第20話 昔のこと
魔王軍と人間軍との戦いはある時期から「戦いのための戦い」という泥沼状態になっていた。
大義名分は捏造され、それが偽りと判っていても戦いは続いていた。恨みと疲弊だけが積み重なっていた。
何の為に剣を振るい槍を突き刺し、同僚の亡骸を埋葬するのか判らなくなっていった。
勇者ギルディアンは元々は人間軍の一兵卒だった。義憤に駆られて志願したわけではない。
数多くいる兄弟姉妹のためにお金が必要だったので、比較的給与の良い兵士を職業として選んだのだ。ついでに言えば彼は素人童貞だった。
給与の全てを家族に送るほど無欲ではなかったし、かといって自分の欲望のために全てを散財し、一部の兵のように悪事に手を伸ばすほど強欲でもなかった。
魔族に憎悪を抱くのは自分に刃を向けてくるからだし、槍に突き刺され絶命する魔族から家族の名前がこぼれた時には一週間ほど嫌な気分になったりもした。だけど魔族に同情するような顔は同僚の前では見せなかった。
勇ましいことは言えなかったが、上官の魔族への憎悪をかき立てるアジテーションには同調したりした。でないと査定に響くから、給与に響くからだ。やっぱりお金は欲しい。
――まだ死ぬわけにはいかねぇーんだよ。
彼の独り言はいつもこうだった。
自分の心が折れそうになったとき、死ぬことを何よりも憎悪する身体がそう呟かしていた。
そして呟いた後に彼は何度目かの決心をする。そうさ、まだ死ぬわけにはいかない。
その何度目か分からない決心をした次の日、彼は死にそうになった。
今度こそ本当に死んだ、と彼は思った。
気がつけば隣にいる新任の神官以外は全員死んでいた。
周囲から肉と脂と血が焼ける焦げ臭い匂いに混じって、うめき声が少しだけ聞こえるから全員が死んだという訳ではないだろうが、消えてしまうのは時間の問題だ。
視界を覆っていた砂埃がおさまっていく。
周囲が静か過ぎた。自分の呼吸音が耳障りなこんな嫌な静けさは久しぶりだった。
彼は思う。あのときは死んだと間違われて他兵士の死体と並べられたときだっけ……。
場所は城内だった。土煙の向こうから城壁が見えてくる。
そして自分たちが突進してきた城門が見えた。閉じられた城門には大きな穴が開いていた。
あたまを振りながら思い出す。
なんで突進したんだっけ? ……決まっている上官の命令だ。
上官の命令を疑いもせずに、いや疑う余裕もなく、ここに突っ込んできた。
上官の上には誰がいる? 指揮官がいる。たしか、庶民階級出身とか言っていたな。
思い出す。
この魔王軍支配下の城を攻略するには援軍が来るはずだった。それが時間になっても来なかった。
普通ならば多少待つのかもしれないが、この司令官は計画した時間と同時に突進を命じた。
援軍の司令官は貴族階級出身だったはずだ。
隣の神官と話していたっけ。
司令官は手柄を独り占めする気だと。
貴族階級のような血族の後ろ盾がない庶民階級は、手柄を上げることでしか出世、または地位を保持することはできない。手柄を上げることでしかそのまた上の人たちは認めてくれない。
だから司令官達は追い立てられるように手柄を求める。時には同じ庶民階級の部下達を犠牲にしてまで。
貴族が司令官である大隊の到着が遅れたことが、この庶民階級出身の司令官には好機と見えたのだろう。――やってくる前に手柄はわたしが全て頂く、といつもの人なつっこそうな笑顔の口元が嫌な感じに歪んでいた。
そして突進。
そして罠。
そして全滅。
司令官の身体はほぼ半分になって、地面に転がっていた。
残りの半分は待ち伏せをしていた敵兵にむしり取られてしまった。
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