第24話 異世界のポピュリスト達 2

 はじめは噂から始まった。


 苦戦している戦場に風のようにやってきて、味方に勝利をもたらす一人の男と三人の仲間。


 男は自らを「勇者」と名乗った。


 兵たちはそのような噂を笑った。「勇者」など兵士たちが子供の頃に聞かされたおとぎ話の存在でしかなかった。それが現実に現れるなどあり得なかった。現実は目の前の破壊と死だけだった。


 だが、兵士たちは助けられてしまった。


 大勢の兵が目の前の魔王軍の猛攻に死を覚悟し、周りで命が次々と刈り取られていき、次は自分の番かと死神の刃先を垣間見たとき、勇者はやってきた。


 勇者は強かった。


 自分たちを虫けらのように蹂躙していた魔王軍を一瞬にして殲滅させたのだ。


 おとぎ話は現実になった。




 勇者は自ら名前を「ギルディアン」と名乗った。

 彼の側にいる男性神官、女性魔法剣士、男性老魔法使いはその名を名乗らなかった。



 助けられた兵士の数が増えれば増えるほど、勇者とその一行の名は人間側の兵士たちの中で一気に広まった。


 人間側の王族や貴族はこの無名の「勇者」に戸惑った。明らかに自分達よりも兵士たちの心をつかんでいて、素性が知れないこの「勇者」に統治者としての本能的な不安を感じていた。

 だが戦争に疲弊しているのは彼らも同じでしばらくは静観することにした。


 突然現れた「勇者」という存在に世の中が戦争という膠着状態から動きだそうとしていた。


 同じ頃、突然の魔王の代替わりがあったこともその動きに勢いをつけた。


 新しく即位した魔王も「勇者」に対してあからさまな対決姿勢を取り始めた。


 他の人間側要人は相手にもしない態度だ。


 魔王が「勇者」を人間側代表と見なしたことが人間側の意識を変えていく。


 人間側の身分意識が崩れていく。


 人間界が「勇者」という存在を最上位にして新たに組み直されていく。


 昨日まで貴族の命令に従っていた庶民兵が命令を拒否し自分達で動こうとし始める。


 身分制を支えていた権威が崩れ、世の中の有力プレイヤーが変わっていく。



 情勢の変化に敏感な者達は、今まで抑えられてきていた厭戦的な意見が庶民や有力者の間におおっぴらに語られ初めていることについて驚愕した。

 調べてみると好戦的な言動を繰り返していた貴族や上級軍人たちの犠牲者数が急に増加していることが判明した。一部学者は好戦的な言動の人はリスクの高い軍事行動を取るからこの統計は当然だと判断した。

 

 安全な後方から好戦的な言動をする人間にうんざりしていた現場の将兵は、この学者の見解に苦笑した。


 社会は「勇者」と「魔王」を中心に組み直されてしまった。

 それはどういう形にせよ、「戦争が終わる」ということが現実味を帯びてきたことを意味していた。

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