【完結】即死転生を繰り返していたら不滅の神と崇められてた〜超高速輪廻転生の果てに男は金髪碧眼巨乳天使を道連れにする〜

ベニサンゴ

第1話「輪廻転生システムのはみ出し者」

 暖かい光が瞼に透ける。春の日和のような心地よい風が全身を包み込む。まるで大きな船の甲板で寝転がっているかのような、至極の心地良さだ。


「――起きて――さい」


 どこか遠くの方から、優しげな女の声がする。柔らかくてふわふわとした声だ。その声に引き寄せられるようにして、俺の意識はだんだんと鮮明になっていく。


「起きてください! マサト様!」

「……うん?」


 女性の声が耳元にまで近づく。心を蕩けさせるような気持ちのいい声に重たい瞼を押し上げる。ぐったりと重たい体はなかなか動かず、なんとか頭だけを揺らすと、艶やかな金髪をした美人さんが心配そうに覗き込んできた。


「うわぁっ!?」

「きゃっ!?」


 どこの誰かも分からない初対面の美女に驚いて上体を起こす。真上からこちらを覗いていた彼女としたたかに額を打ち付け、同時に悲鳴を上げた。


「ぐおおお……。す、すみません!」

「大丈夫です。それよりも、目を覚ましてくれてよかったです」


 額を抑えながら謝罪すると、寛容な言葉が返ってくる。彼女は嬉しそうな顔をして、俺の腕を引き上げてくれた。

 女性のゆるくウェーブした長い金髪は煌びやかで、白い肌は滑らかな生絹のようだ。青い瞳は宝石みたいに輝いているし、何より驚くほどの巨乳だった。

 服装は一枚の布を体に巻きつけたようなゆったりとしたものだが、そこからこぼれ落ちそうなほど立派な双丘がたぷんたぷんと揺れている。

 そちらにばかり気が向いていた俺は慌てて視線を逸らし、そこで初めて周囲の状況に気がついた。


「な、なんだここは!?」


 あたり一面、白く輝く雲海だった。

 どこまでも果ては見えず、綿のような雲が敷き詰められている。見上げればどこまでも続く無限の蒼穹が広がっており、太陽もないのに眩しいほどの光が絶え間なく降り注いでいる。

 そんな現実味のない絶景を前にして抱いた感想は、まるで天国のようだという安直なものだった。


「マサト様!」

「うわぷっ!?」


 呆然としていると、突然視界が遮られる。少し高めの春を思わせる体温と、いつまでも触りたくなる滑らかな質感。そしてその奥に感じるどこまでも沈むような柔らかな感触。

 自分が金髪美女の巨乳に埋もれていることに気がついたのは、妙に冷静な分析をした直後のことだ。


「うぐっ、な、何……誰……?」


 巨乳で窒息しかけるという幸せなのか不幸なのかよく分からない展開に困惑しながら、それよりも遥かに大きな疑問を口にする。

 とりあえず、俺にはこんな美人で巨乳で天使みたいなお姉さんの知り合いはいないはずだ。


「……天使?」

「はい。なんですか?」


 自分の思考に疑問を覚える。女性はぱっと腕を離し、俺を解放してくれる。

 少し後ずさって改めて見た女性は、背後に白いふわふわした翼を背負っていた。じっくりと見ても、それが作り物のようには見えない。後ろに回り込んで見てみると、付け根はしっかりと彼女の柔肌につながっていた。


「えっ、天使!?」

「はい! 天使です!」


 ずいぶんと遅れて驚く俺に、天使のお姉さんは元気よく頷いた。どうやらマジで天使らしい。となれば、見えている幻想的な風景にも納得がいく。


「えっ、俺死んだの?」

「はい! 死にました!」


 天使さんは再び頷く。

 彼女は咳払いを一つして、仕切り直してこちらへ目を向ける。


「初めまして、マサト様。突然ですが、あなたは死にました♪」


 大きな翼を広げ、朗々とした声で告げる。

 それはあまりにも唐突な死の宣告だった。


「そんな、まさか……」


 悪い夢なのか。いや、それにしてはあまりにも実感がありすぎる。たしかに目の前の天使は俺の欲望から飛び出したような魅力的な姿をしているが。

 しかし、どれほど記憶の糸を手繰っても、死んだ時の記憶というものが思い出せない。当たり前のように送っていた、平凡な一般男性としての日常なら鮮明に想起できるのに。


「わたしの名はセラウ。本来は、わざわざ死者の霊魂をこんなところへお呼び立てすることはないのですが……」


 混乱したままの俺を置いて、天使は語り始める。


「理由を説明すると、それはもう宇宙の起源から始まる長い長い話になりまして……。まあ一言で言うと、マサト様は輪廻転生システムから弾かれたんです」

「ええ……?」


 巨乳天使セラウさんはかなり暴力的に話を要約した。流石にそれだけでは納得できないので、もう少し具体的な説明を求める。


「簡単に言ってしまえば、マサト様は地球という世界の輪廻転生システムの適用範囲外、イレギュラーな存在なんです」

「はい?」

「昨今の転生システムはかなり自動化が進んでおりまして、生前の功徳評定から選別、処罰決定もしくは魂魄浄化の申請、監督、承認にわたる一連のプロセスが担当者不在で動くようになってるんですよ。まぁ、毎日ドバドバ霊魂が飛んできますからね。ベルトコンベア式に輪廻判定システムに掛けられて、自動的に次の転生先が決定されるようになってるんです。

 そんなわけでわたしも長いこと楽させてもらってたんですけど、なーんか気付いたらその流れから弾かれてる魂があるじゃないですか。なんじゃこりゃって来てみたら、どうやらマサト様は地球とは異なる世界で循環するタイプの魂魄だったようでして」


 言っていることの九割が分からない。

 とりあえず、天国とやらはオートメーション化されていることだけ分かった。つまりセラウは天使でありながら、ずっと職務放棄をしていたと?


「ああ、いや勘違いしないでくださいね。わたしにはちゃんと“システムが動いているか確認する”という仕事があるので」

「そのうちAIに取って代わられそうだな」

「ま、まだなんとか耐えられますよ!」


 震える声のセラウさん。

 とにかく、俺は普通の地球人なら自動的に処理される輪廻転生のシステムから弾き出されてしまった迷子というわけだ。


「それで、異世界って言ったっけ?」


 少しワクワクしながら確認する。


「はい! それも剣と魔法のファンタジー世界ですよ!」


 俺の心を見透かしたかのように、セラウは少しニヤつきながら答える。

 剣と魔法のファンタジー。男の子なら誰もが一度は憧れる。俺だって、こんなところで目を覚ましてからちょっとは期待していた。これっていわゆる、第一話じゃん?


「つまり俺は……そのファンタジー世界に?」

「送り返されるってことですね!」

「そ、それはもしかして、チートな能力なんかが……」

「ふっふっふ……」


 トントン拍子で進む展開。思わず目を輝かせてしまう。

 そんな俺にセラウは笑みを深める。


「ありまぁす!」

「よっしゃぁ!」


 グッと親指を立てたセラウに、思わず拳を掲げて飛び上がる。いやぁ、ずっとフィクションだと思っていたあの流れが、まさか本当に体験できるとは。


「よしじゃあ、とりあえず全属性の魔法と、無尽蔵の魔力と、天才的な剣技と……」

「あ、ちょっと待ってください。そこまでは無理ですよ」

「えっ」


 だが、浮き足立つ俺は急に冷静になったセラウの声で強制的に押さえつけられた。きょとんとする俺に対して、彼女はどこからか取り出した分厚い冊子を差し出してくる。


「マサト様が生前に積まれた徳は12ポイントです」

「ポイント」

「転生特典はこちらのカタログから選び、ポイントで引き換えるシステムになってます」

「システム」


 急になんかお役所っぽい感じになってきたな。

 渡されたカタログは昔懐かしい電話帳並にずっしりと重たく分厚い。


「ていうか、俺の徳ポイントは12しかないのか?」

「しかたないですよ。徳を貯めようと意識して生きてきましたか?」

「いや全然」


 むしろ罪の方が貯まっていなくて安心したくらいだ。別に極悪人ってわけではなかったが、博愛主義者の善人でもなかった。どこにでもいるような普通の一般成人男性だった。

 日々の挨拶か何かでちょびちょび貯めてきた結果が12ポイントなのだろう。


「ハイパーなお坊さんなら、億とか行くんですけどねー」

「億!?」


 お、お坊さんってすごい!

 ハイパーなお坊さんがどんなレベルか知らないけども。


「ま、ポイントをどう使うかは自由ですので。じっくり考えて選んでくださいよ」

「なるほど。……なになに、〈全属性魔法適正・特級〉が5,000兆ポイントね」


 は?


「は?」


 無理ゲーすぎるだろ。ハイパーなお坊さんでも裸足で逃げるぞ。

 己の目を疑いながらページを捲っていく。〈剣技・超級〉が500兆ポイント、〈精霊王の寵愛〉が1,000兆ポイントなどなど、ふざけた桁数の数字がズラズラと並んでいる。どう考えても選ばせる気がない。

 嘘だろ、俺12ポイントだぞ?


「これ、本当に用意する必要があるのか?」

「まあまあ、いろんな方がいらっしゃいますからー」


 疑念の目を向ける俺に、セラウはぱたぱたと翼を揺らしてのんきに答える。

 こんな能力引き換えられるのなんて、それこそ選ばれた主人公みたいな奴らだろ。

 しかたないので俺はなけなしの12ポイントで取得できるモノを探す。


「なになに……。〈四葉のクローバーが見つけやすくなる〉5ポイント。って、こんなので5ポイントもするのかよ!?」


 〈体温操作±2℃〉10ポイント。

 〈身体強化・足小指防御力限定〉200ポイント。

 〈目当てのページを開ける〉5ポイント。


「ろ、ろくな能力がありゃしねぇ……!」


 がっくりと膝を突き、カタログを放り出す。

 欲しい能力は軒並み桁違い。選べそうな能力は軒並みしょぼい。こんなんでどうやって剣と魔法の世界を謳歌しろっていうんだ。

 こっちはただの一般男性だぞ。


「どうすればいいんだよ」

「こればっかりはシステムのお話ですので。その中から選べるものを選んでいただくしかないですね」


 全くもって融通の効かない鳥野郎の言葉が耳を素通りする。ちょっと巨乳で美人な天使だからと期待しすぎてしまった。

 俺は大きくため息をつくと、再びカタログを手に取る。12ポイントでしょぼい能力しか選べないとしても、選ばないよりはマシだろう。四葉のクローバーが物凄い価値を持つ世界かもしれないしな。


「うーん……」


 そうやって選び始めて、幾星霜。天界というのは全く変化のない穏やかな世界だからか、時間の感覚も麻痺してしまった。気になってセラウに尋ねてみると、そもそも時間という概念を採用していないらしい。採用ってなんだよ。


「うん?」


 いいかげん細かすぎる文字に目が滑って仕方なくなってきた頃、ふと一つの項目が目に留まる。それに気が付いたのは、周囲の特典に比べてあまりにも簡素な説明しか記載されていないからだった。


「〈引き継ぎ〉。引き継ぐ。12ポイント」


 情報量がほとんどゼロだ。

 せめて何を引き継ぐのかくらい書いといてくれ。これだから天界仕事は困るんだよ。

 ともあれ、まるで狙い澄ましたかのように必要ポイントは12である。これもいっそ神の思し召しというやつだろう。

 もう思考能力も半分以上麻痺してしまっていた俺は、ほとんど自暴自棄になってそれを選ぶ。何を引き継ぐのかは知らないが、まあ何かしら引き継げるなら悪くないだろう。


「あ、決まりましたか? 決まりましたね? ふむふむ、了解しました!」

「ちょわっ!?」


 退屈そうに寝転がっていたセラウが立ち上がり、肩越しにカタログを覗き込む。か、肩におっぱいが! などとキョドっている間に彼女は俺の背中をぽんと押す。


「特典〈引き継ぎ〉付与! ではでは、異世界での第二の人生、楽しんでくださいね!」


 明朗な天使の声。押し出された先の雲にぽっかりと開いた穴。俺はそのまま情けない悲鳴を上げながら、吸い込まれるようにして落ちていく。


「うわああっ――ああっ?」


 眼下に見えるのは巨大な青い星だ。いつか見た地球の姿に似ているが、大陸の形が微妙に違う。そんなことを考える余裕があったのは一瞬のこと。

 舌の表面が沸々として、全身が膨張する。脳が熱を持つ。血が逆流する。内臓が破裂する。無数の針に貫かれたかのような痛み。激痛。重力。力。いたみ。ちから。くつう――。


「ミ゜ッ」


 星を取り巻く大気圏よりもはるか高く。宇宙からの自由落下。当然、そんなものに生身の一般男性が耐えられるはずもない。

 異世界へと転生した俺は、一秒もかからずに死亡した。


━━━━━


「――起きて――さい」


 どこか遠くの方から、優しげな女の声がする。柔らかくてふわふわとした声だ。その声に引き寄せられるようにして、俺の意識はだんだんと鮮明になっていく。


「起きてください! マサト様!」

「……うん?」


 女性の声が耳元にまで近づく。心を蕩けさせるような気持ちのいい声に重たい瞼を押し上げる。ぐったりと重たい体はなかなか動かず、なんとか頭だけを揺らすと、艶やかな金髪をした美人さんが心配そうに覗き込んできた。


「ここは……」


 聞き馴染みのある声、見覚えのある顔。盛大に揺れる巨乳。あとパタパタと動く翼。

 俺は重い瞼を持ち上げてあたりを見渡し、そして息を飲んだ。


「なんで、ここに……ッ!」


 そこは、どこまでも広がる雲海の上。

 隣を見れば、美しい天使のお姉さん。


「おかえりなさい、マサト様。突然ですが、あなたは死にました♪」


 金髪碧眼の天使セラウは大きな胸を大きく揺らし、柔和な笑みを浮かべて告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る