第11話 魔王は去り、人間は踊る。

 人間軍対魔王軍の戦いの最後は、勇者と魔王の一騎打ちによりその幕を閉じた。


 結果として魔王は封印され、勇者は死んだ。勇者の亡骸は――様々な経緯があったが――この墓所に安置されている。そして魔王は生き延びた。

 勇者達により封印された魔王の身体は魔王城より運び出され、王宮前広場にて三日三晩曝された後いずこかに運ばれてしまった。


 魔王の行方は関係者以外、誰も知らない。


 魔王は罪人として別宮の地下牢に封印されたことになっている。王族の別宮は数多くおり、そのどの別宮に幽閉されているかは国家機密とされた。

 大方の予想だと首都以外の郊外の別宮ということになっている。その一方で少数意見として首都にある王宮の地下深くに封じられているとする説もあった。どちらが正解かは関係者の口から語られることはない。

 確かなのは王族は自ら魔王の封印場所の管理者となることで戦後の混乱する世界に対して影響力を確立したということだ。

 魔王の恐怖の記憶が残っている世界ではその封印者の威光はすざましいものがある。戦後国際社会における各国家勢力と各宗派勢力のパワーバランスはこの国の圧倒的な一強状態で成り立っていた。


 しかし戦争終結から既に十年以上が経過した現在では王国の一強状態は徐々に崩れつつある、という論説が新聞紙面の片隅で語られ始めていた。時代は戦後から別の時代へと変わろうとしていた。


「静かにやってくればいいのに……こんなに大げさにしちゃって。

 昔の栄光を取り戻さん!、として人々が忘れかけていた悪夢を再び蘇らせようとしたいの?

 ほんっと人間が考えるコトなんてよくわかんないわー」


 大型の鏡の前に据えられた椅子に座らせられたわたしの髪をいじりながら、エミリカ叔母さんはそう呟いた。わたしはただそれを聞いているだけだ。叔母の呟いた内容は断片的で正直よく分らない。


 ただ今回の魔王による勇者の墓所への参拝は、いろいろな思惑が絡んでいることだけは分った。


「魔族も魔族で、今更昔のことを蒸し返されることには嫌だろうに……ね」


 エミリカ叔母さんはわたしの髪の毛で遊び始めている。わたしのメイクアップを考えるのに多少飽きてきたらしい。


 魔王が倒された後、魔族はどうなったのか?


 人間側は魔族の皆殺しを望んだ。

 自分の親しい人を魔族によって亡くされた人も多数いたし――それが無能な貴族階級出身者や野心的上昇志向のある庶民階級出身者による無謀な作戦のせいだとしても、彼らは自らの失敗を全て魔族に押しつけた――、戦中の総力戦のための国内プロバガンダ放送により繰り返された「魔族を皆殺しにしろ」というメッセージがその放送が止んだ後も人間達の脳裏に深く刻まれていた。


 しかし魔族の皆殺しなど現実的に不可能であった。一時は人間と拮抗していた勢力を根絶やしにするなど物理的にできるわけがなかった。


 また戦前から魔族との交流があり、魔族と利害が共通している人間達もいた。戦中は小さく息を潜めていた彼らが戦後になると目立たぬよう注意を払いながらも、自らの利益のために動き出した。


 魔族は生き延びるために知恵を絞った。そして自らの限界に苦しんだ。


 敗戦処理というのはままならないものである。人間によって殺された魔族の遺族感情をどうするのか?魔族国家の存続と復興はどうするのか?人間国家との交渉をどう進めるのか?問題は提起されながらも、すべてが中途半端な対応のまま歴史が進んでいった。

 勝利者の人間達は無謀な要求を次々と出していく、それをいかに躱して影響を最小限にとどめようと魔族側は努力し混乱した。


 そのうち魔族統一帝国内で内戦が始まった。

 人間側は焦った。戦争の遂行者である魔族帝国が崩壊した場合、賠償の交渉相手がいなくなってしまうことを意味したのだ。

 魔族統一帝国の崩壊が進む中、魔族の交渉団は人間側交渉団に対して、統治安定のために人間側軍隊の派遣を要望した。消耗した人間側国家にそのような余裕などあるはずがない。戦後に始まった人間国家間の勢力争いに軍事的空白を作れるはずがなかった。


 戦争が終結して5年も経つと魔族統一帝国は完全に崩壊分裂し、小国が各地に確立された。

 それと同時に魔族統一帝国の軍事シークレットが人間側国家に流出し、数々の人間側軍事行動の失敗が明らかとなった。

 真実を知った人々は軍と政府を攻撃した。軍は治安出動をして国民に対して銃を向けた。そして、この血と死体が広がる王宮前広場の写真は国民の娯楽となった。


 こうして全てがうやむやのまま、戦後処理は終わったのである。


「ねぇ? 騎士百名の内訳は?」


 エミリカ叔母さんは、先ほどから事務所内と落ち着きなくコツコツと足音を立てて歩き回っているお母さんに尋ねた。


「法王騎士団が20名。残り80名は王宮騎士団だ。現場の指揮は王宮側が取る。……我々はお飾りのようなものさ」


 吐き捨てるように答えるお母さん。



「ふーん。

 ……危ないわね」


「ああ、危ないな」


 そこでお母さんは足を止め、口に手を当て眉間にしわを寄せ何かを思慮した。


 お母さんがたまに見せる仕事用の顔だ。間抜け面を仕事用の顔にするのはお父さんぐらいなものだ。


「エレン、エミリカさんの側を離れるな。

 エミリカさん……娘をお願いします」


「まっかせてー♪」


 シリアスな口調のお母さんに対し、エミリカ叔母さんはお気楽な様子で答えた。

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