第32話「神々の聖戦」

 殺されてもいい。いや、殺された方がいい。

 死ぬたびに俺は前世の記憶と能力を引き継いで、新たに輪廻転生し復活する。天界でファナ達の祈りを力に変えて、十分な鍛錬をこなして、そして再び戻ってくる。


「第三十三回戦だ」


 〈瞬歩〉によって一瞬でイグニールへと肉薄し、直後に〈影縫い〉によって背後へ回る。彼女が周囲へ広げる灼熱の炎は〈高熱耐性〉によって無効化される。〈武器製造〉を発動しナイフを生み出す。更に〈神殺しの楕円〉によって神力特攻の属性を付与。〈複製〉と〈思念操作〉によってナイフをイグニールの周囲へ展開、逃げ道を無くす。更に〈武器製造〉を発動し、槍を生成。勢いをつけて突き出し、イグニールの胸を貫く。そして――。


「ぬるいっ!」

「がっ!?」


 綿密に練り上げ、無意識に行えるレベルまで繰り返し覚えこんだパターン。それを半分進めないうちに、反撃を喰らう。

 イグニールは自身の身が削がれるのも構わず戦斧を振り、俺の胴体を叩き切った。


「クソ、これもダメだったか。じゃあ次だ」


 再び天界での対策と鍛錬を始める。

 俺とイグニールではあらゆる点で圧倒的に違う。当然だ、こっちはただのチート特典を貰った転生者で、向こうは有史以前より世界を構築してきたベテランの神なのだから。そんな神を本分でもある戦いで負かそうなどというのは、尊大を通り越して愚かな行為でしかない。

 けれど、それでも俺はやる。なにせ、俺は諦めが悪いんだ。数十回死んだ程度で諦められるわけがない。


「すごいですね。1272ポイントですよ」

「また増えてるな」


 天界で俺を出迎えるセラウは、そのたびに功徳ポイントがどれだけ加算されたかを教えてくれる。俺は、三十回ほどの死を繰り返しながら、三万ポイント以上を荒稼ぎしていた。


「ファナの祈り、ちょっと怖くなってきたな……」

「どこまでもマサトさんの復活と勝利を確信しているんですよ」


 ポイントの根源となっているのは、ファナの祈り、そして信仰。彼女は俺にだけ祈り、願い、信仰心を注いでいる。オルタランフランやレガリオ、更にはユピネガまでもが俺に祈りを捧げてくれているらしいが、教区長クラスの敬虔な信徒であっても、その祈りで得られる功徳は3ポイントもあれば多い方。ファナはその400倍の祈りを俺に向け続けている。

 彼女のおかげで俺は更に強くなる。


「さあ、三十四回戦目だ」


 数十年ほど天界で鍛錬し、再び地上に降りる。


「しぶといな」

「それだけが取り柄なもんでね」


 戦斧を握り、威風堂々と立ちはだかる戦神イグニール。紅蓮の炎を身に纏い、こちらを高い位置から睥睨する。その顔にも、若干の呆れが滲むようになってきた。

 俺にすれば数十年ぶりの再戦だが、彼女にとっては殺した直後に戻ってきた俺との連戦だ。


「疲れてるわけじゃないんだろ?」

「愚問だな。神を何と心得る」


 〈化身召喚〉、〈武器製造〉、〈結界術〉。イグニールの動きを物理的に封じ、全方位から一斉に槍を投げる。それと同時に叙述魔法第四語魔法を発動。空気中の魔力を一瞬にして奪う。

 イグニールの炎は酸素ではなく魔力を消費して燃え上がる特殊な炎だ。近くで別の大規模な魔法を使えば、一瞬その勢いが衰える。イグニールの身体から供給される魔力もあるが、連戦のなかで多少は減っている。一瞬、そのわずかな時間に隙が生まれる。


「――私は、戦いの神だぞ?」

「よく知ってるよ!」


 煉獄の如く炎が吹き荒れる。まだ力の全てを解放していなかったのか。

 荒野を燃やし、雄叫びを上げる炎。神力を帯びた聖火は一瞬にして無数の槍と化身たちを滅殺した。

 おそらく数千、数万の軍勢を用意したところでイグニールは単騎でそれを容易く撃破するだろう。それほどまでに、戦いの神というのは圧倒的だ。戦斧が軽やかに舞い、数度の打ち合いの後、こちらの剣が折れる。咄嗟に生成した鋼鉄の壁を砂糖菓子のようにあっさりと砕き、俺の脳天を割る。

 その姿を見つめながら、再び俺は天界へと戻る。


━━━━━


「――第2961戦目だ」


 日が昇り、日が落ち、また日が昇る。幾度となく朝日を迎え、夕陽を送る。一戦一戦はたったの数十秒から、善戦しても数分。しかし、数千と重ねれば、数日となる。


「さあ、こい」


 荒野に積み上がった死体の上に立ち、イグニールは俺を誘う。数十年の対策を確かめるため、俺も動く。

 ちらりと視界の端に映るのは、レガリオたちの姿だ。延々と戦い続けている俺を見守る彼女らも、その動きを変えていた。戦いの余波を受けないところへ陣幕を張り、多くの民衆が詰めかけている。彼らはどちらに対して祈ればよいのかも分からず、ただ現実味のない戦いを眺めている。

 そんな中、ただひとり、ファナだけは黙々と膝を突き、祈りを捧げ続けている。人である彼女は数日もの間飲まず食わずで祈っていて平気なはずがない。それでも、彼女はある種の狂気すら孕んで祈り続けている。彼女を止められるのは、この戦いに決着がついたその時だ。


「流石に、そろそろ決めないとな」


 俺一人ならば、あと何千年でも戦い続けることができる。それこそ、この荒野が聖地となり、イグニールとの戦いが民草の観光となり、そして飽きられるまで。だが、それではだめだ。

 ファナが死んでしまうのは、ダメだ。それは許し難い。

 だから、長々と戦いを引き延ばさず、決着をつけなければならない。戦いを終わらせる理由が俺にはある。


「はぁっ!」

「はっ! 正々堂々と来るか。それもよい!」


 小細工は抜きだ。俺は一振りの剣を生み出し、それを握る。無数の武器が落ちる戦場を一足で駆け抜け、イグニールへと肉薄する。

 互いの得物が激しくぶつかり、火の粉が散る。イグニールの勢いを受け流すように身をくねらせ、懐に入る。そのまま旋回し、刃で切り付ける。擦り傷程度なら、俺の剣も届くようになってきた。

 更に同時に魔法を紡ぎ、発動。ゼロ距離からの『稲妻の槍』はイグニールも避けられない。しかし、彼女は腹に大穴を開けても平然としている化け物だ。


「らあああっ!」

「がっ!?」


 一瞬の硬直も見逃さず、戦斧を捩じ込んでくる。

 咄嗟にガードしなければ、その一撃で肉塊に変えられていた。けれど、こっちももう慣れたものだ。

 空中を蹴り、背後に回る。彼女の重心がわずかに揺れたのを見て、再び背後へ。槍を生み出し、突き込む。


「いいぞ!」


 人間であれば即死の傷を負ってなお、イグニールは楽しげに笑っている。

 彼女との戦いを繰り返すなかで、俺もひとつ気付いたことがある。彼女は戦いの結果として俺を殺しているが、ただ勝利を求めているわけではない。原初の戦いより生まれた彼女にとって、勝利や支配はあくまで結果。彼女の権能は“戦い”そのものであり、故に求めるのは戦いだ。

 戦神イグニールは、戦いを欲している。


「もっと戦おう。まだ味わったことのない痛み、焦燥、興奮を!」


 その存在の強さ故に顕現すらままならず、名前を忘れられるほどの長きにわたって眠り続けていた。彼女が目を覚ましたのは、名前を呼ばれたから――古き神ララルーがその存在を口にしたからだ。

 彼女は待ち侘びていた。己を満足させるほどの激戦を。

 雷鳴と共にトライア山の頂へ降り立ち、蛇神を屠った。その一撃だけで、古の信仰を呼び起こした。“常星の申し子”ミトの体を依代として、久方ぶりに地上へ顕現した。


「剣を振れ、槍を突け、弓を射ろッ!」


 すべては、俺と戦うために。

 彼女にとってトライア三国の衝突など些事。関わる必要もない、よくあることだ。興味がなかったから、動かなかった。ユピネガがどれほど要請しても、頑として。

 だが、俺がやって来た。だから出迎えた。全ては戦いのために。


「あははははっ!」


 戦場に神の笑声が響き渡る。彼女の心は最高に高揚していた。

 戦いそのものを愛し、求め、楽しんでいる。あどけない童女のような純朴な笑みを浮かべて、大地を割る破壊の斧を振り下ろす。

 これこそが神の所業だと見るもの全てに知らしめる。

 俺は全神経を張り詰めて、一撃に全身全霊の力を込める。


「はあああああああっ!」


 この程度の戦いで、満足しようとするな。

 その胸元に剣を突き立てる。


「が――はっ――!」


 イグニールが俺を見る。赤い瞳は満足げだ。

 勝ちも負けも、彼女の前では全てが些事。ただ戦いを、血湧き肉躍るような闘争を、彼女は求める。俺はそれに応じ、聖戦を捧げた。

 神と人は表裏一体。人の信仰に、神は奇跡によって応える。

 戦いとは踊り。踊りとは祈り。祈りとは願い。願いとは信仰。


「良かろう。少しは満足した。――貴様の祈りはしかと聞き届けた。故に、神と人の存在理由、絶対の法則に従い、我も貴様に奇跡をもたらす」


 胸に剣を突き刺したまま、イグニールは言う。

 彼女がおもむろに手を挙げて、指を弾く。


「――ッ!」


 その瞬間、世界に最古の神が顕現した。

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