第17話「邪神を説得する方法(物理)」

「神と対話する方法ですか?」


 オブスクーラに滞在し、ファナが旅の準備を進めてくれているのを待っている間、暇を持て余した俺はセラウに色々と質問を投げかけていた。そのうちの一つに、神と話す方法というものがある。


「ああ。古いとはいえ神は神だろ? そう簡単に会って話を聞けるものなのかと思ってな」


 俺の中での神のイメージは、おいそれと対面できないような高貴な存在だ。炎星教徒から神と崇めめられているとはいえ、その実はただの転生者でしかない俺が突然出向いたところで、すんなりと対話の座につくことができるのか不安だった。

 しかし、そんな俺の不安とは裏腹に、セラウは何やらおかしそうに笑う。


「そんなに心配しなくてもいいですよ。神様なんて、人の話を聞くのが本業みたいなところあるんですから」

「そうなのか?」


 はい、とセラウは深く頷く。


「神の存在意義は人の祈りによって保証されますからね。願いを聞き、それを叶えることに神の意味というものがあります。人の話を聞かない神は、ただその権能を振り回すだけの存在、いわゆる魔神です」


 目から鱗が落ちるような思いで、彼女の解説を聞く。ここでも神と人は一心同体という基本原則が現れる。セラウの主人である天界の神ならいざしらず、この地上に存在する神ならば、特にその傾向は強いらしい。


「敬意を持ち、礼儀を弁えて接すれば、神は必ず応えてくれますよ」

「もし、相手が魔神だったら?」

「ええ? そうですねぇ……」


 セラウは空中に目をさまよわせ、しばらく考える。

 神が魔神と化した場合のことは考えたこともなかったようだ。しばらく熟考したのち、ピンと人差し指を立てる。


「ぶっ叩いて正気に戻せばいいんじゃないですか?」

「そんな壊れた家電みたいな……」

「人の願いを叶える装置という意味では、神も家電も変わりませんよ」


 天の使いとは思えないほどの暴言を吐くセラウにげんなりとしつつも、妙にその表現は腹落ちした。これを認めてしまうと、俺は家電になるため旅をしなければならないわけだから、あまり考えたくはなかったが。


――


「〈雷電〉〈貫通〉――『稲妻の槍ライトニングスピア』ッ!」


 轟音が響き、大気を破る。放たれた閃光が一瞬だけ世界を照らし、汚泥の上に濃い影を映す。一直線に走った雷が、魔神の肩を貫く。


「ォアアアアッ!」


 衝撃に引きずられるようにして仰け反り、絶叫する。

 しかし腐っても神というべきか、奴は瞬く間に傷を癒す。周囲の泥を乱暴に掴み、体に練り込むようにして削ぎ取られた肉を補っていた。


「魔に落ちたる泉の神よ、痛みより覚醒し、理を思い出せ」

「ガアアアッ!」


 攻撃の合間に説得も試みる。しかし、魔神に言葉が通じない。いくら〈言語理解〉の能力があったとしても、聞く耳を持たれなければ意味がない。

 妖精たちの神は言葉を失い、正気を失い、それでも神力と権能だけは固持していた。虫のような翅が高速で羽ばたき、不快な音を奏でる。次の瞬間、彼は一瞬で彼我の距離を詰め、俺の下腹部に向かって汚泥を固めた歪な剣を突き出してきた。


「うおっと!?」


 間一髪のところでそれを避け、回転運動に乗せて杖を繰り出す。


「〈切断〉ッ!」


 魔法文字マジックワードが一つだけの、原始的な魔法。非常にシンプルだが、発動が早く効果もわかりやすい。咄嗟に使う分にはこれで十分だ。


「ギャアアッ!?」


 眼球を深く刻まれた魔神が吠える。その伸び切った喉に向かって、さらに杖を捩じ込む。


「〈帯電〉〈蹂躙〉、『苛む雷装』」


 杖の先端に嵌め込まれた魔石から二重の魔法陣が展開され、大量の魔力が俺の体内から吸い出される。魔法文字による術式によって雷撃へと変換され、魔神の体内へと浸透する。それは爆竹のように暴れ回り、内側から神を傷つける。


「そろそろ戻ってくれよ……」


 祈るような気持ちで、雷撃にのたうつ魔神を見る。

 神とはいえ、彼らは天界より人々の方へ寄り添った神だ。その肉体は物質的に存在し、また生命活動も行なっている。もちろん、人や動物とはあらゆる意味で異なる存在で、神力によってほぼ不滅の存在だと言ってもいい。それでも、地上の法則に囚われている以上、殺せば死ぬ。

 俺がしたいのは対話であって、征伐ではない。戦うのは、神に纏わりつく魔を祓い、元の正気へ戻すためだ。そのため、急所を外して、致命傷を避けているのだ。


「う、グゥ……ッ!」

「なにっ!?」


 右目を押さえた魔神が苦悶の声を漏らしながら、自らの腹に刃を突き立てた。それが魔法を崩し、雷装を消す。


「やめ、ろ!」

「喋れるようになってきたか!」


 まだ辿々しいが意味のある言葉を放った。魔神が理性を取り戻しつつある。


「し、ね!」

「うおっと!」


 とはいえ、まだ衝動を抑えきれているわけではない。むしろ、下手に考える余裕を取り戻した分、動きに戦略性が出てきてやりにくくもある。


「聞いてくれ、泉の神よ!」


 杖を振るい、雷撃を放つ。魔神の翅を貫き、飛行能力を一時的に奪う。


「妖精たちの前に今一度顕現し、その姿を思い出させてくれ」


 魔神が六本の腕に握った剣を投げ飛ばしてくる。一つ一つが必殺の威力を持つそれを、烈風で弾く。


「信仰を失い、記憶から離れ、それでもなお神であらんとするならば!」


 漆黒だった髪が、滲むように色を変化させる。清水を思わせるような澄んだ青が、毛先を染める。


「御身を侵す魔を祓い、強健なる精神でもって復活したまえ!」


 氷の杭が腕を貫く。流れ出す血を炎が燃やす。

 魔神は戦いの中で力を消耗し、身に帯びた魔を落としていく。そこに直接呼び掛ければ、固く封じられていた神力が再び拍動を始める。


「かつて君臨せし覇名の神よ、閉ざしたる心を開き、在りし日の光を取り戻せ」


 セラウから教えられた、魔神を説得するための言葉。かつて神として信仰を集めていた時代、古い時代の記憶を呼び起こし、そこに戻りたいという理由を認めさせる。

 外からどれほど力を加えても、結局は本人がその気にならなければ意味をなさない。

 だから、魔神にごく僅かだけ残った良心に語りかけるのだ。


「――さあ、こちらへ」


 ドロドロと汚泥が溶けていく。虫たちが塵となって消え、世界に一条の光が差し込む。

 その中で立ち尽くすのは、かつて魔神であった神だ。

 その髪は長く豊富で、透き通った青に光っている。翡翠の瞳は理性の輝きに溢れ、滑らかな肌が玉のようだ。広がる翅は蝶のように美しく、全身を飾る金と銀は煌びやかだ。

 彼はしばらく呆然としたあと、ようやく俺の存在に気がつく。そして、長年の責苦から解放された喜びと共に、六本の腕で俺をキツく抱きしめてきた。

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