第3話 世界平和を望むまで
戦争のために、力を使うこと。
それ自体は、この星に生まれた以上は当たり前で、仕方なくて、どうしようもないことだとエンジェルにも分かっていた。
この星に住むのは『化物』で、他の星に住むのは『人間』なのだから。
『人間』は化物の『力』を求めて異形の『化物』の研究に必死になる。
当たり前みたいに差別も受けるし、『化物』を怖がり撲滅しようとする『人間』もいる。
――それでも
「先生!」
「どうしたんじゃ? エンジェル・キャット」
一言だけでも、この先生に伝えたかった。
「嫌です」
自分の正直な気持ち。
「私は、戦いのために『力』を磨くのは嫌です。我が儘なのかもしれないけれど、それだけは絶対に」
私は戦いをしたくない、と。
* * *
エンジェルの両親は、エンジェルがまだ3歳の頃に人間によって殺されている。
他の『化物』と同じようにエンジェルは1歳から英才教育を受けていため、当時でも両親の死ははっきりと理解できていた。
部屋の戸棚の隙間から母が殺される光景を目にしたし、戦後に運び込まれた、あちこちに大きな傷ができてぐちゃぐちゃになった父の遺体までも目にした。
両親が死んでからエンジェルは、必ず『人間』を滅亡させてやると、毎晩のように母が敬愛していた天界の神に誓っていた。
そんな決意をしたって、だんだんと、どうしても母親の温もりが恋しくて食事は喉を通らなくなってきた。
父親の愛が恋しくて、夜は一睡もできなくなったりもした。
そのせいだろうか。幼稚園での勉強も訳が分からなくなったし、自分から声を出すことが日に日に怖く苦しくなっていった。
その冷たい日々に差し込んだ光が、今の義妹であるラビジェルだった。
「エンジェルちゃん、あなたはこれから私達の家族よ」
そう言って1人の女性と幼い少女が家に訪れたのは、両親の死後半年後のことだった。エンジェルは訪れた女性のことも少女のことも知らなかったけれど、その少女の顔がどこか死んだ母に似ていた。
「……?」
「ごめんなさい、自己紹介がまだだったわね。私はあなたのお母さんの
そう言われると、それまで母親の背に隠れていた薄桃の髪の少女、ラビジェルが一歩前に出た。
「うん!」
向き合ってみると、本当に似ている子だと思った。とにかく似ていた。色素の薄い髪も、ぱっちりした瞳も、お茶目な仕草も、雰囲気も。
「わたしはラビジェル! 世界でいっっっちばんすてきな女の子だぞ! よろしくね、エンジェルちゃんっ」
なにより、自信満々に笑って見せるその声が。
「お母さん……」
「ふぇ?」
「お母さん……! お、おかあさーん! うわぁぁん!!」
大好きなお母さんに、そっくりだった。
それからしばらく過ごすうちにエンジェルは、彼女――ラビジェルのことがよく分かってきた。
英才教育しか行わなくなったこの星では本当に珍しいタイプ。
我が儘も沢山言うし、いっぱい甘えるし、いっぱい泣くけれど、自信に溢れていて、いつでも笑顔いっぱいで、その笑顔が何よりも可愛い子。
自分の思いに正直で、明るく無邪気な、他の星ではごく普通の女の子。
エンジェルは彼女の明るさに度々救われたし、母親の面影を感じる彼女のことが大好きになった。ラビジェルの方もエンジェルを慕って甘えて、ふたりはすぐに仲良しになった。
そんな彼女のお陰だろうか。
再びまともに喋れるようになり、遅れてしまっていた勉強にも着いていけるようになった。
それどころか、ラビジェルにとって「憧れのお姉ちゃん」であるために勉強を頑張り、学年100中のトップ10に入れるほどになった。
反対にラビジェルは、授業は受けるけど勉強は一切せず、テストで赤点を取って周りに何を言われたっていつも堂々としていた。
「赤点だからどうしたの? べんきょーばっかしててもつまんないじゃん。てかこの星以外はラビちゃん達の年齢じゃべんきょーとかしてないし。ね? ジェル」
幼稚園の前期期末テストの結果が返された日、赤点を嘲笑ってきた生徒にそう言い、エンジェルにも同意を求めてきた。
高い点数をとってラビジェルにとっての憧れでいたいはずなのに、エンジェルは赤点ばかりの彼女に憧れの感情を抱いた。
「……そうだね。私たちくらいの年でこんなに勉強してるのは、この星くらいだもんね」
――心に痛みを感じることなくありのままの自分で強く生きるその姿勢に。
そして同時に、自分自身のそれまでの考えへの疑問を抱いた。
本当に『人間』を殺してしまうべきなのか。それとも、むしろ殺さないことが皆のためになるのか。
確かにエンジェルは大好きな両親を殺した人々を憎んでいた。もっと自分が強ければ、今すぐにでも殺したいくらいの憎悪に刈られていた。
悲しんでも悲しみきれないぐらいに心を痛めていた。
けれど、それは全ての人ではない。ラビジェルの言葉を聞いてようやく思えた。
『化物』の皆が『人間』に恐怖をもたらしたり冷酷である訳ではないように、『人間』も全てが戦いを望んでいるわけじゃない。
戦争をしていない『人間』もいるし、反対の声だって数多く存在するはず。
そう信じたいんだと。
そんな平和を望む人々をなくしたら、より多くの人が悲しくなるだけ。
自分みたいに嘆く人が出るかもしれない。憎悪に刈られて、それこそ本当に逆襲に染まる人も出るかもしれない。辛くて自殺する人も、これまでにだって沢山いただろう。
自分なりにきちんと調べておこうと思った。『人間』のこと、『化物』のこと、戦争のこと。もしも、それを調べきったその上で――
素敵な『人間』もいるんだと理解できたら。
戦争をする意味をきちんと知れたら。
全員が戦争を望んでいる訳ではないと知れたら。
仲を違え続けるのではなくて、一歩ずつ寄り添い会う未来を、望めるのかもしれない。
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