第24話「ファナの宗派教室」
オルタランフランによればトライア三国の教区長会議が開かれるのは二ヶ月後とのこと。エルフらしい時間感覚のぶっ飛ぶ具合を見せつけてくれた彼女だが、冷静になると二ヶ月というのもなかなか長い。
そんなわけで、俺たちはその事前準備としてトライア三国とその教区、そして各地で主力となる宗派に関する情報収集をすることにした。
「それでは、まずはトライア三国にまたがる三つの宗派について、不肖ファナティア・フーリガーレンが説明させていただきます」
「おー」
パントスピュラ大教会の一室を借りて、突発の勉強会が開かれる。星守りの巫女であるファナは講師役としてこの上ない人選だろう。
なぜか多忙なはずのオルタランフランまで生徒のような顔で座っているのが気になるが。
「トライア三国はそのまま国境で三つの教区に分かれています。それはまあ、簡単ですよね」
「3ヶ国ともいがみ合ってる仲だもんな。そりゃあ、教区は仲良く共有しましょうというわけにはいかないか」
「それもありますし、それぞれに主たる種族が異なるというのも問題の一つです。エルフは一千年を生きますが、ドワーフの寿命はおよそ五百年ほど、獣人族は氏族ごとにばらつきはありますが、おおよそ人間族と同じ百年弱です」
「寿命が違えば国の運営も違うでしょうし、協調するのは余計に大変でしょうね」
ファナの説明を聞いて、セラウがなるほどと頷く。
エルフからしてみれば、自分が生きている間に獣人族は十代も世代交代がなされるのだ。一代目の時に取り決めた協定なども、五代目くらいで反故にされる可能性は大いに考えられる。
俺の前世は言ってしまえば巨大な単一種族による世界だった。国や文化、言語は違えど種族まで異なるわけではない。そう考えると、ファンタジー世界というのは国際協調が非常に難しいとも言える。
「というか、ドワーフも五百年は生きるんだな」
エルフと獣人の格差に目を奪われていたが、ドワーフも案外長生きだ。エルフの寿命がインフレしまくってるせいで短いと思ってしまった。
「とはいえ、ドワーフも三百歳を超えると徐々に石化していきますからね。表立って活動するのは五十歳から二百五十歳くらいまでです」
「それでも人間で二、三世代は跨ってるんだけどな」
聞けば、ドワーフは老化と共に体が石になっていく特性を持つ種族だという。別に病や呪いというわけではなく、それが彼らの特徴なのだ。そして、彼らは最終的に物言わぬ岩と化し、聖なるトライア山の一部として永遠に生きる。
「ポンポミア共和国の最大勢力である黄冠派は、ドワーフの石化特性と癒着した宗派とも言えるんです」
種族的な特性の話から、シームレスに宗派へと話題が移る。
ポンポミア――ドワーフ族の間で広く浸透している炎星教の一派である黄冠派は、瞑想によって悟りの境地へと至ること、石化によって不死性を獲得すること、その二つがポイントになっている。
「要は世捨て人ですよ。熱心な黄冠派信者は山に穴を掘り、その奥で瞑想を続けるんです。飲まず食わずで聖句を唱え続け、そして死ぬ。そうすれば、自身は新たな星として天に昇り永遠の命を得る。そういう教えです」
オルタランフランが語った黄冠派の祈り方に、俺は既視感を覚える。前世にもそのような話はあったような気がする。あいにく、記憶はかなり昔のこととなり、今ではかなり朧げにしか残っていない上に、そもそも前世の俺は宗教にそこまで興味がなかったから、それ以上の話は出てこないのだが。
ともあれ、自分の身を追い込むことで神性を獲得しようという営みは、割合どこの世界、どの種族でも共通する事柄のようだ。
詳しく聞いてみると、黄冠派信者は日頃から痛みや苦しみを受けることで魂が研磨され、輝きを増すと考えているという。
「あのー」
話を静かに聞いていたセラウがおずおずと手を挙げる。
「緑衣派は質素倹約を旨とする宗派なんですよね。黄冠派と何が違うんですぎゃああっ!?」
「緑衣派をあんな被虐愛好家たちと一緒にしないでください。ぶちのめしますよ」
「ひょえ……」
セラウが全て言い切る前に、椅子が蹴飛ばされ彼女は壁に追い詰められていた。強い魔力を全身に纏ったオルタランフランが目をギラつかせて彼女に迫っている。
緑衣派のトップである彼女にとって、黄冠派と同一視されるのは許しがたいことらしい。
「まあまあ、落ち着いてください。セラウさんの指摘は妥当なものだと思いますよ」
「ファナ!?」
呆れ顔のファナがセラウに味方すると、オルタランフランは愕然とする。彼女にとっては遥かに年下ではあるが、職位としては上の相手だ。そう強く反論もできない。
「質素倹約を旨とする緑衣派と、苦痛による昇天を目指す黄冠派。二つに共通する特徴は多くありますが、それぞれに目指す方向が違います。黄冠派は死後眩く輝く星となることを目的としていますが、緑衣派は違いますよね」
「ええ、そうですよ」
ファナから話を向けられ、オルタランフランも胸を張って引き継ぐ。
「緑衣派が目指すところにあるのは、自然との融和です。エルフは死後、聖霊木となりますから。豊かな森を構成する一員として恥ずべきことのないように生きるのです」
「ドワーフと一緒じゃないですかてん。ぎゃあああっ!? すみませんすみません!」
「グルルルッ!」
ぽつりと失言したセラウが気の立った猛犬のように唸るオルタランフランに押し倒される。なんであの天使は学ばないんだ……。
とはいえ、俺も内心では似ていると思っていた。
ドワーフは死後岩となるが、エルフは木になる。ただの死体として腐り果てないあたりは、人間とは大きく異なる点だ。
「エルフもドワーフも、元を辿れば精霊の仲間なんですよ。だからこそ、お互いに馬が合わないところがあるというか……」
セラウがオルタランフランによって揉みくちゃにされている間に、ファナがそっと補足してくれる。どうやら両者が犬猿の仲なのは、多少同族嫌悪的なところもあるらしい。
お互いに寿命が長いぶん、そのあたりの因縁も深いものがあるのだろう。
「それで、オルグファーレン教区はどうなんだ?」
「そうですね。そちらをお話ししましょう」
「ふえええ……」
ズタボロになったセラウを救う意味も兼ねて、話を進める。ファナもそれに乗ってくれて、パンと手を叩いて場を仕切り直した。
獣人たちの国、オルグファーレン帝国。広大な草原地帯を国土とするトライア三国最大版図を誇る大国だが、実際には無数に細分化した氏族がゆるくまとまる多民族国家だという。
帝王として国をまとめているのは獅子獣人の血族で、オルグファーレン帝国を支配する炎星教の一派、紫剣派のトップも獅子獣人の教区長が務めている。
「まあ、紫剣派はまだ歴史の浅い宗派ですからね……」
オルタランフランはそんなことを言うが、そろそろエルフタイムスケールにも慣れてきた。そんなことを言いつつ、二千年くらいの歴史はあるはずだ。
「だいたい二百年程度でしたか」
「そうですね。私が子供の頃にちょこちょこ聞くようになりましたし」
「まじか……」
いや、二百年もかなり長いのだが。それよりも長生きなエルフが目の前にいる。本当にエルフは生き字引ってレベルじゃないな。
ともあれ、紫剣派が緑衣派や黄冠派よりも若い宗派であることには間違いない。ちなみに、ファナも属する最大派閥の炎杖派は五千年くらいの歴史があるらしい。
いくらなんでも長すぎだろ。つまり俺は五千年以上死に続けていたというわけか?
「獣人が草原に定住し、国を名乗るようになってから生まれた宗派ですからね」
オルグファーレン帝国は、国としても若いらしい。オルタランフランによれば、長い歴史のなかで頻繁に氏族間の争いが勃発し、なかなか一つにまとまることがなかったのだという。今の帝王家がそれをなんとか一つにまとめ上げ、ようやくちょっとした安定期に入った、というのがエルフ側の認識だ。
寿命が圧倒的に長いからだろうが、エルフは獣人を時間的上から目線で語るところがあるな。
「紫剣派を表すなら、実力主義、即物的、享楽的、といったところでしょうか」
「およそ宗教らしくないキーワードばっかりだな」
「ある意味、獣人の特性を強くもつ宗派ですからね」
紫剣派は力あるものが正義という、とてもシンプルなルールで構成されている。教区長も前任と決闘し、打ち倒すことで代替わりしたほどだ。力さえあれば、頂点に立てる。勝利さえ得られるのであれば、刹那的な人生でも問題はない。
五百年、一千年と悠久の時間を持つ他種族と比べると、そのような思想が育っても仕方ないのかもしれない。傭兵が国の一大産業となっていることも、ここに根深く関わっているのだろう。
「しかし、同じ炎星教なのに三者三様だな」
「その懐の深さも、炎星教の特徴ですから。つまり、マサト様の偉大さです」
「そうかなぁ」
俺は本当に何もしていないのだが、ファナもオルタランフランも無条件に信じてくれている。その期待が少し重たくも感じてしまうが、贅沢な悩みだ。
とはいえ、黄冠派と紫剣派。ゆくゆくはその二者の代表とも相見えるのだ。彼らにも認めてもらうため、こちらから歩み寄らなければ。
俺はファナからの説明を頭に叩き込み、炎星教に対する理解を深めるのだった。
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