第6話 クール & フール
そして戦後、結局戦中は碌な仕事につくことができなかった一族が生きるすべとして自分たちの信念を空よりも高い棚に上げて、貴族に頭を下げ、大商人に頭を下げ、胡散臭い学者崩れに頭を下げ、政治家に頭を下げ、勇者の墓所の設立に奮進した。
プライドの高い彼らは勇者の墓所名に自分たちの名を先っちょだけでも挿入しようと躍起になったが、最後に協力に名乗り上げた魔族――勇者の公平さと誠実さと強さは敵方であった魔族の尊敬を勝ち取っていた――の出現によりその企みは中折れした。
魔族と名を並べるとなると戦後世界での人間界の立場が危うくなるリスクがあったからだ。戦中でも足の引っ張り合いをしていた人間の有力者たちは、戦後も大衆を巻き込んでさらに大規模に足の引っ張り合いを続けていたのだ。
結局、墓所の名前は「勇者ギルディアンの墓」というシンプルなものになった。
勇者の亡骸は教会が預かっていたが戦後の混乱期で管理がままならず、あやうく亡骸をバラバラにして持ち去られそうになったりと――いろいろな人間がいるものだ――、ある教会幹部が「勇者の亡骸なんて爆砕させてしまえ」と頭をかきむしりながら叫んでしまうほどの状態だった。
そんな教会内の圧力を一身に受け勇者の亡骸を守り通したのは例の幼なじみを孕ました神官であり(そのため神官は戦後も幼なじみと子供がいる故郷の村になかなか帰れなかったのだ)、グランテ一族による勇者墓所設立の実質的な司令塔の役割を果たしてくれた。
結局は庶民であるグランテ家にとって、上流階級で生きるすべを身につけていた神官の存在は力強かった。
勇者の亡骸が庶民公園と一緒に完成した墓所に納められ盛大な式典が終わった後、墓所のホールにグランテ一族とその神官は集まった。
オリジ坊が果実酒をそれぞれの持つ粗末なグラス注いだ後、神官ではなくオリジ坊が音頭をとって祈りを捧げる。
略式の祈りしか勇者はできなかったと、仲間だった神官は懐かしそうに語る。すでに彼は神官服を着ておらずラフな庶民服を着ていた。還俗済みの証である。そんな奴だから俺たちは勇者を尊敬していたんだ、と彼は続けた。そしてグラスの果実酒を飲み干す。
――またな、ギル。
俺は先に厄介な「英雄」様から人間に戻らせてもらうぜ――。
空になったグラスを献花台の側に置き、元神官はその場から立ち去った。
……これで終わりならば多少むずがやしさはあるが、クールに決まったことだろう。
しかし現実はクールではなくフールだった。
数分後、血相をかえた元神官が戻ってきて叫んだのである。
庶民公園が勇者の隠し子を名乗る者たちとそのお仲間で囲まれてるぞっ!
このままだと公園の柵が突破されて墓所にまで押し寄せてしまうっ!
オリジ! 法王軍をここに集めて守りを固めさせろ。兵に多少酒が入っていてもかまわんっ!
呆気にとられている庶民グランテ一族を残して、オリジがホールから駆けだしていった。
まずは斥候として状況確認をするためだろう。その洗練された動きはまさにプロフェッショナルだった。
……昔から好奇心の旺盛だったエミリカ叔母さんはオリジの後ろに付いていったらしい。
その姿をみて元神官は慌てて彼女の後を追った。
エミリカさん、撃たないでっ! 魔法撃たないでっ!せっかくの平和壊れちゃうからっ!
ホールの外から元神官の叫び声が聞こえてくる。
なんとか庶民公園への暴徒侵入を法王軍の協力により防いだ後、結局元神官は隠し子自動判定機「女神の判定台」の設置を確認するまで、一ヵ月ほど墓所での滞在を延した。
……申し訳ない。
俺、いや僕ののせいで申し訳ない……。
……本当に、すっげぇ理不尽だけど、申し訳ない……。
元神官が最後に残した言葉は勇者に向けてではなく一家に対してのものだった。
「女神の判定台」の名前の考案者はオリジお坊さんとのこと。たまたま読んでいた雑誌にそんな名前の冒険譚が載っていたらしい。
それっぽいからOKということになった。
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