第30話「神の特権」

 黄冠派のリーダーを訪ねようと夜闇に乗じて国境越えまでしたというのに、当の本人がやってきた。しかも彼女は俺たちがここに来ることを予見していたような様子だ。


「お前たち……」

「ち、違いますよ!」

「情報漏洩には万全を期しておりました!」


 レガリオが案内役のドワーフたちを睨むが、彼らは顔を真っ青にさせて首を振る。おそらく、彼らにも嘘はないのだろう。レガリオもそれを野生の勘か何かで感じとり、矛を収めた。そして、蹴倒されたドアの向こうで仁王立ちするドワーフの女に目を向けた。


「しかし、会いにいく手間が省けたのは幸運だ。わざわざ出迎えご苦労、ユピネガ」

「ふん。今更取り繕うても惨めなだけじゃぞ」


 若々しい外見とは裏腹に、ユピネガは老獪な空気を纏っている。レガリオの威圧にも物怖じせず泰然と対峙している姿だけで、彼女がただならぬ実力を持つものであることは分かった。

 ポンポミア教区長にして、黄冠派のリーダー。そして、“常星の申し子”と呼ばれる存在を保護したと主張する者。それが、この身長150センチほどの、ともすれば子供のようにも見える女性とは。


「それで、ユピネガ。後ろの方は?」


 膠着する状況のなか、オルタランフランが冷静を保ったまま口を開く。彼女の興味はユピネガの背後に隠れるようにして立っている少女に向いていた。

 おそらく人間族で、背丈自体はユピネガより少し大きい。しかし、きつく背中を曲げて肩を縮め、内股を擦るようにして怯えている。真っ黒な髪は伸び放題で、目元まで隠れているためその表情は分かりにくい。

 なんとも気弱そうな印象を抱いてしまう色白の少女だ。

 しかし、彼女を背後にしたユピネガはよくぞ聞いてくれたと胸を張る。


「刮目せよ! このお方こそ我らが常星より認められ、災禍の絶えぬ地上へ救済のため降り立った現人神、“常星の申し子”――ミト様じゃ!」


 高らかな口上に戦慄が走る。オルタランフランの表情が僅かに揺れうごき、レガリオとファナが殺気立つのが分かった。ユピネガはそんな彼女らに気付かない。いや、気づいたうえで何も動かないのか。


「この背信者がっ!」

「ぬははっ!」


 業火が地下倉庫に吹き荒れる。我慢の限界に達したファナが魔法を発動したのだ。

 だが、相手は軽やかな笑声を上げる。そしてたった数歩後ろへ下がるだけでそれを避けた。更に、ミトと呼ばれた少女が杖をぎゅっと握りしめる。


「きゃあっ!?」

「ファナ!」


 その直後、炎が押し返され、ファナが勢いよく吹き飛ぶ。あわや硬い壁に激突しそうになった彼女だが、咄嗟にセラウが受け止め、羽ばたくことで衝撃を殺す。彼女たちに怪我がないことを確認してほっと胸を撫で下ろす。


「ぬははっ! 無駄じゃ無駄じゃ。ミト様は未来を見通す眼をお持ちなのじゃからな。お主らの攻撃は児戯にも劣る」


 ユピネガはこちらを見てくつくつと笑う。明らかに人数の上では不利だというのに、圧倒的な強者の余裕だ。

 しかし、未来を見通す眼ねぇ。たしかにそんなものがあれば、神にも迫る力となるだろうが。


「そもそも、わざわざここまで出迎えてやったのはお前たちのためではない」


 考えていると、ユピネガはそう言って俺を見る。……え、俺?


「不遜にも常星を名乗る者よ。貴様の名も知っておるぞ、マサト」

「おっと」


 どうやら、こちらの情報も筒抜けらしい。それがユピネガの政治的な力によるものなのか、ミトの特殊な超能力なのかは定かではないが。

 黄冠派のリーダーは俺を睨み、そこに怒気を孕ませる。俺たちが“常星の申し子”の正体に納得していないのと同じく、彼女も俺の正体に納得がいっていない。だからいずれこちらに矛先が向くだろうと思っていたが、存外早かった。


「貴様は今すぐ我が手で殺したい。殺したい、ところだが……」


 ユピネガはギリギリと歯軋りして、道を譲る。彼女の背後から、ミトがおどおどと現れる。


「ミト様が貴様を手ずから討つとおっしゃられた」

「ほう?」


 ずいぶんと話が早い。要は神を主張する者同士の決戦だ。


「マサト様!」

「何か企んでいるはずです!」


 俺の背後からはファナやオルタランフランたちが相手の話に乗るなと訴えてくる。

 しかし、この展開こそ俺が求めていたものだ。

 そもそも、トライア三国の緊張は落星の日を境に高まっていた。更にポンポミアが“常星の申し子”を見つけたことで情勢は更に不安定になる。このままいけば、三国による泥沼の戦いが勃発するだろう。

 俺はそれを止めつつ、古い戦の神を見つけなければならない。

 神を僭称する者同士の決闘であれば、余計な被害を出さずに戦神も納得させるだけの闘技を見せることができるだろう。


「ミトはいいのか?」

「わ、わたしは……」


 決闘とは、双方の同意が肝要だ。ここにファナやオルタランフランやレガリオ、そしてユピネガの思惑は関係がない。ミトが拒絶するのであれば、戦わない。

 しかし――。


「わたしはあなたを殺します」


 黒髪の隙間から、黒曜のような瞳が覗く。

 全てに怯えていたような彼女が、そこだけは確固たる意志を持って言葉にした。


「そうか」


 ならば、もはや止めるものはない。

 俺たちは地下倉庫を出て、まだ真夜中の荒野を戦場とする。ユピネガがおもむろに手を挙げると、次々と大きな火が焚かれ、視界が確保された。どうやら、お膳立てまでしてくれるらしい。


「マサト様!」


 ファナが泣きそうな顔でこちらを見ている。


「安心しなって。俺は常星の申し子なんてもんじゃなくて、常星そのものなんだから」


 彼女を安心させるように言うと、彼女もそれを思い出して頷く。数度の呼吸ののち、そこには俺の勝利を確信する信仰者の姿があった。

 これは炎星教の運命を分かつ聖戦となるだろう。

 杖を構える俺の前で、ミトもゆっくりと杖を握りしめる。

 戦いのゴングはならない。だが、お互いに全く同時に動き出す。


「はぁっ!」

「せいっ!」


 悠長に詠唱を練っている暇はない。そんな彼我の考えは一致した。一足飛びに駆け出した俺たちは、ちょうど中間の所で激突した。杖と杖が激しく打ち合い、金属のような音が響く。

 おそらくは、それが開戦の合図になったのだろう。

 突如としてミトの身に宿る魔力が莫大に増幅する。


「流石にやるみたいだな!」


 地面を蹴って後方へと下がった直後、業火の大蛇がうねる。その牙が俺へと迫る。闇を赤々と照らす炎を、俺は突風で吹き消す。咄嗟に使えるのは第三語魔法が限界だろうか。


「〈雷電〉〈貫通〉――『稲妻の槍ライトニングスピア』ッ!」


 ありったけの魔力を凝縮し、全力の雷槍を撃つ。周囲の空気すら焼きながら真っ直ぐに飛んだそれは、軽やかに避けられる。


「岩よ!」


 ミトが短く叫ぶ。たったそれだけで、俺の足元から鋭い岩の棘が次々と隆起した。


「うおおおっ!? なんだこれ!?」


 俺の知らない魔法だ。精霊魔法ともまた違う。まるで、自然そのものを手足のように自由に操っているかのようだ。逃げ惑う俺を延々と追いかけてくる。


「ぬははっ! 常星が情けないのう!」


 そんな俺を見てユピネガが愉悦の笑い声を上げている。第三者から見れば、圧倒的に俺の方が不利に見えるだろう。――というか、実際かなり押されている。

 このミトという少女、おどおどとしているだけで非常に強いし殺意が高く躊躇いがない。俺が一つ魔法を撃ち込むたびに、三つ以上の攻撃を投げ込んでくる。

 ララルーとの激戦を経験していなかったら、あっという間に負けていた。


「風よ!」

「ぐわっ!?」


 地面から棘が出てくるぶんにはまだいい。火炎も正直、〈高熱耐性〉があるから効かない。厄介なのは風による攻撃だ。カマイタチのレベル99バージョンみたいな真空の突風が吹き荒び、体をズタズタに切り刻むのだ。どうやらその切れ味は地上へ落下した際の衝撃よりも凄まじいもののようで、出血してしまう。しかも目に見えないというのがいやらしい。

 まったくもって、理不尽だ。


「本当に現人神みたいな力だな!」


 彼女の出自は知らないが、この力をまざまざと見せつけられると“常星の申し子”という主張も信じてしまいそうだ。トライア山頂で古の神を殺したという話も現実味を帯びてくる。

 それほどまでに、ミトの実力は高かった。


「はあああっ!」


 ミトの攻撃が繰り出される。一点に集中させた烈風。それが、俺の心臓を貫く。


「マサト様――ッ!」


 ファナの絶叫が聞こえる。その後ろで、ユピネガの笑う声も。

 意識が闇に蝕まれる。次々と容赦のない追撃が叩き込まれ、体が千切れていく。

 どうやら、俺は殺されたようだ。

 ゆっくりと落ちていく視界の隅にセラウが映る。彼女は口元に穏やかな笑みを湛えていた。


 ――そう。これは予定通りの展開だ。




「――っと」


 目を覚ましたのは、蒼天の広がる雲海の上。時間の概念から隔離された特別な世界。


「お疲れ様です、マサト様」

「セラウもこっちに戻ってくるんだな」

「天使ですから」


 得意げにそう言うのは、輪廻転生を司る大天使セラウ。彼女は豊満な胸を揺らし、俺を抱きしめた。彼女の温かな抱擁が、荒むはずのない精神を穏やかに落ち着かせてくれる。


「それで、どうしますか?」

「決まってる。このまま


 さっきの俺はミトに負けて死んだ。けれど、負けたわけじゃない。

 なぜなら、俺は引き継ぎができるから。


「ちなみに功徳ポイントも大量ですよ。なんと1200ポイントも増えています」

「まじか!? すごいお坊さん以上に稼いでるな」

「主にファナさんからの信仰によるものですね。あの人の信仰、めちゃくちゃエグいので」

「そういうのでも加算されるのか……」


 俺が一回生まれて死んでも0.002ポイントしか稼げないのに、ファナが祈ってくれるだけでその600,000倍も功徳が稼げるとは。まったく意味が分からない。だが、その祈りが俺の力になる。


「セラウ、カタログを見せてくれ」

「はい、どうぞ」


 分厚いカタログも、今となっては懐かしさすら覚える。何千回と読み返したことか。

 だいたい内容は覚えているから、必要な特典もすでに考えてある。すぐにそれを引き換えて新たな力とする。


「すぐに転生なさいますか?」

「いいや。もうちょっと天界こっちにいるよ」


 俺は首を振り、立ち上がると早速引き換えたばかりの特典〈武器製造〉を発動させる。すると銀色に輝く杖が手の内に現れた。いつでもどこでも武器を作ることができる、なかなか便利だが使い道に困る能力だ。なにせ、武器を作るだけで扱えるようになるわけではないのだから。

 杖を構え、更に特典を使う。発動させたのは〈化身召喚〉だ。雲海の中から現れた俺そっくりの分身に、自動でこちらを攻撃するよう命じる。


「どうせ時間は無限にあるんだ。できる限り対策させてもらうとしよう」


 何も正面から正々堂々とミトを討ち倒す必要はない。俺には〈引き継ぎ〉という能力があるのだから、それを最大限に活かすべきだ。そして、天界という場所は時間が流れない。ここで何百年と鍛錬しても、戻れば死んだ直後に復活したことになる。


「神様なら神様らしく、使えるものも使っていこうじゃないか」


 そうして、俺はミトの動きを再現させた化身との激闘を開始した。

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