第10話 博愛帝国と化物界 中



「ようやく帰って来たか。博愛はくあい 久美くみ姫よ。フハハハハ」


 不敵な笑みを浮かべながら、得体の知れない黒い影は低い声で笑う。

 黒い影というより正確には、ぎりぎり表情は読み取れる程度に影に被われた成人男性、と言ったところか。


「あなたは誰? ここで何しているの? 何故私を知ってるの?」


 恐怖、警戒、憤怒―様々な感情が脳内を巡る中、久美は言葉だけでも強く見せようと、きっぱりとした口調で問いただす。

 揺れたカーテンの隙間から僅か一秒間、月明かりが差し込んだ。

 漆黒の翼と、額から生える一本の長くてやや内まきの同じく漆黒の角があり、一目見ただけでこの男性が『人間』でない事だけは分かった。


「強がらなくてもいいぞ。足は震え、冷や汗をかいているじゃないか」


 足を指指されて初めて気がついたが、確かに体が小刻みに揺れている気がする。

 少女の自室に知らない男が平然と居て、しかもベッドに平然と寝転がっている状況。こうなっても無理はない。


 けれど私は否定した。


「強がりじゃないわ。いいから質問に答えて。そうしてくれないなら、今すぐお父様達を呼ぶわよ」


「それは怖いな。――了解した、答えよう」


 飄々とした物言いに怒りを覚える。へらりと軽く両手を上げたこの男は、お父様や家の使用人さん達が複数相手でも怖くないと言っているのだ。


 それは、私の家を、博愛帝国を馬鹿にしている――。


「私は竜王りゅうおう 刹那セツナ、“化物界”の現長げんおさだ。ここで貴様を待っていた。貴様を知っている理由は至極当然。貴様に用があったからな、事前にその程度調べている」


「セツナ……? 私に用事?」


「ああ―――」


 男――セツナがベッドから降り、久美くみの正面に向かい立つ。

 瞬間、それまでの黒い影が突如どこかに消え失せた。


「貴様の力を借りたい」


 久美くみの手を取り、真っ直ぐに見つめてくる彼の瞳には揺るぎない光が宿っていて、――それこそ。

 その瞳に射すくめられた久美くみは、その手を振りほどく事など出来なかった。


 * * * * *


「それで、私は何をすればいいの? 姫とは言ってもまだ小学生だからそんなに出来ることないわよ?」


 彼の隣、ふかふかのベッドに腰かけ、足を交互にブラブラさせながら、眉尻を下げて久美くみは尋ねた。

 警戒を解いた訳ではないけれど、話を聞く気にはなった。


「いや、貴様にしか出来ない事だ。王にだって他国の姫にだって、『力』を使う誰にだって出来ない」

「だから何? 朝食に遅れたくないしお肌にも悪いし、私早く寝たいんだけど」

「それは悪かったな。貴様にして欲しい事、それは――」


 ごくり、と唾を飲む。自分に出来ることなら良いのだけれど。


「その、物凄く言いづらいんだが」

「良いから早くして」

「――」

「早くってば!」


 説明もなしでは何も分からない。久美くみが急かすと、セツナは顔を右の掌で隠してため息混じりに呟いた。


「……一緒に寝て貰いたい。俺の知り合いと」

「寝る? それだけ?」

「それだけ、って……。意味分かって言っているのか? ただの睡眠の事ではないぞ。男女のソレであって」

「ソレって何?」

「………要するに、――だ」

「はあ?」


 久美くみは顔を真っ赤にして、隣に座るセツナと思いっきり距離をとる。

 力を借りたいとは言われたがまさかそっち系とは思わなかった。小学生とそんなことしようとする奴の知り合いというだけでもう、この男は信用ならない。


「絶対、嫌!」


 まだ7歳とはいえ、王族久美の血は狙われたり、単に姫の体だからと狙ってくる輩がいるだけあって、大抵の事は護身のために教わっている。


「そこを何とか」

「気持ち悪い! 絶対やだって言ったでしょ! というか貴方も気持ち悪いからもうどっか行って!!」


 半泣きになりながら顔を真っ赤にして拒否する。

 怖いのもあって、どんどん感情が高ぶる。


「悪いがそれは無理だ」

「何で!」

「俺がこの星から出る条件がそれだからだ。大人の揉め事に巻き込んですまない」

「勝手に巻き込まないで! それなら私以外の人のとこ言ってよ!」


 ありえないと思った。どうして自分が大人の勝手な事情でそんな事をしなければならないのか。

 

 助けを呼ぼうとドアノブに手を掛けた途端に、制止の声がかかる。


「貴様の弟の引きこもりを止めさせよう」


「そうだな、妹の人見知りも少し減らそうか」


 弟の笑顔が見れる瞬間が脳裏に浮かび、何も考えずに聞いていた。


「どうして私なの? それと、その人は誰」

「アイツがパーティーで一目見て惚れたらしい。そいつの情報は伝えられない」

「……その人が、イケメンで、頭良くて、強くて、普段は優しくて、笑顔が似合って、それなりの家柄で、私と将来結婚してくれるなら」

「強欲だな」

「それくらい当然でしょ?」

「――そうだな」


 セツナは考えるように顎に手を当て、少しして口を開いた。


「総合能力も悪くない、家柄は貴族、婚約は嬉々として行うだろう」

「良く分かんない」

「全てそれなりと言うことだ」

「ふーん……?」


 久美くみは考えていた。どうせ姫たるもの政略結婚をしなければならない。

 好きでもない相手と結婚するのも変わらないし、なんならどこぞやの変態さんよりも無理な相手になるかもしれない。


 女子として、一人の人間としてそれはごめんだ。


「それで、どうなんだ?」

「いいよ」

「……それじゃあ!?」

「協力してあげる」


 久美は覚悟を決め、拳を強く握って立ち上がった。


「ただし、お父様とお母様にも話す事。それと……」


 頭に疑問符を浮かべるセツナに向かって、勝ち誇った顔を向けて言った。


「もっとずっと先の未来でね」



∴*∴あとがき∴*∴β


ここまで読んでくださってありがとうございます!感謝です!


~どうでもいいお話~

この世界での貴族は相当な大金持ちばかりです。

豪邸を複数所持して当たり前となっています。

物価はリアルとそう変わりませんが、強いて言うならば、リアルには存在しない鉱物や植物等沢山ありますので、それらは庶民には手が出せない品も数々……


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