第5話 勇者は各地に現地妻を作る伝統があります。
そもそも『女神の判定台』とは何か、ということである。
身もふたもない言い方をすると、「勇者の隠し子発見器」である。
勇者が亡くなったのは魔王城の王の間である。
魔王と勇者はその玉座のまえで戦い、一方は封印され、一方は仲間に看取られて命を落とした。
それはいいとして。
確かに、ハッピーエンドではないのだが、それはひとまず置いておくことにして。
勇者は仲間たちと共に旅をする。
それこそ世界の至る所へ旅をし、魔物たちと戦ってきたのだ。
ある時は魔物に襲われた小さな村のうら若き乙女を間一髪で助け、ある時は魔物の巣に連れさらわれた領主自慢の一人娘を助け、ある時は教会に立てこもり逃げてきた信者たちを護り励ました美貌の女神官が攻め込んだ魔物に犯される寸前で助け、ある時は絶望にうちひしがれた美しき姫を慰めて敵を討ち希望を取り戻したりと、まぁいろいろやってきた。
人々は思うのだ。
勇者絶対にモテるよな、と。
そしてさらに人々は思うのだ。
勇者助けた女性と絶対良い仲になってるよな、と。
さらにさらに人々は思うのだ。
おい、各地に勇者の隠し子がいるんじゃね? と。
この様な風潮は戦争が終わった後に一気に出版された勇者の活躍と女性との甘いロマンスを描いた一連の出版物で爆発的にビックウェーブと化したのである。
戦争が終わり生活の余裕ができた人々は娯楽を求めた。戦時中も様々な勇者伝説が吟遊詩人たちによって各地で語られていた。その下地があって、勇者伝説はとてつもない需要が産み出し、それに反応してとてつもない供給をもたらしたのである。
どこまで本当で、どこからが偽りかもわからない様々な新たな伝説が「発見」されて出版されていき、劇場で上演もされたのだ。戯作者にとってはまさに勇者さまさまである。すでに本人は死んでいる。否定する奴はない。何でも書き放題だぜっ!
出版の洪水はさらに現実への様々な反応を産み出した。
勇者とのロマンスが現実にあったのならば、その落とし子もいるはずであり、いるべきなのだ。
伝説の次はスキャンダルへ、つまり「勇者の隠し子捜し」がブームとなってしまったのである。
ブームにはきっかけがあるというが、それは勇者の近しいところが発火点となった。
勇者はさまざまな仲間たちと旅をしていたが、そのうちの一人である神官に隠し子が見つかったのである。
それは戦乱の中、神官の出身村へ魔王軍が狙う聖地守護のために赴いたときに彼はたまたま自分の幼なじみと出会ったのである。明日にも命が潰えてしまうかもしれない状況のなかで、再会した二人は月明かりしか差し込まない納屋の中で互いを激しく求め合った。
村の危機は去り神官は勇者たちと共に名残おしげにその村を去る。女性はすでに神官の子をその身に宿していた。日に日に大きくなるそのお腹。
女性は神官にそのことを手紙で知らせようとするが、戦乱の中で郵便は混乱し神官の元に届いたときにはすでに子は生まれていたのである。
戦後の混乱の中、神官もすぐには村へと帰ることはできない。
そのことがある新聞で「神官の苦悩」としてちょっとだけ書かれたのである。
それが、いつのまにか「神官に隠し子発覚」に代わり、それにまつわるロマンスが次々と創り出されていったのである。
単に郵便の事情で届かなかった手紙が、正義に生きる神官の心を迷わせぬよう何も告げずにいたという美談となり、さらに戦場で活躍する神官の加護を願い子供と一緒に祈りを捧げるという教訓めいたお話となり、さらに村を襲った魔人の呪いを受けセックスマスゥーンになった神官の高ぶる「ご立派様」に犯され耐えながらも声は出ちゃうの♪というポルノまがいの出版物まで出てきた。
ちなみにこれが一番売れた。
結局のところ、神官はその職業をやめて幼なじみと結婚したことでそのブームは去った。
さらにそのブームの去った後に元神官が書いた「あのブームの真相」という本がささやかなベストセラーになった。神官は村長となりそれなりに村を発展させているらしい。
勇者の一行が生ませた「隠し子」がいるという大衆の願望が現実となった後、勇者にも「隠し子」がいるということの現実性が嫌でも増してしまった。その大衆の確信に満ちた妄想が呼び水となり、「この子こそが勇者の隠し子だ」という名乗りをあげる人々が大量に出現することになってしまったわけだ。
ちなみに勇者が墓に入る前から、その兄弟、お父さんとかエミリカ叔母さんとか、その他の伯父さん叔母さんは勇者になってしまった兄のために非常に苦労をしたそうだ。
勇者が出現したからといって人間側が連戦連勝するというわけではない。名誉中毒の貴族様の軽はずみな行動により、または野心溢れる庶民の抜け駆けのために、ボロ負けすることだってある。
あり得ないことが起きるのが戦場というものであり、勇者が救った命よりも救えなかった命のほうが多く、さらに勇者の名をかたり悪事に手をそめる人間も嫌となるほど出てきたりと、碌でもないこと噴出し、その憤りや嫉みや恨みが関係の無い勇者に向けられたり、さらにその兄弟姉妹にまで向けられて、自分たちの居住先や職場を変えたり、偽名を名乗って生活しなければならなかったなど、生まれてからずっと苦労のし通しだったとのことだ。
そんなこんなで我がグランテ一族は外から虐げられてきた分だけ結束力が高く、かつ一つの信念で結びつけれていた。「人間なんて碌なもんじゃない」
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