第21話「エルフの国の炎星教」

 トライア三国のひとつ、エルフ族の国、シュライディア王国。ここも炎星教の本拠地たるティファーニア神聖国の影響が強く、巡礼路もしっかりと整備されていた。一日しっかり歩けば十分間に合う間隔で宿も置かれているから、野宿もせず快適な旅だ。

 オグリの森近くの宿を発って二週間ほど歩き通せば、ティファーニア神聖国とシュライディア王国の国境が見えてくる。


「オブスクーラからの巡礼です。シュライディア王国のパントスピュラ大教会へ参拝します」

「よし、通れ」


 ファナが用意してくれた各種証書の威力は絶大で、物々しい雰囲気の関門もすんなりと通ることができた。

 しかし、シュライディア王国の門番もずいぶんと気合が入っている。魔力を帯びた強そうな鎧で身を固め、十字に刃が付いた戟と呼ばれるような矛を携えている。しかし、兜の隙間から覗く顔はおそらく人間族のものだった。


「エルフの国なのに、あんまりエルフはいないんですね」


 関門を抜け、王国入りを果たした俺たちは、すぐ近くにある国境の町へと訪れた。そこでも道ゆく人々の多くは人間族で、エルフらしい見た目をしたものは見当たらない。

 セラウもそのことに気付いたようで、少々落胆した様子で言った。


「シュライディアといっても、まだティファーニアに近い地域ですからね。エルフ族のほとんどは、トライア山麓の大森林と呼ばれる地域に集中しているんです」


 物知りなファナ先生によると、シュライディア王国は王家に連なる支配者階級がエルフであるというだけで、国民の割合としては六割以上が人間族、三割がその他の種族、残りの一割程度しかエルフ族はいないのだという。


「エルフ族は長命な代わりに、数が少ないですからね。単一種族国家を確立するのは難しいようです」

「なんというか、ちょっと拍子抜けだなぁ」


 エルフの国と言うからには、森の中の隠れ里のような神秘的な光景を期待していたのだが、この町はティファーニアの頃とそう変わり映えしない。国境を越えただけでは、あまりエルフの国にやって来たという実感すら湧かない。

 おそらく前世では海外旅行もしたかことがなかった俺だが、実際に行ってみるとこんな落胆を味わっていたのだろうか。


「で、でも公用語には精霊語もありますし。町の中心には必ず守護樹がありますよ。エルフも全くいないわけではないでしょうし……」


 俺とセラウのテンションが露骨に下がったのを見て、ファナが慌ててフォローを入れてくれる。


「とりあえず、腹ごしらえでもしましょう。ほら、あそこのレストランなんてどうですか?」

「おお、行ってみようか」


 昼時だったこともあり、俺たちは目についた料理屋に足を向ける。


「お?」


 中に入り、すぐに気が付いた。屋内に充満する匂いが、ティファーニアにある料理屋のそれとは違う。なんというか、森の中の清涼感を感じるような、清々しい空気だ。


「いらっしゃい!」


 恰幅のいいおばちゃんが出迎えてくれる店の内装は、いたって普通の料理屋だ。壁にメニューの書かれた板が打ち付けられていて、店内はそれなりに賑わっている。


「なんか、肉料理が全然ないな」


 メニューをざっと眺めて、違和感を抱く。精霊語で書かれた料理名の側に共通語の翻訳と簡単な説明が添えられているのだが、果実や野菜を使った料理ばかりだ。


「シュライディアは伝統的に菜食主義ですからね。エルフ豆という栄養豊富な豆が主食なんです」


 とりあえず一番の人気商品らしいものを注文してみると、豆と根菜をトマトソースで煮込んだような料理が出てくる。更にこれでもかと大量のサラダと、カゴに山積みのフルーツも。


「あの、サラダとフルーツは頼んでないんだが……」

「サービスだよ! おかわりもあるからね!」

「おお……」


 よくよく見てみれば、どのテーブルにも山盛りのサラダとフルーツがある。しかも半分くらいまで減ってくると自動的に追加されるシステムになっているらしい。


「お、思ってたんと違う」


 エルフが菜食というのはまだ分かる。いや、弓兵なのに猟はせんのかいとは思うが。

 しかし、もっと粗食というか少食なイメージだったのだが、もうバリバリ野菜を食べまくる食文化のようだ。


「いただきまーす! おいしい!」


 文化の違いに呆然としていると、セラウが早速サラダに手をつける。果汁のドレッシング的なものが掛かったそれはとても新鮮で瑞々しい。一口食べたセラウも羽を広げて驚いていた。


「うん、美味い。美味いが……」

「動物性のものも欲しくなりますね」


 セラウの言葉にしみじみと頷く。

 美味いがどれも薄味だ。栄養価的な話は知らないが、大量に食べなければカロリー収支が合わないのだろう。そういえば草食動物って1日の大半を食事に費やしているらしいな。

 豆の煮込みもまあ美味しいのは美味しいんだが、たぶん獣脂をぶち込んだらもっと美味くなるんだろうな、と思ってしまう。植物性の食材だけでここまで完成度を高めたのだから、そこに動物性の旨みを入れればもう一段階上に行けるはずだ。


「ちなみに、シュライディア国内の炎星教徒は一生封血の誓いを立てています」

「それは?」

「動物を殺して、血を流すことで得られるものは食べないという近いですね」

「極まってるなぁ」


 別に炎星教本山の教義に則っているわけではないらしく、ファナは肉も普通に食べている。おそらく、炎星教とエルフの価値観が融合した結果の文化なのだろう。


「シュライディアに浸透している炎星教は、緑衣派と呼ばれる宗派なんです」


 退屈な味わいの煮豆にファナも飽きてきたのか、解説がメインになってくる。俺もリンゴっぽいのにバナナみたいに皮が剥ける謎のフルーツを食べながら、そちらに耳を傾ける。

 炎星教と一口に言っても、その規模故に一枚岩ではない。オブスクーラやティファーニア国内では最大派閥の炎杖派が定着しているが、国が変われば派閥も変わる。


「緑衣派は言ってしまえば自然との融合を目指す派閥です。森の中で極力自給自足を行い、清貧を旨とする。隠者のような信者が多いですね。そのため、シュライディア王国には修道院が多く、大勢の緑衣派炎星教徒が厳しい修行に明け暮れているのです」

「世捨て人というか、世俗を離れた人が多いのか?」

「そうですね。エルフという高みが身近にあるので、精霊魔法の熟練に身を費やす方も多いと聞きます」


 それを聞いて納得する。人間族から見れば、高い魔力の才能と弓の扱いを生まれ持ち、千年も生きるエルフというのは、まさにチートじみた存在だ。それ自身が信仰の対象になっていてもおかしくはない。

 緑衣派と呼ばれる人々は、炎星教のフォーマットを取り入れつつ、エルフへ至らんと森での修行に打ち込んでいるのだろう。


「ちなみに、緑衣派の本拠地であるパントスピュラ大教会は、シュライディアの大森林にあるんですよ」

「ああ。関所で言ってたやつか」


 パントスピュラ大教会。シュライディア国内における炎星教の最大拠点であり、緑衣派の中枢。巡礼者たちにとっても、自然の神性を体感できる聖地のひとつとして知られている。


「まずは、パントスピュラ大教会を目指しましょう。そこに緑衣派の長でもある教区長、オルタランフリンがいますから」


 ファナはそう言って、残った煮豆を一口で飲み込んだ。

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