第二章 怪光戦争0086
第7話 博愛帝国
何が起こったのか、そんなもの何一つ分からないまま、エンジェルは深く長い眠りについた。
けれどただ1つだけ、理解できたことがある。
――戦争が始まった――
「――ジェル! ジェル! 起きてよ、ねぇ……」
私は今生きているの?
それとも死んでいるの?
生死の境目すらあやふやな状態で、私は意識を取り戻した。
聞き覚えのある可愛らしい声にそっくり、けれど、それよりは少しだけ大人びているような、そんな声で。
ふと、辛くて悔しい気持ちになった。
戦争を失くすと初めて他人に宣言したあの日に、まさか戦争が起こるだなんて。
戦争を失くす活動になんともタイミングが悪い。折角小学校にも入ったと言うのに。
けど、今はそんな事はどうでも良い。
両親が、妹が、私達の暮らす星の皆が生きている事だけをただただ願う。
「ジェルってば!」
聞こえているよ、ラビちゃん。
あなたの声はちゃんと私に届いているんだよ。
「何で起きてくれないの!!」
ごめんね、ラビちゃん。ごめんね。
心配かけちゃってるかな。困らせちゃってるかな。
それとも案外、私が寝てる間に私が不要なくらいにはしっかりした子になったのかな。嬉しいような、寂しいような。
「ラビジェルちゃん、今日も起きないの?」
「うん……」
「そう……」
聞こえてきたのは艶やかな女性の声。こちらは全く聞き覚えがなく、誰のものなのか検討もつかない。
「……もう――だもん。今日こそは絶対起こすんだよね。ラビジェルちゃん、もうコレを使ってもいいかな?」
「……うん。ジェル、ごめんね」
感覚は何もないのに冷たい何かをかけられたのだという事だけは不思議と分かった。
これは何だろうと思っていると、だんだん意識がはっきりとしてきた。
まず空気の匂いが感じられ、次いで感覚……だんだんと取り戻していき、最後に、視覚が。
「……ら、ラビちゃん…?」
第一に最初に聞こえた声の主である妹の名を呼ぶと、彼女はパァっと笑顔を見せて抱きついてきた。どうやら現実のものだったらしいと胸を撫で下ろす。
「ジェル!! 良かった! 良かったぁー!」
「うん……。声かけてくれてて、ありがとうね」
「わあぁぁぁぁぁぁん!!」
大声で泣きじゃくる妹の頭を撫でながら、艶やかな声の持ち主の姿を見た。
ゆるく巻いた長い金色の髪をしていて、意思の強そうな深緑色の瞳をしている。
鼻も高く、薄い化粧が似合っていて大人びている。
女性はエンジェルの視線に気づくと、にっこりと穏やかに微笑んだ。
「エンジェルちゃんよね? 初めまして。私は
「は、初めまして。すみません、ここはどこなのでしょうか?」
「ごめんなさい。知らない場所で不安でしょう? 安心して欲しいのは、ここは闇ノ星ってこと」
闇ノ星。宇宙にある星の中でも、化物界に友好的な僅か7つの星の内の1つ。
星としての規模は光ノ星と同等、つまり最高位で、その二つの星は長くに渡って冷戦状態が続いていると言われている。
「そして、この国はフォーエントロピー帝国。通称博愛帝国よ!」
歓迎するかのようなとびきりのスマイルで久美は両手を広げた。
正式名称は初めて聞いたが、博愛帝国なら聞いたことがある。
帝国でありながらも国民の人気を絶大に受けていて、帝王含む皇族の心が美しすぎると有名だ。
だからこそ利用されたり騙されたりも多くて、国民からの人気はあれど正直あまり信用はされていない。
中でもエンジェル達と同い年の皇子である
有名なエピソードは罪人への対応が甘すぎて遺族から反感を喰らったこと。
当然ながら遺族の心情も考慮して重い懲役としたものの、死刑一択の明らかなる虐殺だった。
どんな悪人にせよ誰にでも平等に大切にしてしまうが故の事件だった。
流石にその事件の後は公共の福祉、被害者心理についても十分に考慮するようになったらしい。
「博愛帝国……。あの、久美さん、私たちを助けてくれたのはあなたなのですか?」
「んーん、弟。でもエンジェルちゃんもラビジェルちゃんも女の子でしょ? 姉である私が任せられたってわけ! てか、使用人さん達から横取りしたみたいな」
「そうですか、ありがとうございます」
久美の弟ということは、皇子である
感謝はするけれど、戦時下に置かれている化物界の少女に手を差しのべるなど、光ノ星への宣戦布告と同様のこと。
「でも、もし光ノ星にばれたりなんてしたら」
このままではいずれ火の粉がこちらの星にも降り注ぐだろう。光ノ星は色んな意味で化物界に興味を持っている。
不安げに呟いたエンジェルに、久美は誇らしげに胸を張る。
「ばれたって良いのよ。博愛帝国は貴方達を助けるって決めたし、そもそも闇ノ星は化物界の身方なんだから。私たちを見くびらないでほしいわね!」
「――! すみません」
「……そんな話ばっかじゃなくてさあ、ラビお菓子食べたーい」
2人の会話ばかりで退屈になったのかラビジェルが駄々をこねだした。空気を読むことを知らないのかこの娘は。
「ちょっとラビちゃん、我が儘言っちゃ……」
「いいのよエンジェルちゃん。ごめんねラビジェルちゃん、退屈だったでしょう? 今からお菓子持ってくるわ」
そう言い彼女が立ち上がった瞬間、部屋の扉がキィっと音を立てて開いた。
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