第15話「信仰の薄らぎ」

 森の奥から現れたのは、淡い光を帯びた小さな妖精たち。彼らは子供のような笑い声を上げながら、こちらへ近づいてくる。その姿を見てみると、人間よりもはるかに高い魔力が見える。魔力の集合体というファナの言葉は正しいようだ。

 俺とファナが杖を握り、いつでも魔法を発動できるように身構えていると、妖精たちは少し離れたところで立ち止まった。


「あははっ」「あはっ」

「お客さんだよ」「人間だ」

「羽が生えているよ」「鳥だ」

「恐ろしいよ」「可愛いよ」


 続々と集まってきて、総勢は10を超える。彼らは笑いながら、口々に言い合う。

 少なくとも言葉は理解できる。ならば対話でなんとかなるかもしれない。そう考えた俺は杖を下げ、一歩歩み寄る。


「マサト様!? 危険です!」

「大丈夫だよ。とりあえず客だとは思われてるらしい」

「客? 何をおっしゃって……?」


 ファナが焦り顔で俺を止める。妖精たちの言葉を伝えると、一転して怪訝な顔をした。


「もしかして、ファナは妖精の言っていることが分からないのか?」

「はぁ……。そもそも、妖精は言葉を話しませんから」


 驚いてセラウの方を見ると、彼女も困った様子で頷く。どうやら、二人とも妖精の言葉が通じていないらしい。

 おそらく、俺が理解できるのは〈言語理解〉のおかげだ。本来ならファナの言葉すら分からなかったはずだが、今はあらゆる言語を自然に扱えるようになっている。もしかしたら、叙述魔法の魔法文字も本来は理解が難しい特別な言語なのかもしれない。

 そう考えると、20ポイントの割にとても便利な特典だ。


「とりあえず、俺が妖精と話してみる。ファナはセラウと一緒に待っててくれ」

「わ、分かりました」


 ファナはまだ疑っているが、渋々引き下がる。彼女が杖を下ろしたのを確認して、俺は妖精たちへと向き直った。


「こんにちは、初めまして。森を荒らしてしまってすまない」


 ファーストコンタクトは印象が大事だ。挨拶をしつつ、まずは森を荒野に変えてしまったことを謝る。こうすれば、そう悪いことにはならないはずだ。

 深々と頭を下げて、ゆっくりと上げる。そうして見えた妖精たちは、一様に表情を驚愕に染めて硬直していた。……あれ?


「しゃ、喋ったー!?」

「人間が喋った!?」

「怖いよ! 怖いよ!」

「ひえええんっ!」


 いや、お前らも通じてなかったんかい。

 思わず飛び出しかけたツッコミを頑張って飲み込む。まさか、妖精たちもこちらの言葉を理解していなかったとは。

 言葉が通じているとは露とも知らなかった妖精たちは、突然自分達の言葉を話し始めた俺に怯えて一目散に逃げてしまった。それでも好奇心には抗えないのか、森の木々から顔を半分だけ覗かせてこちらの様子を窺っている。

 その姿はとても恐ろしい種族とは思えない。むしろあどけない子供のようですらある。もしかすると妖精が残虐な性格だと考えられていたのは、お互いの言葉が通じなかったからなのかもしれない。


「あの、マサト様……?」


 妖精たちの変わりようにファナが困惑する。そういえば、彼女から見たら俺はどんな言葉を発しているように見えたのだろうか。


「ファナ、俺はいま妖精の言葉を話していたか?」

「え? そ、そうですね……。突然、私には理解の及ばない言葉を使われました。それも、確かに妖精の鳴き声に似ていたような……」

「妖精の鳴き声、か」


 俺の主観としては、ファナと話す時も魔法を扱う時も、妖精に挨拶した時も、全く同じように喋っているつもりだった。けれど、〈言語理解〉という能力によって自動的――もしくは無意識的に言語を切り替えていたようだ。


「もしかして、マサト様は妖精の言語まで使えるんですか?」

「まあ、そういうことになるな」


 ファナもようやく、妖精が意味のある言葉を話していたことを理解してくれたようだ。それにひとまず安心していると、彼女は何やら恍惚とした表情でこちらを見ていた。


「ああ……! やはりマサト様は常星の化身で間違いないのですね! あらゆる言語を解するとは、まさに全知全能! 一瞬とはいえ、貴方様の存在を疑ってしまった私は、どのような仕打ちも甘んじて受け入れます!」

「ええ……。いや、いいよ。大丈夫だから」


 というか、ファナも一応俺のことは疑っていたらしい。神様にしては頼りないもんな。常識とも言える叙述魔法に関しても全くと言っていいほど知識を持っていなかったわけだし。

 こちらとしては、思いがけず首の皮一枚繋がったような展開だ。


「マサト様が神かどうかは置いておいて、妖精たちに逃げられないうちに話を進めるべきでは?」

「おっと、そうだった」


 セラウの言葉で現実に戻され、俺は遠くに離れてしまった妖精たちに目を向ける。


「妖精たち、怖がらないでくれ。俺たちはこの森に棲む君たちの神様を探してやって来たんだ」


 無害をアピールするため両手を広げる。杖も足元に置いて、無防備な状態だ。

 そのサインがどれほど妖精に通じるのかは未知数だったが、ひとまず害意がないことは伝わったらしい。まだ怯えは残っているものの、数人の妖精が恐る恐る木陰から出てきた。


「神様?」「探しにきたの?」

「あなたは神様?」


 いきなり答えにくい質問だ。ゆくゆくは神になりたいと思いつつ、すでに俺のことを神と信じている人もいる。ただの人間かと問われれば、絶対にそうではない。


「あー、それに近い存在だ。説明するのが難しい。とにかく、今回はここの神にお目どおり願いたくやって来た」

「おめどおり?」「神様に会いたいの?」

「そうだ」


 会話を進めるにつれ、一人、また一人と妖精たちが集まってくる。話が通じる奴だと分かってもらえたからだろうか。


「神様、泉にいるよ」「森の奥」

「でも濁ってる」

「神様いないよ」「ずっと眠ってる」


 口々に話す妖精たちの声は聞き取りづらい。妖精語を無理やり俺が理解できるように変換されているからだろうか。それとも、これが妖精たちの話し方なのだろうか。

 しかし、その中で聞き逃せないものがある。


「神様がいない?」

「いないよ」「ずっと」「眠ってる」

「引きこもってる」「泉の底」「水の中」


 神はいない、とはどういうことだろうか。

 最悪なのは存在そのものが消えてしまっているということだ。けれど、妖精たちは眠っていると言っている。会いに行けば、対面できるものなんだろうか。


「その泉まで、案内してもらえるか?」

「いいよ」「こっち」「あっちじゃなかった?」「そっち!」


 妖精たちは快く頷き、早速動き出す。しかし、その方向はてんでバラバラだった。それぞれが別の方向を指差し、他の者を違うと言う。そんな様子に、思わず力が抜けてしまった。


「もしかして、泉の場所を知らないのか?」


 嫌な予想が脳裏を過ぎる。

 以前、セラウから伝えられた神と人の関係だ。

 両者は信仰と恩恵によって繋がっている。神は人からの信仰を受けて力を増し、人に恩恵を授ける。人は受けた恩恵に感謝し、信仰を深める。その互恵関係によって、両者は共に発展していく。

 もし仮に、人が信仰を失えば。神は力を衰えさせ、恩恵を授けることができなくなる。それは双方を衰弱させる負のスパイラルの始まりだ。


「マサト様、どうなさいましたか?」


 なかなか話が纏まらない妖精たちを見て、ファナが近付いてくる。セラウも不安そうな面持ちだ。俺はそんな二人に向き直って、彼女たちに協力を求めた。


「妖精たちが、神を忘れてしまったらしい。まだ泉はあるかもしれない。それを探してみよう」


 古い神は、信仰を失いつつある。まだ妖精たちが“神は存在する”ということを覚えているのが唯一の救いだ。彼らの細い糸のような信仰を頼りに、まだ辛うじて残っている可能性がある。

 その糸が途切れる前に、神を見つけなければならない。俺は二人を急かして、自分も感覚を研ぎ澄ませながら森の中に意識を巡らせた。

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