第23話「きな臭い話」
シュライディア教区長のオルタランフランは突然の来訪にも関わらず、俺たちを歓迎してくれた。おそらく、星守りの巫女であるファナと面識があったことが大きいのだろう。滅多に星見の塔から出ることのない彼女がわざわざやって来たというところで、何か事態の重大さを感じ取ったようだ。
「初めまして。俺のことはマサトと呼んでくれ」
「セラウです。マサト様を見守る天使です」
「はぁ……」
それでも、ファナが俺の正体を説明すると、彼女は翡翠の瞳を丸くして硬直した。
そりゃあ突然常星の化身ですと主張する謎の男が現れたらびっくりするし、疑いもするだろう。と、思ったのだが、オルタランフランは即座に膝を折り、額を地面に擦り付けるようにして土下座の姿勢をとった。
「ちょ、何を!?」
「はぁあああ。あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
何も分からないまま絶世の美女エルフに感謝されている状況ほど慌てることもない。
なんとか顔を上げてもらうと、彼女は涙を流して表情をぐちゃぐちゃにしていた。
「オルタランフランは、俺が詐称しているとか疑わないのか?」
「疑うはずもありません。あなた様の身の内から滲み出す途方もない大海の如き魔力量、そして燦然と輝く太陽にすら劣らない華麗な魔紋……。362年もの間、焦がれ続けた常星様に他なりません!」
「そ、そうか……」
魔紋というシステムが本人確認として優秀すぎる。ファナは星守りの巫女として常星を観測する職務があったと聞くが、オルタランフランも同じように常星を眺め、魔紋を見ていたらしい。
信者の目線に立てば、長年祈り続けた神が人となって現れたのだから、まあ感激もするのだろう。362歳ともなれば、その喜びも一入ということか。
「ありがとうございます、マサト様。ありがとうございます」
「そこがちょっとよく分からないな……。俺たちはエルフなら古い文献もあるんじゃないかと思って立ち寄ったんだが、なんでこんなに感謝されてるんだ?」
最初は神がやって来たから、みたいな単純な理由かと思ったが、どうにもそれだけではないような気がする。思い切って尋ねてみると、オルタランフランはすっと表情を落ち着かせて口を開いた。
「たしかに、これはマサト様にもお伝えした方が良いでしょう。まだオブスクーラには伝わっていないようですが、ポンポミアの黄冠派が常星の申し子を擁したという話が広がっております」
「は?」
真剣な表情をするオルタランフランの口から飛び出した言葉に、こちらがゾッとするほどの怒気を孕んだ声を放ったのはファナだった。びっくりして目を向けると、視線だけで龍も射殺せそうなほどの殺気をまとっている。
「黄冠派も落ちぶれたものですね。言うに事欠いて、常星様を騙る者を?」
「しょせん奴らは星も見ることのできない盲目。しかたのない事とはいえ、これは重罪でしょう。しかし、奴らはその“申し子”を旗に掲げ、シュライディアとオルグファーレンに強気の姿勢を見せています」
「ずいぶんと話が飛んだな?」
あまりにも急展開すぎて、俺もセラウも話について行けていない。
ポンポミア共和国はトライア山脈の山腹に住むドワーフ族の国だったはずだ。黄冠派というものが分からないが、察するに炎星教の一派なのだろう。そこが常星の申し子……つまり俺みたいな奴を擁立したということか。
「えっ?」
遅れて驚く。
常星って俺のことじゃなかったのか、と一瞬不安になるが、そういうことではないはずだ。おそらく、ドワーフ族の炎星教徒たちが騙されているのだろう。
「ちょっと待ってくれ。魔紋を見れば常星かどうか分かるんじゃないのか?」
「はい。ですが、ドワーフ族は常星様の魔紋を知りません」
俺にも分かるように説明してくれと頼むと、オルタランフランは順を追って話してくれた。
「ドワーフ族は古来より土の中で暮らす種族です。また、火を操り、鉄を打ち、邪悪な武具を作り出すことを生業としているのです。そのため、奴らは空を見上げることを忘れ、星の輝きを見る術を失いました」
「えと、つまり、ドワーフ族は種族的に目の悪い者が多いと言うことですか?」
「近くにある細かな宝石を見るのに適した目を持っているのです」
セラウの質問を受けて、情報が補足される。
なるほど。ドワーフ族は長年過ごした環境のなかで適応してきた。その結果、近視的な特性を持つようになったのだろう。近くの鉱脈や宝石、また暗い坑道を見通すのに適した目であり、空に輝く星々を見ることは難しい。
その結果、ドワーフ族は空に浮かぶ常星の魔紋を詳細には知らない。だから、常星の申し子を名乗る者の真贋を判別できなかった。
「常星様の名を騙るなど、万死に値します。マサト様、黄冠派を抹殺しましょう」
「ちょ、待て待て!」
いきなり過激な発言を始めるファナを慌てて止める。そのままにしておけば今からでも飛び出して山に業火を放ちかねない。
トライア三国の関係が緊迫しているなか、申し子の存在は無視できない。黄冠派はそれを理由に、シュライディア王国とオルグファーレン帝国に睨みを利かせているのだからなおさらだ。
とはいえ、今聞いた話はあくまでシュライディア王国側、緑衣派であるオルタランフランの話を一方的に聞いただけに過ぎない。エルフとドワーフの関係が悪く、彼女もドワーフのことをあまり良く思っていないことは言葉の端々から分かるし、偏見やバイアスも多分に含まれていることだろう。
「オルタランフラン、その黄冠派とコンタクトを取ることはできるのか? できれば、申し子と対面したい」
「かしこまりました。じつは、近々トライア三国の教区長が集まり、対話の場を設ける手筈となっておりました。その時、黄冠派の首魁と申し子も出てくるでしょう」
「ありがとう。なら、それに俺たちもついていこう。いつ頃なんだ?」
「五年後です」
「は?」
オルタランフランによれば、教区長会議が行われるのは五年後。いくらなんでも先すぎる。彼女はさっき、近々とか言ってなかったか?
「オルタランフラン、その予定は合ってますか? いくらなんでも先すぎるでしょう」
違和感を覚えたのは俺だけでなかったようで、ファナが呆れた顔で追及する。するとオルタランフランははっとして、バタバタと部屋から出ていく。そして、何やら分厚い手帳を持ってきて、それを開いた。
「ええと、ええと……。あっ、5ヶ月後! ……と、書いたのが3ヶ月前なので、2ヶ月後ですね!」
「ええ……」
思わぬところでエルフらしい時間にルーズなところを垣間見る。
可愛らしい女性に見えるけど、362歳なんだよなぁ。
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