第11話「異世界の神となれ」

 神が存在するかと問われれば、俺は即座に頷くだろう。何より俺自身が、輪廻転生という不可思議な体験をしているのだから。そもそも、目の前に天使がいるというのに、それを否定できるわけもない。

 しかし、実際に神を見たかと問われれば、否定せざるを得ない。天界と呼ばれる場所で長い年月を過ごしていたが、セラウ以外の存在にはついぞ出会わなかった。


「神様というのは結構複雑な存在なんですけどね」


 セラウはそう言って、神様に関するレクチャーを始めた。生徒役は俺だ。

 星を東の空に打ち上げる。そんな大それた目標のため、セラウが示したのは異教の神々を巡ることだ。そのための旅の準備がファナによって着々と進められている。


「わたしは天使なので、当然主人がいるわけですが。階級的にいえばかなり高位――ぶっちゃけ最高神なんですよね」

「おお……。なんとなく察してたけどな。かなり大物なんだなぁ」

「輪廻転生となると世界という概念の基礎ですからね」


 セラウもただの金髪巨乳天使というわけではないのだ。こう見えて、本来ならなぜ俺の前に現れたのかも分からないほどの超重要天使だった。


「でも、そういう高位の神というのは力が強すぎるゆえになかなか世界そのものには干渉できません」

「影響が大きいからか」

「そうですね。主人よりもはるかに力の小さなわたしも、この世界の地表にまではマサト様を送ることができませんでしたから」


 俺が上空700kmから落とされたのは、そういった理由もあるらしい。そのせいで俺は延々と死に続けるはめになったのだが。


「その割には、今は普通に地上にいるわけだが」

「肉体という枷を付けて、神力にもかなりの制限を課しているからですね。今のわたしはか弱い乙女でしかありません」

「なるほどな」


 唇に指を添えてウルウルと瞳を揺らすセラウをスルーする。力の99%を制限していると言っても、1%がバカでかいんだから、ほとんど意味のない制限だろう。


「まあ、そんなわけで高位の神はなかなか世界にアクセスできません。ですので、実際に活動する下位の神が必要となるわけですね」

「それが異教の神々なのか」


 セラウが頷く。

 下位といっても、それは彼女の視点から見た話だ。人々の中に根付く神話の中で最高神とされる存在も、こちらに分類される。


「高位の神が世界という大枠を作って、下位の神がその環境を細やかに整える。そんなイメージをしていただければ大異ないと思います。この世界のおける実質的な管理権は下位の神が持っているということですね」


 話を聞いていて、なんとなくその後の展開が分かった。

 この世界には実際に神がいる。それは人類よりも高位の存在として、様々な面から文明に干渉していた。しかし、そこへ突然炎星教というよく分からない宗教が発生したわけだ。

 炎星教はこの大陸で最大の勢力を誇るが、実態として神は存在しない。なぜなら、主神が俺なのだから。俺は神ではない。


「神と人は一心同体。人々の信仰心が神々の力となり、神々が奇跡を起こすことで人々の信心も深まるというものです」

「つまり俺は、突然やって来て神の収入源を根こそぎ奪っていった強盗か」

「見方を変えればそうなりますねぇ」


 というわけで、異教の神々を巡る旅というのは言ってしまえば挨拶巡りである。知らなかったとはいえ、相手のシマを荒らしたわけになるのだから。引越し蕎麦の一つでも持って参らなければならない。

 そう考えると途端に神々しさがなくなってくるなぁ。


「それに、この世界はまだ天球の星々が神秘性を帯びていますから。新たな星を打ち上げるとなれば、この世界の神々の協力は必要不可欠でしょう」

「そういうものなのか?」


 セラウが頷く。

 俺が元いた世界では、星とは宇宙という広大な空間に浮かぶ岩やチリやガスの塊だった。けれど、時代を遡れば、そこに神々の息吹を感じていたことも事実だし、むしろ俺たちは神秘性と現実を重ね合わせて認識していたようにも思う。

 科学全盛期の時代であってもそうなのだから、この世界ではより星々に対する神秘性というのは色濃いものがあるのだろう。


「ご自分でも分かっていると思いますが、マサト様は神ではありません」

「そりゃあそうだ」


 俺は自分のことを人間だと思っているし、実際にそうだろう。特典として色々強力な能力を持っているものの、殺されれば死ぬ。


「ですが、星を打ち上げるというのは間違いなく神の所業です。つまり、マサト様は神にならなければならない。異教の神々を巡り、自身の神性を高め、炎星教の主神として相応しい格を、信仰心によって得るのです」


 セラウの言葉がだんだんと壮大なものになっていく。

 ただの人間でしかない俺が、この異世界の神にならなければいけないとは。

 けれど、それを聞いた俺は自分でも意外なほどに平静を保っていた。神へと至るその行為に、聞き覚えがあるからだ。


「つまり、徳を積めばいいんだろ?」


 ただの人間が善行を積むことによって神へと至る。そんな話はいくらでも聞いたことがある。ならば俺だってできるだろう。

 なにせ、徳を積むことに関してはかなり自信があるんだ。

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