第4話 美人の叔母です

「嫌じゃ、嫌じゃ、わしゃお酒が売りたいんじゃ!」


 一応言ってみた。結果がこれだ。


 お坊さんはぶんぶんと顔を横にふる。

 子供みたいにイヤイヤしている。別に可愛くはない。


「砂糖水も魔法で作れるんでしょ?

 それこそお酒よりも簡単に」


 ちなみに墓所で売られている果実酒は教会の地下で醸造されたものである。教会は寄付のほかにこういうして商品を売って収入を得ているのだ。


「砂糖水はこう……『ワシが作った』という気がせんでのう」


 なんだそりゃ。


「衛視さんに怒られるって。

 子供にも果実酒なんかを売ったら」


 実際に怒られるのはお父さんだけど。


「はん。戦場で命の一つも屠ったことのないひよっ子の言葉など聞く価値もないわ」


 これだ。


 どうも戦争中を生き抜いた老人は「本気を出せばワシが勝つ」感覚があって、戦争後に大人になった人たちの言うことをまともに聞こうとはしない。だからお父さんの言葉もなかなか素直に受け入れてくれない。

 戦場を経験していない若い衛視と、戦場でありとあらゆる現場を生き抜いた老人が戦った場合、どちらが勝つかは微妙だと思うけど。


「オリジさん……時代は変わったのよ」


 助け船が来た。


 わたしとお坊さんが話しているところに、エミリカ叔母さんが来た。


 平均よりも少し高い身長に、長いまつげと大きな瞳。高い鼻梁と少しだけ肉感ある赤い唇。

 白い肌とは対照的に真っ黒な髪は腰まで伸びている。ゆったりとしたブラウスにロングスカートで肌はほとんど見えていない。


 町中を歩くと男女問わず必ず振り返ってしまうような美人さんだ。


 こんな美人がわが血族に現れるなんて、勇者よりも誇ってもよいかもしれない。


「あなたまでそうおっしゃられるのか……」


 お坊さんは眉に皺を作って唸ってしまった。


 いつもオリジお坊さんはエミリカ叔母には弱い。結局、男は美人に弱いということか、けっ。


「魔王や勇者が世界の中心だった時代は、もう過ぎ去った……そうでしょ?」


 エミリカ叔母さんの言葉になにも返すこともせずに、オリジは黙って受付席の後ろにある果実酒に満ちた大型の箱に手を突っ込むと、瓶の音をガチャガチャ響かせながら隙間を空け、そして小さく呪文を唱える。

 宙に十本ほど出現した果実酒の瓶よりも一回りでっぷりとした瓶に入った砂糖水を出現させるとそれを箱の中に納めていく。

 後ろ姿がなにかもの悲しい、と思った。


「オリジさんのことを悪く思っちゃダメよ。

 今は偏屈ななりをしているけど、本当は良い人だから」


 叔母さんは小さな声でわたしの耳元でささやいた。


「わかってるし、別に悪く思ってもいないって」


 わたしは肩をすくめてそう答えた。


「エレンはいい子ね。よしよし」


 そう言ってエミリカ叔母さんはわたしの頭をなでる。むかしからこの人はそうなのだ。


 ちょうど頭一つ分ぐらい叔母さんは背が高くて、常に視界にわたしの頭上があるのだから自然とそうなるのだろう。いつまでもわたしは子供ではないというのに。


 勇者の墓所があるホールの方を見ると、立像の前にある『女神の判定台』が四つに増えていた。お父さんが腰に手をあてて伸びをしている。見ても分るように総石造りのその台座はとても重い。そしてその上に固定されている水晶玉はうっすらと呼吸するように輝き始めている。

 『女神の判定台』は正確には勇者の墓所管理事務所の所有物ではなくて、国が所有しこの墓所に貸し出しているということになっている。とくに水晶玉は高価なんていうレベルを超えて、国宝いや人類の宝レベルのものらしい。

 オリジさんはこの『女神の判定台』専門の調整師で、その給料は一応国から出ているということになっている。坊さん曰く、これだけじゃ生活なんてできない額らしいが。


 そんなとても取り扱いに注意するモノだから、子供であるわたしはその『女神の判定台』の運搬なんてとても任せてもらえない。近くにも寄ることさえ厳禁されている。数多く居るわたしのいとこも同じような扱いだ。


「わたしが言うのもなんだけど、

 ほんっと下らないわねー」


 頭の後ろで手を組みながらはぁーとエミリカはため息をつく。

 その視線は勇者の立像とそのまわりの豪奢なレリーフ、そして献花台と例の『女神の判定台』の間を彷徨っている。


 ちらり横をみて、隣にいる叔母の胸部を確認してわたしはちょっと安心する。

 叔母は美人だが胸のサイズはわたしとほぼ変わらない。

 身長との対比で考えると、相対的にわたしのほうが大きいということになる。


 それはともかく。

 観光客にしてみれば人類を救った勇者の墓所として非常に恐れ多い場所なのかもしれないが、(おそらく)小さい頃からこの墓所で働いているエミリカ叔母にしてみれば、日常の一部でしかないのだろう。

 わたしはわりかし雰囲気に飲まれるタイプだから、ホールに入って掃除とかしていると身体が緊張して、出てくるときにはぐったりとしてしまう。


「それにさぁ、あの立像だって。

 目を閉じて腕を組んで天を見上げてなんて……ふふ、嗤っちゃうわね」


 口の端をつり上げながらこちらを見ている。叔母さんは同意を求めているようだが、わたしはちょっとそれには同意できない。

 あの立像は自分の運命を神に差し出す姿を表していて、学校でシスターと一緒にお祈りとかをしているわたしにとって、勇者は敬愛しその一族であることに誇りをもつことはあっても、決して嘲笑の対象ではないのだ。


「ギルはこんな姿、自分からは絶対しないしぃー」


 エミリカ叔母は勇者ギルディアンのことを「ギル」という愛称で呼ぶ。


 お父さんもたまにうっかり勇者のことを「ギル兄ぃ」と呼ぶこともあるので、勇者が生きていたころはみんなこの愛称で呼んでいたのだろう。


 叔母さんはまだニヤニヤとしている。


 美人さんがニヤニヤしていると無条件に負けたような気になるのは何故だろうか。


 立像の元となった勇者と直接会ったことのあるエミリカ叔母にとっては、知り合い――いや、自分の兄が像になっていること自体が笑いのツボになっているらしい。お前なんで像なんてなっちゃてるのー(笑)というやつだ。


 ……いまちょっと思ったのだが、生前の勇者をはっきりと覚えているということは一体叔母の本当の年齢は何歳なのだろう。

 勝手にわたしよりも五、六歳上とか思っているが、本当の年齢を聞いたことはない。お父さんの妹なのだから、さすがにお父さんよりも年下だと思うのだが。ミステリアス。


「……お墓に入る前もわたしたちに迷惑をかけて、お墓に入ったあともわたしたちに迷惑をかけて……ほんっと、いい気なものねぇー」


 そしてまたニヤニヤ笑いをすると、人差し指えホールの中にある『女神の判定台』をくいっくいと指すのだった。


 あははは、とわたしも苦笑する。

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