第23話 異世界のポピュリスト達 1

 戦争を終わらせるにはどうすればいい?


 終わらざるを得ないような大きなイベントを起こすべし。

 そして複雑な利害関係を単純な利害関係で押しつぶすべし。


 みんな戦争を止める口実を探している時だからこそコレができる。


 ……多分。


 まずは利害の調整。

 人間側は名を取った。魔族側は実を取った。


 魔王は勇者に倒されるが、魔族側はそれ以上は何も奪われない。

 人間側は勇者が魔王を倒すが、それ以上は何も奪わない。


 強者至上主義の魔族と、名誉至上主義の人間。

 勝利に関する二文化の価値観の違いを利用する。


 魔王の敗北は国家の敗北とはならず、次の王が現れるまでの待機時間が始まるだけ。


 だから勝利の栄誉「のみ」を人間に譲ったとしても魔族全体に深刻な問題とはならない。


 それ以上の略奪が始まらなければよいのだ。


 人間側の欲を「名誉」だけでお腹いっぱいにさせ、それ以上のものを望むことができないよう身動き取れないようにする――「どのように負けるか」を研究するよう魔族側王族のエミリカは側近のオルジを通じて密かに学者達に命じた。

 この時の研究結果を一言で言えば「全てをうやむやにしてしまおう」であった。これが戦後の魔族側の振る舞いの基本方針になった。


 「敵」は人間でも魔族でもない。

 戦争を続けようとしているモノが「敵」となるのだ。


 この「敵」を討ち倒すために人間側でもなく、魔族側でもない第三の勢力が必要だ。


 この時、戦争を終了させる大きなイベントが確定した。



 「勇者と魔王による一騎打ち」



 一騎打ちで勇者ギルディアンは勝ち、魔王エミリカは負ける。


 全ての計画はこの一点を目指して練り上げられる。


 イベント終了後、人間側は勝利の美酒に酔いしれる一方で、魔族は予定された敗北へと進み、事前に準備された計画に沿って動く。


 エミリカの城の中でおおざっぱな計画がまとまった後、ギルディアンは気づいた。



 「俺、まだ勇者になってない……」



 城の後ろに広がる平原に人間側兵士の遺体が埋葬された。


 埋葬後、毎日神官はその平原に向かい鎮魂の祈りをささげていた。魔族たちはそれを遠巻きに眺めている。


 神官の隣ではオリジが魔族式の弔いの唄を唱えていた。


 あの全滅した後、貴族側の司令官とその部隊がこの城にやってくることはなかった。

 全滅の報を聞き引き返したのか、それとも最初から来るつもりはなかったのかもしれない。



 ……どうしよう。



 ギルディアンは城に来てから一週間後の晴れ渡った日の朝、一時の熱狂から初めて醒めた。


 左手が不安に揺れる。



 「わたしもまだ魔王じゃない」



 その揺れる手を別の暖かい右手が包む。


 エミリカが隣に立っていた。

 そしてギルディアンにはにかむように笑った。


 ……この笑顔を守れるのは自分しかない。


 ギルディアンは何故かそう思った。



 ギルディアンは「勇者」を始めた。


 魔王ではなく、戦争を続けるモノたちを破壊するために。

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