第2話 あたしは墓所の受付アルバイト
「今日もお客さんがいっぱい来そうだねぇ」
受付の机に座りながらわたしが言う。
「今日は団体は入っていないじゃろ?
どうしてまたそんなことを?」
隣に座る老僧侶はそう言う。
「こーんな、暑そうな日には
涼みにここにちょっとここに寄りそうじゃない?」
わたしと老僧侶は入り口のほうを見る。
入り口のドアは開けっぱなしになっており、その先に見える庶民庭園に生える植え込みが太陽の光でギラギラと輝いている。
黄緑金虫がシンバルを小刻みに叩くように鳴き声を上げている。季節的には夏季に入っていないのに、風景はもう夏真っ只中だ。
「ほぉー。ううむ……果実酒の水割りをもう少し用意しておくかの」
老僧侶は席からよいしょっと立ち上がると、腰の調子を確かめながら後ろを向く。そこには大きな箱があり、その中には液体入りの瓶が数十本ぎっしりと詰まっている。
僧侶はがちゃがちゃと瓶の隙間をつめてスペースを作ると、短い呪文を唱える。液体入り瓶が何もない宙より出現した。瓶はそのまますとんと空いた隙間に収まっていく。僧侶は箱の両端を持ってふぅーと息を吐いて気合を入れた。
閉じた目が、カッと開く。
「フンっ!」
僧侶の吹き出す鼻息と共に、わたしの背後からむわっと生暖かい空気が巻き上がった。
冷却魔法の副産物だ。それも想定以上の。
「ちょ、ちょっと、やりすぎだって」
「……すまぬ、ちょっと冷やしすぎたようじゃ」
老僧侶はそう言うとすまなそうな顔をわたしに向けた。
その手元の箱からは冷気と魔法の残滓がパチリパチリとスパークを起こしていた。
このおじいちゃん僧侶はたまに魔法の加減を間違えることがある。
魔力がみなぎる若き日は過去になり、少し魔力の衰えを自覚しているこの老僧侶は、ちょっと力を込めて魔法を使うことがクセになっているらしい。今日は体調がたまたま上向きだったのだろう、いつものごとく少し無理して魔力を込めると、魔力過剰な状態が発生してしまった。
自分の魔力状態を確かめながら出力コントロールをすればいいのだが、聖魔大戦中の魔法教育は今とは違って「とにかくぶっ放せ! 死にたくなければぶっ放せ! 死んでもぶっ放せ!」だったので、本人曰く、微細なコントロールをする技術はおざなりになってのう……とのこと。
そういえば老魔法使いをからかう言葉として「とにかく魔道具をフルパワーで使いたがる」というものがある。
だいたい街の魔道具屋で過剰魔力警報音をピンコーン、ピンコーンと鳴らすのは決まって道具を試用している老人だ。
店員もお客も慣れてしまって、いたたまれない老魔法使いをなるべく見ないようにするのが街のマナーとなっている。田舎から来たお上りさんは凝視してしまうので、それはそれで心の狭い都会人の嘲笑の的になってしまうのだ。
「あー、エレンお嬢ちゃん、
嬢ちゃんのお父さんはどうした?」
席に戻った老僧侶は今度は入り口とは反対側を見てそう言う。
彼の視線の先には少し狭まった開けっ放しの扉があり、その奥には巨大な空間が広がっていた。その空間の周囲は、植物や獣や天使や太陽が彫りこまれた豪奢な石造りレリーフで下から上へ埋められた壁で囲まれており、真ん中に腕組みをし目を閉じて上を見上げている筋骨隆々な男性の立像がある。
胸にはネックレスが刻まれており、中心には紅い小さな宝石が輝いていた。
「どうしたの?」
わたしの視線に老人はちょっと皮肉気に眉をゆがませ、親指で立像の直下にある石のテーブルとその上に鎮座する水晶玉をさした。
「人が来るっちゅうことは、
勇者の子孫試しをやりたがる連中も大勢来るっちゅうことじゃ。一つじゃ人が回るまい。
嬢ちゃんのお父さんに頼んで、あと二つ、三つ、『女神の判定台』を用意させたほうがええ」
「あー……」
そう言われればそうだ。
伊達にここに勤めて長いわけではないな。
わたしは受付席から立ちあがり、麻の着物の裾を直して受付席とは反対側にある扉にある模様を決まった順序で叩いた。一瞬模様が輝いた後、その扉は音もなく開く。
ここと管理事務所とつなぐ扉は魔法鍵が設置してあり、その開け方を知っているのは関係者だけだ。
エレトナ・グランデ、それが私の名前。年は16。通称エレン。
現在、聖オリアニス大学校に通う学生だ。
今は初夏の連続休息日中なので家業の手伝いに駆り出されている。
何となく気づいている方がいるかもしれないが、わたしの家の家業というのは勇者ギルディアンの墓所の管理である。
我が国の気軽に尋ねることができる観光名所として結構有名なんだよ、ここ。
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