第26話 最終決戦

 ――そして、公式の記録にて勇者と魔王が相打ちになる日がやってきた。


 時は日が昇り始めた早朝。

 エミリカは産まれた自分の子を抱いていた。

 目の前には丘の上の魔王の城。後ろには大勢の兵士たちが距離を離れて佇んでいる。


「予定よりも遅くなったな」


 勇者は呟く。本来なら半年ほど前にこの決戦の日を持ってくるはずだった。

 そうできなかった理由はエミリカの出産もそうだが、決戦後の用意に時間がかかったからだ。


「ユリシナ……かならず帰ってくる」


 生まれ故郷の村に残してきた恋人の名を神官は呟いた。

 魔王城への途中の村で成長したユリシナと再会して以来、神官は妙に落ち着いた雰囲気を醸し出すようになった。



「あんなに綺麗な土下座、わたし初めて見たわ……」


「優雅な振る舞いに関してはコイツ一応貴族だしな……」



 勇者とエミリカは途中で寄った村で出会った綺麗な女性のことを思い出していた。

 その前で土下座をして交際を申し込んでいる神官の姿と共に。



「……こ奴、もう少しで『お願いです。セックスさせてください』と言いそうになったんじゃぞ。

 わしが制しなければどうなっていたことやら。

 まったく、こんな人間に負けてやらんとはのぉ……」



 オルジは大きな盾を持ちながら、空いた片手をぐるぐると回していた。


「まぁ、普通の感覚だと神官や、貴族が庶民の前で土下座するなんて引いちゃうよな。

 あの時のオリジの、こうスパーンという感じの物理的な制止がないと悲惨なことに……」


 勇者は、あの村で土下座中の神官から漏れそうになった一言を、いい音を立てて物理的に制止させたオリジの行動を手にスナップを効かせて再現した。


 オリジに説教されている土まみれの神官をユリシナはけらけらと笑いながら見ていた。――それは太陽のようなとても魅力的な笑顔だった。


「ユリシナの前で神官も貴族もないっ!」


 ふんっと神官は鼻を鳴らした。


「まぁ、ともかく

 ――これで終わりだ」


 実際のところ、人間対魔族の戦争はすでに起きていなかった。


 これから始まるのは非常に儀式的な行為、剣と魔法の世界との決別のセレモニーだった。


「神官の『死した勇者』と『封印された魔王』で戦後に安定をもたらすアイディア、

 なかなかいいぜ」


「自分の出身国が勇者と魔王という二つの駒を持つことで他国への強い発言権を持つ、というのはエトワール家としては喜ばしいことだろうね。個人的には今も本当にやるの?と思っているけど」


「エトワール公には人間側の調整にいろいろと便宜を図ってもらった。

 これは、お礼だよ」


「『お礼』……ねぇ。

 どっちみちエトワール公の苦労は続きそうだ……、

 言い忘れてた。次の年に自分は還俗してエトワール公の名を継ぐんだ」


「エトワール家を継ぐのか?」


「家は継がないよ。継ぐのは名前だけ。

 一応勇者の仲間だからね、名を継がないといろいろと都合が悪いそうだ。

 いつかは兄に返すよ」


 その時エミリカに抱えられていた赤ん坊が泣きだした。


「お、おしめか?」


「これは違うわよ。……お腹がへったのね。

 ちょっとみんなこっち見ないで。お乳をあげるから」


 しっしっと手を動かしエミリカは三人に背を向けた。



「ギルが『魔王を生きたまま封印する』ことに賛成したとき、

 『この人でなし』といった時のことおぼえてる?」


「うむ、わしは思わず勇者殿を三発ほど殴っておった」


「二人とも俺をどれほど信用してないんだよ。

 俺がエミリカにそんなことするわけね―じゃん。

 封印され役を務めるのは俺って決めていたから、賛成したんだよ」


 ギルディアンは魔王城と背後の人間兵と見比べて、にへっと笑う。


 オルジはやれやれと頭をかく。


「魔王城に入ったら時の薬で肉体年齢を止め、分離した魂を宝石に閉じ込める準備をする。

 ……まったく、魔王が眠りにつくときの秘薬を人間に使うとは」


「拘束具はこちらで準備してあるよっ。

 見た目がオドロドロしいけど、なかなかの着心地さ」


 神官は背負った荷物から頭をすっぽり覆うことができる四角い箱を出した。


「宝石をここにはめると、これが一種のアンテナになってね、自分の意識を子機に飛ばすことができる」


「子機? 子機ってどんな?」


「さぁ……それ向けの宝石とかでいいんじゃないかな」


「ああ、ならさ。

 神官の国にどデカい勇者の墓を作ってくれよ。きっと人があつまるぜ。

 そこにその宝石を飾っておいてくれよ。

 俺を偲んでやってくる人間の顔を見たいし、

 故郷に残してきた家族も養うことができるしな……勇者の家族なんだろ?

 墓守にはピッタリじゃないか」


 その勇者の言葉を聞いて、神官は目を輝かせた。


 こんなに輝いた神官の目を見るのは久しぶりだった。最初に見たのは人間と魔族との戦争を止めるとぶち上げた時だったかな、とギルディアンは思った。



「へ、へぇー。いいね、いいね。

 新エトワール公の初仕事は勇者の偽墓所の建設か、いいね。

 おーけ、おーけ。ちょうどいい土地があるんだ。そこでスゴイものを作ってやるぜ。

 墓所とは思えない墓所をつくってやるぜ。

 子機の宝石もこれ以上ないところに飾ってやるぜ。」


「ああ、よろしく頼むな、貴族様」


「うむ、エトワール公の名にかけて誓おう」


 神官と勇者は笑いあった。



「……それでさ、俺は何年封印されていればいい?」


 笑い声は止み、勇者の質問に神官はううむと唸った。



「16年」



 エミリカは背中を向けたままそういった。


「16年。 ギルが兵士を始めた年。

 人間ならこの年で大人扱いされるんでしょ?

 ……その時ならわたしは初めてこの子に

 あなたを産んだのは私よ、と言える気がする」


 エミリカは自分の赤ん坊を勇者の兄弟姉妹と一緒に育てることはすでに決まっていた。


「だって、この子。勇者と魔王の子供よ。いろいろ大変だと思う

 だから言うのは大人になってから。

 こんな運命を背負わせたことは申し訳ないとおもう。

 本当のことを教えるのは怖い。

 でもギルと一緒ならば言うことができると思う」


 振り向いたエミリカの目は真っ赤になっていた。

 涙がぽろぽろと零れてくる。


 オルジはもらい泣きをした目頭をぬぐった。


 神官は満足してすやすや眠っているエミリカの赤ん坊を見て力強くうなずいた。


 ギルディアンは魔王とその赤ん坊を包みこむように抱きしめた。



「愛してる、エミリカ」

「……そんなのわかってる」



 しばらくの抱擁のあと、二人は力づよくうなずいた。


 エミリカはばっと魔王城を指し示すように腕を広げる。




「――ようこそ、魔王城へ。

 エレン、パパと一緒におうちへ行きましょうねー」



 彼女は自分の子の名を呼んだ。








 ◇◆◇




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