

 炎星教は大陸各地に聖地が存在し、それらを目指す巡礼の旅というものを推奨しているらしい。そのため、俺たちも巡礼者の一団として行動するのが一番目立たなくていいだろうというわけで、ファナが色々と手配してくれたのだ。

 町の門を叩いた時にセブルスから追及されて感じていたが、かなり書類が重要になってくる世界だ。おそらく身分証明などの制度が発達しているのだろう。現金も最低限のものしかなく、なくなれば立ち寄った町にある教会や公的な施設で受け取るのが普通なのだとファナが説明してくれた。


「住民証明書に市民税納付証明書……。これって公文書偽造では?」

「炎星様を断罪できる者がいるとでも?」

「ははは……」


 胡乱な顔をして書類を捲るセラウだが、ファナは純真な笑みで首を傾げる。星守りの巫女という炎星教の中でもかなり高位な立場を乱用――有効活用しているな。こういうゴリ押しが通るあたりはまだ文明的に未熟な感じが拭えない。


「そもそも、本来ならばこのようなことをせずとも、マサト様がその正体を明かせば済む話なのです。オブスクーラのみならず、大陸全土、いや世界中の炎星教徒たちが喜んでこの旅を支援してくれるでしょう」

「いやいや、そこまで大事にしたくない。ていうか、そもそも世の中にそんな余裕はないんじゃないか?」

「常星様が各地を巡るとなれば、争いなどしている暇はないはずです!」

「いやいやいや……」


 憤慨し力説するファナをなんとか宥める。

 彼女は彼女で、少し俺のことを盲信しすぎているきらいがあるな。俺自身は今のところ神でも炎星でもないのだが。それを伝えても「またまた(笑)」みたいな顔をされてしまうのだ。

 しかし、自らを常星の化身だと喧伝しながら旅をするというのはごめん被りたい。ただでさえ常星が落ちたことで情勢が不安定になっているのだ。ファナの予想が当たればいいが、十中八九そんなことにはならない。むしろ“常星様を保護するのだ!”という大義名分で戦乱の火蓋が切られる可能性の方がよほど考えられる。

 俺もセラウも、そんな厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ。ここまで良くしてくれた上に旅について来てくれるファナを巻き込んでしまうのも嫌だ。だから、わざわざ地味な巡礼者として活動するのだ。だが――。


「セラウのその羽、やっぱり隠せないか?」

「天使のアイデンティティですからね」


 どう考えてもセラウの羽が目立ちすぎる。そうでなくても、神力が滲み出しているのか、金髪が若干輝いているのだ。目の覚めるような美貌といい、男なら誰もが目を奪われる巨乳といい、目立つことこの上ない。巡礼者の服を着せても、その魅力はむしろ増してしまう。


「まあ、鳥人族もいないわけではないですから。そう言い張ればなんとか……」

「わたしは鳥じゃないです!」


 容姿で言えば、ファナもそうだ。神々しい衣装から着替えたところで、高貴な身分のオーラというものはなかなか隠せない。艶やかな紫紺の髪も、瑠璃色の瞳も美しい。白い手は汚れひとつなく、目ざとい者ならそれだけで何か察するはずだ。

 そして何より、俺である。セブルスが言っていたように、完全な黒髪と黒眼という者はなかなかいないようで、非常に人目を引く。

 そのため、基本的には全員フードを目深に被ることが推奨された。それはそれで非常に怪しいが、まだマシという判断である。警備兵の立場からそう判断したセブルスたちも、かなり疑問を拭えていなかったが。


「ま、絡まれた時はマサト様がばばーんっとやっつけてくれたらいいんですよ」

「本当に最後の手段だぞ、それは」


 特典を引き換えたことで、とりあえず負けることはない。けれどそれはゲームのステータス的に勝てるという話で、実際に戦ったことはないのだ。こっちはただの一般男性だったんだからな。

 だから、できるなら平和に目的を達成したいのだ。


「申し訳ありません、マサト様。本来なら護衛も雇うつもりだったのですが……」


 しゅんとしてファナが謝罪する。


「いいよいいよ。そういう荒事になったら、逆に人数が多い方が邪魔だろうしな」


 通常、懐に余裕がある巡礼者は護衛を雇う。とはいえ、落星を境に緊迫している今の状況では、護衛を雇うのも難しいらしい。ほとんどが各国の軍団で取り合いになっているようだ。


「それに、ファナも強いんだろ? 期待してるからな」

「お任せください! 星守りの巫女の実力、必ずやお見せ致します!」


 ちなみに、ファナはそんじょそこらの傭兵が尻尾を巻いて逃げるほどの実力者らしい。セブルスたちも、彼女が門を破ろうと襲いかかってきたら素直に逃げると意見を一致させていた。

 というのも、星守りの巫女は常星の放つ魔紋を観測することが職務である以上、かなり高い魔法の素養を前提条件とする。そのため、必然的に強力な魔法使いでもあるわけだ。

 天使と魔法使い、そして特典満載の俺。これだけいれば、むしろ護衛を雇う方が面倒だろう。


「それで、最初の目的地はどこにするんですか?」


 ファナが用意してくれたものの中には、周辺各国の地図もある。主要な巡礼路と聖地、さらに道中にある宿やそこのサービスの内容まで書かれたガイドブック的なもので、それなりに高価だが持っていて損はないと太鼓判が押されたものだ。

 セラウがそれを広げながら首を傾げる。

 そもそも、だいたいの巡礼者は旅の最終目的地を総本山であるオブスクーラに定めているのだ。そこから出発するという俺たちは珍しい部類に入る。しかも、目指しているのが炎星教に縁のある聖地ではなく、むしろ炎星教の影響に塗りつぶされてしまった異教の神の所在地なのだから。

 実質、このガイドブックは半分以上役に立たない。


「記録庫で古い資料を当たってみました。その結果、オブスクーラ周辺にも、古い土着信仰の残滓があるということが分かりまして」


 ファナもそんな質問を前もって予測していたようで、胸に抱えていた巻き物を広げて見せてくれた。

 炎星教はその興りからして星々の記録に端を発するためか、多岐に渡る事例を事細かに記録するという習慣が深く根付いているらしい。記録庫というのは星見の塔の隣にある巨大な図書館で、そこにはかなり古い記録から最新の書籍まで、様々なものが国を問わず収集、保管されているという。

 巻物もそんな古文書の一つで、ファナが星守りの巫女特権で貸出制限を無視して持ってきてくれたものだ。俺はそっとテーブルに置いてあったコップを別のところに移動させた。


「町から人の足で七日ほど歩いたところに、オグリの森と呼ばれる大きな森林があります。一応、ここも炎星教の教えが広がる地域ではあるのですが、なにぶん人の入りにくい場所ですから」

「ここならまだ、古い宗教が残っていると」


 セラウの言葉にファナが頷く。


「炎星教の聖地ではありませんが、この森に住む妖精たちが聖なる泉と呼ぶものがあるようです。数百年前に一度、宣教師が訪れた記録が残っていますね」

「妖精?」


 巻物に記された古い文字を指で追うファナに、耳に引っかかった言葉を尋ねる。


「はい。オグリの森は炎星教が記録を始める以前から妖精族が暮らす土地です」

「鳥人って話から薄々思ってたが、人間以外もいるんだな」

「はい。オブスクーラは人間族が大半を占めますが、交易の要でもあるので多くの種族が訪れますよ。エルフやドワーフの巡礼者も珍しくありませんし」


 そもそも俺はまだファナやセブルスたち警備兵の数人しか現地住民と出会っていない。彼女たちは皆、人間族というこの世界で最も数の多い種族だ。

 しかしやはり剣と魔法のファンタジー世界。エルフやドワーフまでいるのか。俄然楽しみになってきたな。


「もともと炎星教は人間族を中心に興った宗教ですから、信者も大半は人間族です。異種族にもかなり浸透したとはいえ、異教の神を探すのであれば彼らと接触を図るのが手早いでしょう」

「よしよし。じゃあ、まずは妖精族からだな」


 思わぬところでファンタジーを見れそうだ。妖精族と言えば、やはり手のひらサイズの小人で、光る羽で機敏に飛び回る幻想的な種族なのだろう。童話やファンタジー映画の常連だしな。


「ちなみに、妖精族は非常に残忍な性格ですから。マサト様もお気をつけて」

「えっ」

「記録にある宣教師は、右腕と左手の指三本、右目、左足の膝から下を失って、這々の体で戻って来たらしいです。高熱に犯され、朦朧としながら、『あいつらマジでやばい』と言い残して事切れたとか」

「えっ」


 思ってたんと違う。

 ファンタジーってもしかして、厳しい感じ?


「でも、マサト様なら余裕ですよね!」

「野蛮な妖精族にも炎星教の光を広げるまたとない機会です! 期待しておりますよ!」

「えっ」


 この先、俺は無事に生き残れるのだろうか。

 不安だけが募っていくなか、俺たちはついに巡礼の旅へと出発することになった。

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