第10話「星を取り戻すために」

「で? どうするんですか?」

「本当に申し訳ない……」


 ベッドに腰掛けて鋭い眼光で見下ろすセラウ。俺は板間に正座して、粛々と彼女の言葉を受け止めていた。

 ファナと出会い、成り行きから常星であるとされ、更には彼女が俺たちに着いてくることにまでなってしまった。セラウが止める間もなく話し続けてしまった結果である。

 今はひとまず体を休めたいという名目で、星見の塔の一角にある巡礼者用の空き部屋を借りている。ここから外に出た時、どのような対応をされるのか今から怖くなっていた。


「常星の化身だなんて、絶対に面倒なことになりますよ」

「それはそうだろうが……。でも、放って置けないだろ?」


 セラウの言い分も分かる。炎星教という一大宗教の主神である常星と同一視されることが、どれほど危険なのか。

 しかし一方で、常星が俺であるということは事実でもあるのだ。俺が地上に降りたから常星がなくなった。それで世界に混乱が生じるのなら、そこに責任を感じざるを得ない。


「放って置けないって言っても、どうするんですか? いくら大量の特典を持っていても、大国の戦争を一人で収めるのは難しいでしょう」


 セブルスの話では、常星が落ちたことで不安が広がり、どこで争いが勃発してもおかしくないほど情勢が緊迫しているという。戦争というのは大規模な闘争の集合だ。そのうねりは、俺一人で制御できるものではない。

 だから俺はあることを考えていた。


「常星をまた、東の空に戻す。そうしたら、混乱も収まるんじゃないかと思うんだ」

「常星を戻す……?」


 また死に続けるんですか、とセラウが目で問うてくる。

 当然、そんなつもりは毛頭ない。そもそも、特典のオンオフができない以上、もう一度死んで天界からやり直したとしてもまた地上に落ちてくるだけだ。永遠に燃え続ける星にはなれない。


「どうにかして、星を打ち上げる。この世界には魔法があって、俺は無限の魔力があるんだ。なんとかならないか?」

「またフワフワした理論ですねぇ。そもそも星をひとつ打ち上げるのにどれくらいの手間が掛かるかも分からないのに」

「時間ならいくらでもあるんだ。たとえ寿命が尽きても、また転生して続ければいい」


 俺には〈引き継ぎ〉という能力があるのだ。ほかの多くの特典によって死ににくくなっているが、〈不老不死〉や〈完全再生〉などは引き換えていないから死なないわけではない。けれど、〈引き継ぎ〉によって記憶や能力を継承したまま、また新たな生を始めることができる。

 無限に等しい時間があれば、いずれは成し遂げられるはずだ。


「お願いだ。セラウも協力してくれないか?」


 途方もないことを言っていることは自分でもわかっている。

 星を一つ打ち上げる。それもただの星ではない。永遠に燃え続け、東の空の一点から動かない、特別な星だ。

 簡単にできることではない。

 それでも、セラウがいてくれるなら、なんとかなる気がする。3,860,020,160,044,283,116回の死も、彼女のおかげで乗り越えられたのだから。


「はぁ」


 床に額を付ける俺を見て、セラウは呆れた顔でため息をつく。そして、すっと静かに立ち上がる。愛想を尽かされたのかと思った俺は、慌てて彼女を追いかけようとして、青い瞳が間近にあることに驚いた。


「うわっ!?」

「……バカですね、マサト様は。わたしは未来永劫あなたに付き従うと誓ったんですよ。頼まれなくても、付いていきますよ」

「セラウ……」


 感激する俺に、セラウはそっと腕を回す。彼女の胸元に頭を沈め、温かい熱を感じる。やはり、セラウは天使だ。優しく慈愛に満ちた天使だ。


「い、いだだだっ!?」

「それはそれとして。もう少し考えて喋ってください。お気楽な諸国漫遊だと思ってたのに!」

「そ、それをしようにも世の中が荒れてたらできないだろ!」

「マサト様の力があれば、どうとでもなったはずですよ! それをこんな厄介なことに!」


 や、やっぱりセラウは天使だ。地上に住む人々の混乱に一切の興味を示していない。

 彼女の関心はあくまで俺にしか向いていないのだ。

 セラウの腕は力を増し、俺は頭をギリギリと締め付けられる。や、やわらかいおっぱいとの差が激しすぎる!


「マサト様! 大丈夫ですか!? こ、この鳥!」


 悲鳴を上げた直後、ドアが勢いよく蹴破られて外からファナが飛び込んでくる。彼女は俺の頭を抱きしめているセラウを認めると、目を吊り上げて何やら握っていた杖を構える。


「〈灼熱〉〈螺旋〉〈直線〉――」

「待て待て待て待て! よく分からないけど、とりあえずやめろ!」


 杖の先に真紅の魔法陣が展開し始めるのを見て慌ててファナの前に立つ。両手を広げて制止すると、彼女は唇を噛みながらも杖を下げた。


「マサト様、やはり納得いきません。なぜこの魔力もない鳥人が貴方様の従者を務めているのか」


 それでも諦めきれない様子で、ファナはセラウを睨みつける。

 この世界では魔力量が重要な価値判断のファクターとして存在するらしい。そのおかげで俺は常星の化身として信頼され、逆に魔力を持たないセラウは一切の信用がない。


「セラウは魔力こそないが、ファナよりよっぽど強いと思うぞ」

「そんな馬鹿な……!」


 威嚇する子犬のようなファナを宥めつつ、両者の力量を冷静に分析する。


「そりゃあ、人に負ける天使ってあんまりいませんし?」


 セラウも臨戦態勢のファナを前にしてさほど取り乱してはいない。魔力がないだけで、神力という神様パワーは莫大なものがあるのだ。魔力しか感じられないファナにとってはただの羽が生えた女でも、俺が見ればいっそ可哀想に思えるほどの差がある。

 ていうか普通に俺より強いんじゃないか?


「あ、でもファナさんって聖人クラスの宗教家でしたっけ。ワンチャンあるかも……」

「ええ……」


 偉大なる第一の熾天使が何を言ってるんだ、まったく。

 ともあれ、ファナも落ち着かせ、改めて彼女の装いを見る。初めて会った時とは違って、重たくて暑苦しそうな衣装から、身軽な服装に変わっていた。布の総量が減ったぶん、体のシルエットがよく分かるようになっている。一枚の布に頭を通す穴を開けただけのような貫頭衣で、胸元のあたりを紐で締め付けている。そのせいで、セラウに負けず劣らずの胸も溢れ出していて、大変目に悪い。


「ファナのその服装は」

「マサト様の旅に従うため、用意しました。一般的な巡礼者の服装なので、怪しまれることはないでしょう」

「一般的な巡礼者がそんなに可愛い服着てるのか……」

「っ!」


 確かにシンプルな布の服といえばその通りだが、魅力的に思えるのは着ている人が可愛いからだろうか。


「マサト様、何千年もひとりで喋ってたせいで、思考がダダ漏れですねぇ」

「え? おお、すまん」


 セラウに指摘されて顔を上げると、ファナが顔を真っ赤にして俯いていた。

 千年以上、セラウ以外に人もいなかったからな。彼女だって俺が何を話していようが基本的には見守るスタンスを崩さなかったし、ほとんど気にしていなかった。しかし、これは直していかないとだめかも知れないな。


「こほん。それで、マサト様の旅の予定を伺いたいと思って来たのですが……」

「そうだな」


 まだ頬に赤みを残しながらも復活したファナが、来訪の目的を告げる。とはいえ、旅の目的なんてものもない。どうすれば星を打ち上げられるのかもさっぱり分からないのだから。

 どう答えるべきか悩んでいると、セラウが「任せてください」と目配せしてくる。


「マサト様は地上の混乱を憂いておられます。そこで、古くより各地に存在する太古の神々を巡りたいと」

「太古の神々……ですか?」

「はい。大地そのものより生まれ、人と共に続く神です。炎星教では、そのような話は聞きませんか?」


 俺は全くもって初耳である。太古の神ってなんだ?

 しかしファナは心当たりがあるようで、何度か頷く。


「属神のことでしょうか。炎星教の教えを広めるより以前から、各地でそれぞれに信仰されているものがあったと聞きます。しかし、それらは既に失われて久しいかと……」


 オブスクーラを総本山とする炎星教は、俺の記憶にある前世の宗教と同様に、各地への布教をしている。つまり、宣教師が訪れる前の土地では、別の信仰が根付いていたはずなのだ。

 セラウが言わんとしているのは、その炎星教の外にある神を巡るという話だろう。

 だがファナの言うとおり、炎星教が大地を覆い、かつてあった宗教は塗り隠されている可能性は高い。そんな異教の神がまだ存在しているのだろうか。


「大丈夫ですよ」


 セラウは自信のある笑みを浮かべる。


「偽物や紛い物ならいざ知らず。本物の神がそう簡単に消えるはずもありませんから」


 そんな彼女に、ファナはきょとんとして首を傾げた。

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