第14話「オグリの森の魔樹」
いくつかの町を通過し、七日が経った。その間に俺はファナから
「〈斬烈〉〈突風〉――『
杖の先に二つの魔法陣が重なって現れ、そこから鋭い風が解き放たれる。それはうねりながら真っ直ぐに突き進み、10メートルほど先にある木の幹を木っ端微塵に切り刻む。
「おおーっ!」
メキメキと音を立てて倒れる大木を見て、セラウが感嘆した。隣ではファナが自分のことのように得意げな顔で胸を張っていた。
俺は
ファナから魔法を教えてもらうこと七日、はじめは道すがら叙述魔法の基礎知識をレクチャーされ、五日目に立ち寄った町で発動具の杖を買った。先端に魔石が取り付けられている特殊なもので、いわゆる魔法の杖というものだ。
魔力こそ潤沢にあるものの、知識も経験もない俺は、ひとまず一人前の魔法使いと認められる第二語魔法の習得を目指して練習を始めた。しかし、
「良かったですね、オグリの森に入る前に成功して」
「全くだ。
「そ、そんな! うへへへ……」
道中、もっぱらの練習相手はいくらでも飛び出してくる魔獣たちだ。グレイウルフをはじめ、鳥やトカゲや鹿といった獣が妙に血気盛んに襲いかかってきた。どうやら、俺とファナが莫大な魔力を持っているせいで、刺激してしまったらしい。弱い魔獣やただの獣は逃走を選択するが、一定の強さを超えると闘争を選択してくるのだ。
おかげで練習相手には事欠かなかったし、路銀も潤沢に集まった。このぶんならファナに色々手を回してもらわなくても金銭的には困らなかったかもしれない。
「よし、それじゃあいよいよだな」
そして念願の『微塵の風刃』を危なげなく発動できるようになった今、俺たちは満を辞して妖精たちの棲むオグリの森へと踏み入ろうとしていた。
わざわざ俺の魔法習得を待ってもらったのは、魔の森と恐れられるオグリには道中とは比較にならないほど強力な魔獣が大量に生息していると聞いたからだ。であれば、戦える者は多い方がいい。ファナは全部自分に任せてくださいと息巻いていたが、おんぶに抱っこでは常星の名が廃るというものだ。
「オグリの森は陽の光も入らず、惑いの術に近い魔力の乱れがあります。お二人とも離れずに着いてきてください」
最後に寝泊まりした街路そばの宿屋からも少し離れたところにある、鬱蒼と茂った黒い森。見るからに異様な雰囲気を放つその魔境に、ファナが足を踏み入れる。俺とセラウもその後ろにぴったりと付き従う。
森の中は湿っていて、土と木の匂いがいっそう濃密になっていた。存外に静かで、鳥の囀りひとつ聞こえない。
「確かに魔力の流れが変だな」
「そうなんですか?」
「ああ。じっくり見てると気分が悪くなる」
森の中に充満している魔力は、廃屋のなかに溜まったガスのように澱んでいる。これがファナの言っていた惑いの術に近い魔力の乱れというものだろう。俺とファナは魔力を見ることができるため、その違和感を認識できる。しかし魔力を持たないセラウはあまりはっきりとは理解できないようだ。
なんというか、錯視する図形が書かれた絵をずっと見せられているような気分になる。これは、ファナにもなかなか辛いかもしれない。
「ふー、ふー! いっそ全部燃やしてしまいましょうか……」
「早まるな、ファナ!」
だめだ、かなり参っている。
俺は物騒なことを呟くファナの肩に手を置き、立ち止まる。森の中に入ってまだ10分程度しか経っていないが、少し休憩しよう。
「やっぱりキツイか」
「そうですね……。気を張り詰めていると余計に疲れますし」
立派な木の幹に背中を預け、座り込んだファナを労わる。魔の森と言われるだけあって、魔法使いにとっては天敵のような土地だ。
「妖精というのは、現れるんでしょうか」
「分かりません」
セラウの問いにファナは素直に答えを返した。
「なにせ、最新の記録が数百年前のものですから。オグリの森は地元でも恐れられていて、手練の猟師も近寄らないという話でしたし」
今回の旅に向けて、ファナは本当に尽くしてくれている。オブスクーラの図書館での下調べの他、町でも住民に話を聞き、少しでも情報を集めようとしてくれていた。
とはいえ、オグリの森は本当に恐れられているようで、立ち入り禁止の土地であるということ以上の話はあまり得られなかった。むしろ、近づくほどに強く引き止められていた。
「残忍な性格の妖精ねぇ。それらしい気配はしないが」
初日にグレイウルフに襲われて以降、町の外では常に〈千里眼〉と〈生命探知〉を使って警戒している。そのおかげで魔獣の襲撃も余裕を持って対応できていたわけだが、オグリの森の中は不自然なほどに生命の反応がない。
「マサト様でも見つけられないとなると、数百年の間で絶滅したとか」
「やめてくれよ」
セラウは時々ばっさりと容赦のないことを言う。変なところで感覚が人間とずれているような気がするのは俺だけだろうか。
「妖精は高純度の魔力集合体であるという説もあります。もしかしたら、マサト様の目で捉えられないのはそういった理由もあるかもしれません」
「生命じゃないってことか」
ファナの展開した新説に唸る。もしそうであれば、生命反応がないことにも納得がいく。とはいえ全く生命が見つからないというわけでもないのだ。むしろ、密度高く生え茂っている木々の生命力は非常に強い。ファナの休んでいる木も、ずいぶんと――。
「ファナ、その木から離れろ!」
「えっ?」
異変に気が付いて咄嗟に声を上げるも、ファナはすぐに動けない。彼女を逃すまいと木が動く。
「きゃあっ!?」
太い枝が柔軟に曲がり、ファナの体を抱きしめるようにして締め付ける。あっという間に彼女は囚われてしまった。
「これは……!?」
「油断してた。こいつ、生命反応が強すぎる!」
外に生えていた普通の木と比べてあまりにも強い生命力。そして、森中に充満する魔力のせいで分かりにくいが、濃い魔力も纏っている。そんなものがただの大木であるはずがない。
それはもはや隠すことなく動き出し、ファナの肢体に枝を這わせる。久々の獲物を前に舌舐めずりする猛獣のようだ。
「〈燃焼〉〈結装〉――『火炎の装束』ッ!」
だが、次の瞬間、ファナの体が燃え上がる。彼女が猛火を身に纏い、それを動く大木へと広げた。
「アアア、アァァア――ッ!」
幹を震わせ、低い声が響く。樹木らしく火は有効らしい。怯んだことで力が緩み、ファナが身を滑らせて脱する。獲物を取り逃した魔樹は全身を震わせることで怒りを示し、こちらへ迫る。
「〈斬烈〉〈突風〉――『微塵の風刃』ッ!」
すかさず杖を突き出し、覚えたばかりの魔法を発動させる。
魔法に必要なのは、詠唱と魔力だ。詠唱をはっきりと行い、魔力を詰め込めるだけ詰め込めば、たとえ第二語魔法であっても威力は出る。
「はあああっ!」
ゴウ、と風が吹く。
「アアッ――!」
魔樹の枝がバキバキと折れ、太い幹も細かく切り刻まれる。無限に有り余る魔力を遠慮なく注ぎ込んだ烈風は、魔樹をウッドチップに変えた。
それだけに留まらず、風は更に周囲の木々も次々と根こそぎ侵略する。なかにはただの木も混ざっているが、息を潜めて隠れていた他の魔樹とまとめて容赦なく伐採した。
数百年ぶりの危機を感じた魔樹たちが、土から根を上げて逃走を始める。
「マサト様、そのあたりで」
ファナに肩を叩かれ、魔法を消す。
気がつけば、魔の森の真ん中に巨大な丸ハゲを作ってしまっていた。
木々が倒れ、魔樹が細かく裁断された荒野である。
「……やりすぎたか?」
「ちょっと、やりすぎですね」
魔力がありすぎるというのも困りものである。咄嗟に魔法を使うと威力を調整することができない。魔力操作が今後の課題だろう。
「ですが、おかげで目的は達せそうです」
ファナは油断なく杖を構えながら、荒野と化した森の奥を見る。彼女の視線を追いかけて、木々の影から飛び出してきた小さな存在に気が付いた。
「あれは……?」
体長50センチほどの、淡く光る小人だ。背中に半透明の翅を持ち、軽やかに飛んでいる。その姿はまさに――。
「妖精です」
森の奥から現れた彼らは、大きく両手を広げてこちらへやってくる。
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