第20話「三つ巴の緊迫」

 剣と魔法のファンタジー世界の例に漏れず、この世界には人間族以外にも多くの種族が存在する。オグリの森に住む妖精族もその一つだが、彼らは外界との交流の一切を断っていたから、異種族という認知もあまり進んでいない。

 しかし、中には数の多い人間族とも対等に張り合い、自身の国を持つものもいる。

 獣人族、オルグファーレン帝国。

 エルフ族、シュライディア王国。

 ドワーフ族、ポンポミア共和国。

 この三国は共に雄大なトライア山脈の麓にて国境を重ねていることから、まとめて“トライア三国”と称される。とはいえ、仲が良いというわけでは決してなく、むしろ互いに一進一退の鍔迫り合いを続けてきた長い歴史がある。


「ちなみに、我々が今いるのはオブスクーラを首都とするティファーニア神聖国です。人間族最小の国ではありますが、多くの国と関係を持ち、特にトライア三国の和平同盟締結の仲介人となっています」

「なるほど。小さいながらも影響力は大きいと」

「それも全て、マサト様の威光によるものです!」


 信じて疑わない純粋な瞳をこちらに向けるファナに乾いた笑いで応える。常星と同一視されていることにも慣れた気がしたが、まだ少し居心地が悪い。


「一気に固有名詞が多くなって頭が痛くなって来ました……」


 天使はファナの丁寧な説明も早々に理解を諦め、宿のベッドにごろんと横になっている。その大きい羽があればどこで寝ても羽毛布団だろうに、一番上等なベッドを真っ先に陣取ってしまうとは。


「トライア三国は神聖和平同盟を締結し、表面上は友好の意を見せています」

「引っかかる表現だな」

「やはり、何百年も争っていた国が書類一枚で矛を納めるのも難しいようですから。同盟には軍備の規制なども盛り込まれていますが、どの国もそれを掻い潜るための言い訳を講じて刃を研いでいます」


 仲介人となったティファーニアとしては頭の痛い話だろう。トライア三国が再び戦争を始めれば、神聖国としての立場さえ危うくなる。

 そして、その考えたくない予想が徐々に現実味を帯びて来ているのも事実なのだ。


「神聖和平同盟は炎星教の力によって締結されたもの。落星の日以降、炎星教を疑う声が噴出しているようです」


 常星の存在を疑うとは何事か、と並々ならぬ怒気と殺意を孕んだ声を漏らすファナ。

 炎星教の中核にいる彼女はそうでも、そこから距離の空いたトライア三国の意見も咎められるものではない。なにせ、現実として星は落ちているのだから。


「シュライディアが落星はドワーフ族の野蛮な行いによるものだと主張し、ポンポミアがそれに反発。両者の緊張が高まるなか、オルグファーレンはどちらに着くか睨んでいます」

「やっぱり、エルフとドワーフは仲が悪いのか」


 定番といえば定番だが、エルフとドワーフの関係性はここでもあまり良くないらしい。

 トライア山脈に住むドワーフ族は山麓の森を開き、伐採した木々を薪として燃やしている。しかし、山麓の森はシュライディア王国が領土を主張している。神聖和平同盟によって環境保全や貿易に関する条約も結ばれたようだが、そもそもエルフ族はそれも不服に思っていたようだ。

 そして、両者と対面する形で広大な草原地帯に身を置くのが、多民族国家でもあるオルグファーレン帝国だ。

 一口に獣人族と言っても、実際には細かく分かれた民族の集合体だ。現在の王は獅子獣人だが、狼獣人、虎獣人、鳥人と多種多様な民族が存在する。


「鳥人!?」

「セラウのことじゃない。しかし、一度くらい鳥人も見に行きたいな」

「ま、マサト様にはわたしがいますし、もふもふはもう足りてるんじゃないですか?」

「お前はどっちなんだよ……」


 鳥人だと言ったら怒るくせに、鳥人に会おうとしても良い顔しないのはなんなんだ。


「とにかく、オルグファーレンは中立と言う名の煽り役ですね。戦争になれば儲かるのはこの国ですから」


 帝国は広大な草原を生かした産業として牧畜と農業があるものの、対外的な取引のなかで一番大きな稼ぎとなるのは傭兵業だった。

 腕っぷしの強い獣人傭兵たちは、ドワーフとエルフの睨み合いを静観している。平和ならばそれでよし、戦争となれば両者に傭兵を売れるからだ。


「ティファーニアからトライア三国に接触するには、二つのルートがあります。ひとつはポンポミア共和国を通る山越え、もう一つはシュライディア王国を通る森抜けです」

「……どっちも嫌だなぁ」


 最善として考えられるのはオルグファーレンに接触して両国への傭兵提供を行わないように交渉することだ。逆にポンポミアかシュライディアのどちらかに接触したことが他の国に露見すれば、最悪ティファーニアの立場も危うくなる。

 俺の目的はあくまで戦いの神と会うことであり、大陸を巻き込む戦争の引き金を引くことじゃない。


「セラウの羽で山脈を飛び越せたりしないか?」

「天使をなんだと思ってるんですか。神力が大幅に制限されていますし、無理ですよ」


 うちの天使はあんまり役にも立たなそうだし、どうしたものか。


「ファナの主観でいいんだが、エルフとドワーフのどっちの方が話を聞いてくれそうなんだ?」

「…………悩ましいですね」


 俺の質問にファナは難しい顔をして黙り込む。

 長命種であるエルフは自分たち以外の全てを見下しているきらいがあるし、ドワーフはドワーフで生来の頑固者が多い気質だという。つまりどっちも面倒臭えということだ。

 しかも、俺は戦いの神の手がかりもほとんど持っていないララルーから得られた情報も断片的なものだしな。

 や、やることが多い……ッ!


「あれ、ちょっと待てよ。エルフって長命種なんだよな」

「はい。数こそ少ないものの、生まれついて優れた弓の使い手であり、精霊魔法の達人、草木と心を通わせ、自然を意のままに操り、また一千年の時を生きると言われています」

「はちゃめちゃじゃねぇか……」


 俺だって何千回と死んで特典を手に入れたっていうのに、エルフは一回生まれるだけでそんなチートスターターセットみたいな状態なのか? 羨ましすぎるだろ。

 とはいえ、これはなかなか聞き捨てならない情報だ。


「千年生きるってことは、千年間の情報を持ってるってことだろ。口伝だったとしても、かなり昔のことが正確に伝えられてるはずだ」

「はぁ。たしかに、エルフは生き字引と呼ばれることもありますが」

「だったら、エルフも戦いの神について何かしら知ってるかもしれない」


 短命な人間やドワーフ、獣人であれば世代交代と共に失伝してしまうことも、エルフであれば伝え続けられている可能性はある。そこに望みをかけるのも、悪い賭けではないはずだ。


「よし、決めたぞ。最初に行くのはシュライディア王国だ」


 ――それに、やっぱりファンタジーといえばエルフ。エルフといえば絶世の美女。せっかくこんな世界に転生したのだから、一目見ておきたいじゃないか。

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