第28話 エピローグ 魔王の子
その後どうなったかというと。
わたしの夏休みが終わったぐらいで大して変わっていないと思う。
公園は営業を再開した。
勇者と魔王の復活はその事実を王宮と法院の絶対秘密事項として封印された。
つまりあの騒ぎはなかったことにされたらしい。
勇者の墓所は相変わらずにぎやかだ。
「勇者の隠し子がみつかったらしい」とのうわさ話が何故かまた広まり、
ちょっとだけ訪問客が増えたくらだいた。
お父さんは相変わらず事務所で書類と向き合っている。
お母さんも同様に法王騎士団へ勤めているが、いろいろあってタガが外れたのか「子作り宣言」を家族の前で堂々とし、「お姉さまには負けない」との固い意思の元で毎朝お父さんをやつれさせている。来年ぐらいには妹か弟ができそうな気がする。
オルジお坊は砂糖水の味付けに凝り始めたらしい。
色々なフレーバ―を試してその結果に一喜一憂している。やがてお酒と砂糖水と混ぜること、さらに炭酸水を加えることに興味を示した。
いまは受付所がバーのカウンターのように変わりつつある。
白髪の入ったあの古参の騎士に乞われ、たまに王宮へ魔法格闘術の稽古に付き合っているらしい。
エトワール公は再び書を書きだした。
まだ名前を兄に返上するタイミングがつかめないらしい。
題名は「魔王の子」。
清廉潔白な神官が教会でひとりの娘の懺悔を聞くところから物語は始まる。
少女の口から語られるのは、勇者に恋をしてしまった心優しき魔王の悲劇。
身をやつし可憐な少女の姿になった魔王。彼女は相手が勇者と知りながらも恋に落ちてしまう。
勇者に正体が知られてしまった後も、勇者と魔王との愛は途切れることなかった。
互いに相手を想い、そして使命と愛の間に苦しみながら、最後には相打ちになり瀕死になる。
彼女の命が潰えようとする時、勇者の「生きろ」との言葉が魔王の命を取り戻させた。勇者の命と引き換えに。
亡き勇者の傍らで悲しさに悶え苦しむ魔王。その魔王のお腹にはすでに生命が宿っていて――。
教会を訪れたのはその魔王の娘だった。魔王のその後は語られない。
最後、教会を背景にて「父様、母様、わたしはどちらの道を行けばいいの……」と月を見ながら娘が呟くシーンで終わる。
――この本は売れた。
どれくらい売れたかというと、学校にて廊下を歩く女子生徒達のどの手にもその本があり、しかもそれについて熱心に語られる姿が見られるくらい人気になり売れに売れてていたのだ。
「わたしはどちらの道を行けばいいの……」と歩きながらつぶやき、きゃきゃと喜んでいる女子生徒の姿を見て、自分はそんなことを考えもしなかったことに気づいた。それよりも今は次の苦手な授業で当てられそうなことのほうが重大な問題だ。
わたしは勇者の親族ではなく、作者エトワール公の知り合いとして数多くの女子生徒から質問を受けた。女子生徒たちはエトワール公が「愛に生きた神官」との伝説から物語冒頭の清廉潔白な神父をイメージしているらしかった。
わたしはあの下ネタおっさんからかけ離れた、女子生徒が思い描く偽りの爽やかな神官イメージをいかに壊さずに、穏便に対応する方法に頭を悩ませた。とりあえずサインをもらってあげるということでやり過ごした。直接会わせるここなんかできない。
「こんなに売れるとは思わなかったんだ」とエトワール公が我が家にやってきて勇者お父さんと魔王お母さんの前で土下座した。ほれぼれするくらいにきれいな土下座だった。「慣れが出ているな、80点」と勇者の採点は厳しかった。
この物語の殆どは嘘なのにところどころ本当のことが書いているのが嫌らしい。
サイン色紙は大量に書いてもらった。
この本の売れたことの社会的影響としては、魔王が女性だったということが世間に知れ渡ったことが挙げられる。それまで魔王という言葉の響きからなんとなく男性だと思われていたらしい。
一応はフィクションだが、実際に魔王と対峙したエトワール公の書いているものだから信ぴょう性が高いと勝手にされた。少しづつ魔族に対する人間側の意識が変わってきているような気がした。
勇者の墓所でもこの物語の舞台版が上演された。
基本的には冒頭の魔王の娘と、少女に身をやつした魔王は売り出し中のアイドル女優が二役を行い、魔王に戻った後はベテラン女優が行うというというのが定石となった。ときには最初からベテラン女優が行うというバージョンもあるが、ちょっと色々無理があった。
国王の前で上演されたときはそれは一つの事件だった。
大劇場の貴賓席に座る国王の隣には元エトワールである白髪交じりの老人と、エトワール公をちょっと老けさせたような男性が座っていた。現エトワール公の兄とのこととのこと。エトワール家としていろいろと動いているらしい。
人気のある舞台劇ということで大学校の学園祭の生徒劇としてこの「魔王の子」を上演することになった。いつの間にか「魔王の子」ファンサークルの中核をしめる立場になっていたわたしは――あろうことか魔王の役をやるはめになった。まわりから「雰囲気がそれっぽい」と言われていたからだ。
女子校ということで、男性の神官も勇者もその他男性キャラクターも全部女子生徒が行うことになった。わたしも練習を繰り返すたびに段々と演技に熱がはいってきた。
この舞台劇はほとんどは嘘だが、まれに事実が織り込まれているのだ。その織り込まれた事実を演じる時、あの夏休みの日に聞いた魔王と勇者の話を思い出してしまうのだ。
体が自然とその話に入り込んでいく。役が降りてくるとはこういうことを言うのだろうか。相手役(女子生徒)もわたしの演技に感化されその演技を深めていく。シーン練習が終わるたびに周りの他役や大道具担当などの女子生徒からほぉと熱いため息が漏れるようになった。
学園祭の生徒劇が始まったとき、客席にはお父さん、お母さん、勇者お父さん、魔王お母さんなど保護者のほか噂を聞きつけた大勢の女子生徒、あとオルジお坊も来ていた。そのほかエトワール公もこっそりお忍びで見に来ており、あとでちょっとした騒ぎになった。
何故かわからないがこの時の上演はのちに学校の「伝説」として語り継がれることになる。
たしかに異常な熱気がある舞台だったがそこまでのことか、と思っている。
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