第14話 ついでに魔王

「バカはお前の方だ」


 魔王はちらりとエミリカ叔母に視線をむけて呟いた。


「しょ、しょうが無いじゃない。

 フォローはいつもわたしの役割だったんだから」


 エミリカ叔母はちょっと顔を赤くして答えた。

 こんな表情初めて見た。


 エミリカ叔母の隣ではオルジお坊が額に手を置いて必死に頭痛を堪えているようだ。


 お父さんは全てを悟ったような顔をしている。その隣のお母さんは微動だにせずすっと息を飲み込むと、声鋭く叫んだ。


「そちらが動かなければ、法王騎士団が狼藉者を捕らえるぞっ!

 王宮騎士団が不名誉を甘受することになるが、それでも良いのかっ!」


 騎士団は――王宮サイドも法王サイドも共に――外部から誤りを指摘されることを不名誉とし、自ら律することを誇りとしてそのプライドを保っている。

 つまりお母さんの一言は王宮騎士団のプライド意識を大きく揺るがしたことになる。


 指示を出すべき隊長含めて、目の前の出来事に固まっていた王宮騎士団は、思い出したかのように素早く動き、魔王に槍を突き出し驚愕の表情のまま固まっている同僚の捕縛した。彼の視線はエミリカ叔母さんが創り出した魔法陣に向けたまま固まっている。


「おい……、おい……、この魔法陣は魔族側の……そいつは魔族だっ……魔王の仲間だ……」


 同僚に捕縛されながらも、その王宮騎士はエミリカ叔母さんを指さしている。


 捕縛する騎士団員らの視線が一瞬エミリカ叔母に注がれる。


 エミリカ叔母さんはその白い肌にぴきりと青筋を浮かび上がらせた。かつかつとヒールの音を鳴らしながらその捕縛された騎士に近づき、顔をずいっと近づける。


「……侮辱するではない。

 わたしは仲間などではない……」


 一人ぽつんと残されたわたしは混乱のさなかにいた。


 エミリカ叔母さんが魔法を使えるなんて初耳だし、そもそも叔母さんが魔族だなんて想像だにしなかったし、お父さんは必死な目つきで魔王の方をみているし、お母さん……なんか顔が高揚しているんですけど……。



「――わたしが魔王だ」



 騎士団がぴしりと音を立てるように身体を一度震えさせた後に固まった。心の底に絶対零度を差し込まれたような感じだ。エミリカ叔母さんに睨まれた捕縛済みの騎士は身体全体から力が抜け、ガチャンと音を立てて床に突っ伏した。気絶したようだ。


「――ふっ」


 勝ち誇ったように床に倒れた騎士を見下ろすエミリカ叔母に、黒い影がさしかかる。



 ごっ。



 両腕を捕縛されたままの魔王は、拘束されたままの両手を上へ振りかぶると、エミリカ叔母の頭上へ叩きつけた。聞いてはいけないようなスゴイ音がした。当然、騎士団はどよめく。


「あいたたた……

 ちょっと、何すんのっ!」


 だがエミリカ叔母さんは頭をさするだけだった。

 この時わたしは確信した。……このひと人間じゃない。


「この十数年間の苦労を一瞬でパァにするバカお姫様への懲罰としてはこれでも軽いくらいだ……」



 魔王の苛々とした口調で返した。



「だって、だって、エレンの前で辱められたのよっ。

 これっくらいのこと当然じゃない」



 腕を組んでふんっ鼻息を漏らすとぷいと横をむくエミリカ叔母さん。

 なにやら思案気なお父さんの横で、お母さんはうんうんと頷いている。


「ぬっ……」


 これに魔王も――いや魔王と呼ばれたものも――反論できない。


 ちらりちらりわたしの方を見ている。


 わたしは混乱の極致にいた。


 はっきりしているのはわたしの知らない家庭事情が次々と明らかにされているということ。

 エミリカ叔母さんが魔族であること。ついでに魔王であるこということ。


 ×魔王は王宮深くに幽閉されていました。

 ○魔王は勇者の墓所で草むしりをしていました。


 ついでに歴史記述も大きな変動を受けたような気もする。


 それはいい。



 少なくとも我が一族は平凡な人間達のはずだ。

 なにより人間側の代表でもある勇者を産み出したし。



 ……少なくともわたしは平凡だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る