第17話 最強の二人は負けない
それはいい。
わたしたちはピンチだ。
魔王だの勇者だのが現れたにしても、
強そうな魔族が大勢こちらに殺気を放っている。
どうしようもないくらいにピンチだ。
……でも、なんだろう?
「でも大丈夫かも?」と思ってる。
天井に届かんばかりに縦横に巨大になった魔族達は、棍棒や巨大斧を手にわたしたちを取り囲んでいた。怪物化していない王宮騎士達は勇者やエミリカ叔母さん、そして後ろにいるわたし、お父さんお母さん、オルジお坊を護るように剣を震わせながらも前衛に立つ。
「お前達には無理だ。……命を無駄にするのか?
開けろ」
復活した勇者は王宮騎士達にそう言う。白髪交じりの王宮騎士は対峙している化け物――かつて仲間だと思っていたもの――と、勇者とエミリカ叔母さんとを見比べ、奥歯を悔しそうにぎりりとならすと「全員退け……オルジ、後からゆっくりと話を聞かせてもらぞ」と言うと慎重な足取りで後ろにさがった。他の騎士達も彼に倣う。
「ふん、……戦場を生き残った奴はいい判断をする」
「ちょーっと、
偉そーに何言ってんの? 勇者サマ?」
「……茶化すなよ。
勇者は青臭くエラソーにするのが仕事なんだよ」
「だったら、
魔王は勇者サマに嫌がられるのが仕事ね」
勇者と魔王は現前する恐怖を超越して軽口を叩いている。
――ああ、自分を護っているこの二人の頼もしい背中を見れば、当然だ。
二人は絶対負けない。確信できる。
×勇者と魔王は互いを憎んでいた。
○勇者と魔王は互いを信頼している。
――最強の二人は負けない。
「よし、半分もらうぞ」
「残念、わたしが全部もらう」
勇者が右手をかざし何もない所から大剣を取りだして、血管の中を巡る血液のように刃先が虹色の光点を巡らし始める。
その時すでにエミリカ叔母さんは両手に片手剣を握り宙高く跳んでいた。
「ふんっ!」
勇者は大剣を両手で持つと腰を落とし身体全体を使って剣を横に振り抜いた。
怪物と化した魔族達は耐えることしかできない。
そしてそのうちの半分が耐えきれず身体を崩れさせながら壁面へと叩きつけられる。
ついでに「女神の審判台」も剣風に耐えきれず大きく音を立てて倒れた。台座の上に置かれた水晶球は外れて、ごろごろとビー玉のように転がり始める。
「ああっ!
勇者殿、力加減を! あれは借り物ですぞっ! 高いんですぞっ!」
オリジお坊は叫んだ。
「うるせぇ! こっちは久しぶりで力加減の感覚が取り戻せねぇんだっ。
オリジは昔みたいに後方援護をしろっ!」
残った怪物と向き合いながら勇者は叫んだ。
先ほどの衝撃が大きかったのだろう、怪物達の動きは鈍い。
「――必要ないわ」
宙からふわりと降りてくるエミリカ叔母さん。いや、魔王エミリカ。
物理法則を無視してスカートをひるがえしながら滑空してくるように見えた瞬間、宙を蹴るように両足がピンっと延され――彼女は消えた。
「――弱い。
弱い、弱い、弱い、弱いっ!
これが次期魔王を狙う者か!」
暗闇の中ストロボライトに照らされた物のように、化け物のただ中に一瞬だけ姿を見せた魔王。
その現れた姿は一人ではなく複数。
分身した魔王は同時に残り全員の首を刈り取った。
「恥を知れ」
勇者の前に一人の魔王として現れたエミリカ叔母は両手の剣を下に下ろした。
エミリカに倒された怪物達はその身を崩れさせ、波打ち際の砂細工のようにざらざらと崩れ落ちた。勇者に吹き飛ばされ壁に叩き着けられた怪物たちも崩れ落ちていく。
「喜べ、消滅させる代わりに、
貴様ら恥知らず共には消えることの無き『敗者の印』を刻んだことで許してやろう。
しばらくは塵となり反省するがいい……。
――オリジ!」
床に崩れ落ちた魔人だったものを見下ろしながら、魔王エミリカはオリジお坊に両方の剣を渡した。
オリジお坊は剣を受け取るとそれを僧服の下にしまい、やれやれという表情で床に散らばる怪物の跡を一瞥する。同時に空中に魔法陣を作成し、ゆっくりと回転させてそれらを吸収していく。
吸収されて行くとき、その砂のような物の中から亡霊のような叫び声が聞こえた。それは一瞬で掻き消え、全ての怪物の残物が吸収された。床には何の痕跡も残らない。
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