第4話「実質タダでチート能力を」

 〈引き継ぎ〉能力によって徳を集め、転生特典と引き換える。集められる徳ポイントは1回の誕生につき0.002ポイント。対して必要なポイントはほとんどが1,000以上。つまり、50万回以上の転生を繰り返さなければ特典を得られない。


「ひとつ、考えたんだ」

「はい?」


 〈真空耐性〉〈高熱耐性〉〈理性補強〉〈目当てのページを開ける〉という四つの特典を追加取得してからどれほどの時間が経っただろうか。補強された理性のおかげか、はたまたそれでも補いきれないほど精神がぶっ壊れてしまったからか。俺は雲の上から飛び降りることにさほど恐怖を感じなくなっていた。

 淡々と飛び降りて、淡々と復活する。考える時間だけは、無限にあった。


「いま、いくつポイント貯まってる?」

「そうですね。763ポイントと小数点以下が928です」

「つまり38万回ほど死んだわけだ」

「そうなりますかねぇ。すみません、わたし計算は弱くて」


 あはは、とセラウはのんきに笑う。彼女も延々と飛び降り続ける俺に付き合ってくれているが、やっぱり暇なのだろうか。転生システムから弾かれる魂というのは珍しいと言っていたしな。

 とはいえ、やっぱり効率が悪くなっている。


「〈理性補強〉のおかげで怖気付くことはなくなったけど、〈真空耐性〉のせいでかなり時間がかかるようになったな」

「時間、ですか?」

「ああ。それまでは放り出された数秒後には死んで、すぐに戻されてただろ?」

「そうですねぇ」

「下手に耐性付けちまったから、死に戻りの効率が悪くなったんだ」


 〈真空耐性〉によって体が風船のように破裂しなくなった。これだけで、かなり1回の転生にかかる時間が長くなってしまった。〈高熱耐性〉の方は、まだ大気圏突入する前に死んでしまうからほとんど意味はないが。

 ちなみに、特典のオンオフはできないらしい。耐性を付けてしまえば一生その効果は働き続ける。〈引き継ぎ〉があるから、一生どころの話ではないんだが。


「つまり何が言いたいんです?」


 ふさふさと羽を揺らしながら、セラウが首を傾げる。

 どうにも時間が無限にあるせいで、俺も迂遠な言い回しをするようになってしまった。


「地上へ落ちていけるだけの特典を取得するのは最後の段階にしようと思ったんだ」


 〈真空耐性〉を手に入れただけで、転生の効率が大きく落ちた。

 このままポイントが貯まるごとにそれぞれの耐性を獲得していったら、そのぶんだけ効率がどんどん落ちていく。いくら死ぬのが怖くなくなったとはいえ、好き好んで苦痛を引き延ばしたいわけじゃないからな。

 今後取得するつもりだった〈窒息耐性〉〈寒冷耐性〉〈放射線耐性〉といった、地上へ降りるために必要なものは全て後回しにするのがいいだろう。


「なるほどー? まあ、わたしとしてはそこに関与しませんよ。マサト様のご自由になさってください」


 天使は特にそれがダメだと言うこともなく、ごろんと雲の上に寝転がる。最初はある程度威厳があったと言うのに、いつの間にか素の性格っぽいところが出てきている。質問には答えてくれるし、話し相手にもなってくれるから、むしろ助かってるんだが。


「ところでセラウ。この〈分身召喚〉という特典を使って、複数人で身投げしたらどうなるんだ?」

「得られる徳ポイントは変わらず0.002ですよ。分身だろうが分霊だろうが、魂は一つですので」

「だよなぁ」


 いちおう、たまにカタログをめくって楽できそうな特典があれば聞いてみるのだが、ことごとく潰される。裏技やルールの穴を突くような行為は絶対に許さないという神の意志を感じる。クソが。


「まあいいや。セラウ、〈計算能力〉と〈異空間収納〉を引き換えてくれ」

「はい?」


 カタログのページを広げて指を置く。セラウはもそりと起き上がって、奇妙な顔をした。


「特典交換は後回しにするのでは?」

「地上にたどり着くために必要な特典は、後回しにするんだ。それ以外――地上に降りた後に必要になりそうなものを先に集める」


 どうせ死ねば徳は無限に集まるのだ。だったらそれを有効活用させてもらう。

 〈計算能力〉は50ポイントとがなかなか使える。つまりは暗算をするための能力だが、徳ポイントの計算をするために使うのだ。

 0.002ポイントとかいう微妙に面倒な数字なのと、必要な桁数がバカみたいに多いから、これがなければ若干面倒くさくなる。そういった細かいストレスを弾いていくのも大切だろう。

 もうひとつ、〈異空間収納〉はいわゆるインベントリといった感じのものだ。物質というものがほとんど何もない天界で使う機会はまず無いが、地上に降りた後は活躍してくれるだろう。


「ま、マサト様? いったいどれだけポイントを集めるつもりなんですか」

「さあな。〈全属性魔法適正・超級〉が5,000兆ポイントで、〈剣技・超級〉が500兆ポイントだろ。とりあえず5,500兆は集めないとな」

「えええっ!?」


 セラウが目を丸くして飛び上がる。天使の羽はお飾りではないようで、ずいぶんと高いところまで跳んだ。彼女がゆっくりと降りてくるまでの間に、さっと計算する。


「ま、たったの2,750,000,000,000,000,000回死ねばいいだけだろ」

「ひょえ……」


 セラウが息を呑む。何をそんなに驚いているんだろう。

 天界ではいっさい時間が経過しない。死ねば死ぬだけポイントが貰えて、ポイントを貯めれば強い特典と引き換えられる。それなら、いくらでも死に続けて輪廻転生を繰り返し、無限に等しい特典を飽きるまで全て手に入れればいいだけだ。

 〈森羅万象の神眼〉という、鑑定能力の最上位にあたるものがある。たったの6,600兆ポイントだ。

 〈無尽の魔源〉という、尽きることのない魔力を得る特典がある。3,000兆ポイントは実質タダだ。

 〈創造の右手〉〈破壊の左手〉〈石化の魔眼〉〈剣聖〉〈賢者〉〈魔獣王〉〈身体能力強化・超級〉――。ありとあらゆる、カタログに記載された特典を、俺は理論上全て手に入れることができる。

 もちろん、〈完全不死〉や〈残機+1〉なんていうはいらない。死ににくくなるのは、それだけ効率が悪くなる。


「ごめんな、セラウ。正直〈引き継ぎ〉はカスみたいな特典だと思ってたが……」


 思わず笑いが漏れ出してしまう。俺はなんて幸運なんだろう。

 偶然、輪廻転生システムから弾き出された。偶然、12ポイントを持っていた。偶然、〈引き継ぎ〉スキルが載っていたページを開いた。偶然、それが12ポイントちょうどだった。

 いくつもの偶然によって、俺は無限の力を手に入れた。


「塵も積もれば山となる。本当にその通りだよ」


 ただ死ぬだけで、全てが手に入る。

 これほど素晴らしいことはない。


 死んで、死んで、死んで。死んで死んで死んで。死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで。死に続けよう。

 いづれ始まる生を謳歌するために。何年、何十年、何百年と見続けてきた、あの美しい星を隅々まで楽しむために。


「ま、マサト様!」


 穴へと歩き出す俺の手を、誰かが引き止める。いや、そんなことをする奴は一人しかいない。

 振り向けば、何やらとても悲しそうな顔をしたセラウが立っている。彼女はなぜそんな顔をするんだろうか。


「あ、えっと……。その、少し、休みませんか?」


 天使は強張った表情で笑う。


「嫌だ。効率が落ちるだろ」

「あっ」


 彼女の手を振り払い、穴から飛び降りる。

 身を焦がすような苦痛が一瞬だけ訪れ、視界が暗転する。目を開けば、また天界だ。これで0.002ポイントが加算された。


「あ、あの、マサト様――」


 セラウの前を横切って、穴に落ちる。

 話なら後でいくらでも聞いてやる。なにせ、時間は無限にあるんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る