第25話 父となる。

「さて、どうしたものか……」


 地方小領主の館を見上げながら勇者ギルディアンは腕組みをした。


 時は昼下がり、領主より出された昼食の味を舌がまだ覚えている。


 村の正門へと続く道を目で追いつつ館の庭先にある馬の水飲み場近くのベンチに腰掛け、勇者は思案した。


 この2年ほどでの勇者ギルディアンは人間界の中心人物となった。


 人間界の調整は有力貴族エトワール家の御嫡男である神官があらゆる手を駆使して行ってくれている。最近「やっぱりユリシナのことが忘れられない……」とか思い詰めたように呟くことがあるが、仕事はしっかりとやってくれている。


「――娘さん、領主様にちゃんと返したわ」


 その隣にエミリカがよいしょっと言って座る。


「ご苦労さん。

 しっかし、実剣一本で魔族軍の陣地に自分から突っ込んでいったとはねぇ。

 村のお友達が攫われたからって言っても、ちょっと無謀すぎやしないか」


 ふぅと勇者ギルディアンはため息をつく。


「あの娘、勇者にあこがれていたみたい」


 エミリカは苦笑気味に伝えた。


「……そっか」


 ギルディアンはなんだか恥ずかしくなり鼻先をぽりぽりと掻いた。


「怖そうな領主様に怒られるのも可愛そうだから、お嬢さんもご友人と一緒に攫われた、ということにしておいたわ。

 あれだけ言い聞かせれば無謀なことはもうしないでしょ?

 ……お嬢さん、わたしのことをなんか凄くキラキラした目でみられていたけど」


 顔を傾けた不思議そうな表情をしたエミリカに、勇者は笑った。


「そりゃ、魔族軍の中を蹴散らして突進したエミリカの姿をみたら、カッコイイから憧れちゃうだろ?

 ……俺もいちおう頑張ったけど」


「意味の無い子供攫いは絶対禁止、って命令出していたのに破っちゃったから、魔王が直々にお仕置きよっ」


 ギルディアンが勇者を名乗りだしてから半年後、エミリカは魔王に即位していた。


 エミリカの強さもそうだが、オルジの尽力によるところも大きい。脳筋のような雰囲気を持つ彼だが魔族の有力教団当主でもあるオリジは、得意ではないがこの手の策謀もできるのだ。


 「生臭神官殿からもいろいろお知恵を頂きましたからな」とオルジの言である。


 エミリカは魔王に即位しても基本的にギルディアンの側にいるので、魔王としての統治活動は名代のオリジが国元に戻り行っている。


「そろそろ終わらせなきゃな、と思うんだ」


「戦争?」


「そう。

 ――俺とエミリカで一騎打ちをしないといけない」


 戦争の終わりに大々敵に勇者と魔王の一騎打ちを行う。


 これは最初から決まっていたことだ。


「……あっという間だったね」


 ギルディアンは、そうだなと言って返した。


「――問題はその後どうしようか、ということだ」


「魔族側の敗戦後なら、もう十分に計画と準備を――」


「いや、違う。

 俺とエミリカはどうするか、ということだよ」


「ふーん」


「ふーんって……、

 終わったら今人間側で押し止められていることが一気に弾けるんだぞ。

 ……下手すりゃ、また戦争だ」


「人間ってバカよねー」


「それは否定しないが……うーん、やっぱり何処かの国に押さえつけ役に。

 何が必要なんだ……? 

 やっぱりこういう時は神官頼みかぁー」


 柄にもなく頭を抱えているギルディアン。

 そんな彼の横顔をみて、ふぅと息を吐き、そしてぐっと飲み込むエミリカ。



「わたしは子供を産むわ」


「ふーん、そりゃ大変……んっ?」


 もの凄い勢いでギルディアンは隣のエミリカの方を見る。



「……ひょっとして、できないとか思ったの?

 あれだけしておいて、できないと思ったの?」


 エミリカはお腹をなでながら、すでに子を守る母親の顔になっていた。



「いや、まぁ突然だから。

 そっか……俺、父親かぁー……」


 おもわずギルディアンはエミリカのお腹をさすっていた。


 いつもなら胸や腿にいく手が優しくお腹をさすっている。



「……マジどうしよう」


「何が?」



 ギルディアンの情けない呟きに対するエミリカの語調にちょっとだけ怒気が含まれていた。



「どうやってこの子を育てようか、と。

 戦争が終わったら、俺は勇者の名前を背負っただけの只の人間だ。

 オリジに鍛えられたし、エミリカや神官からものすごーく強い武装ももらったけど。

 ……けっきょく、庶民上がりの一兵士だ。戦場から離れたら只の人だ。

 戦争がおわったら『勇者』ってけっこう邪魔な存在になるんだよぉー。

 王や貴族よりも社会に影響力があるんだぜ、ぜったい碌でもないことになるぅ-。

 俺、人間側からも魔族側からも相当恨みを買ってるからな―。

 ……この子を狙ってくる奴が出てきても不思議ではない」



 この子を、エミリカを守らないと……

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