第13話 失った時
「……久美、さん」
「やっぱり起きてたのね。入っても良い?」
「はい」
エンジェルに当てられた部屋に入ってきた久美は、ふかふかのラグの上にすとんと座り込んだ。
エンジェルは久美より目線が高いことが気まずくなり、自分もベッドから降りて久美の向かいに座り込んだ。
「ごめんね、こんな夜中に」
「いいえ、気にしてないです。私も話したいことがありましたし」
「敬語やめてって言ったのに」
「ごめん、ね」
まだ馴れていないため、戸惑いながらも私は敬語を外した。
うっすらオレンジ色の光が暗闇の中、久美の伏せたまつ毛を照らす。まるで夕焼けの様な、うっとりするほどの橙色。
話が切り出されるのを待つ暇もなく、彼女は本題を突きつけてきた。
「気づいちゃったよね。流れた時間のこと」
「――はい」
「気づきにくくなるように暗示って言うのかな、それをかけてたの。ラビジェルちゃんがそうしてほしいって言ったから」
目覚めてすぐに不安にならないように、という彼女なりの気づかいだったのだろう。
眠っている間に年月が経ったということは、その間に習得できるはずの技能も、学力も、その他何もかもがなくなる。
必然的に同い年の子とは差がついて、エンジェルの目指す『世界平和』のために必要な力を手にするのがより難しくなる。
そもそもが、それこそあの日の
得意な癒しの『力』でさえも、今じゃきっと、同い年の子と比べても優れてはいない。それどころか劣っている可能性だって十分にあって――。
「ですよね……。でも、おかげで感動の再開もできましたし、冷静に考える時間もできたので」
「……これで小学生なのよね貴方」
「え?」
「ううん、何でもない」
久美が呟いた言葉が上手く聞き取れなくて聞き返したが、答えははぐらかされてしまった。
「本当は、貴方を先に起こすことだって、できたの」
「先に?」
「そう――。あのね、あの日ラビジェルちゃんが
それは初耳だったし、考えすらしなかったことだ。
だけれど自分達がこうしてここにいる以上、確かになくはないこと。
「男の子だった。貴方と同じくらいの年で、さらに幼そうな子を抱えてて」
その時の光景を思い浮かべているのか、彼女は深刻な表情で語りだした。
「その子も抱えられてた子も、傷1つ ついてなかったんだけど、でも、抱えられてた女の子の服とか髪がボロボロでね、意識もなかった」
その男の子はきっと、治癒の能力を持っていたのだろう。時期的に考えるときっと化物界の子。
傷だけでも、とまず治癒をし、それから意識のない女の子の休める場所を探した。
そして、化物界と近くその上で友好的な星。その中でも一番早く助けてくれそうな――ここにたどり着いた。
「実を言うと、貴方も女の子も――息が、なくって。私も含めて殆どのヒトは蘇生術も使えないし、蘇生の薬は物凄く高価な上珍しいから、この城には1つしかなかった」
それでその女の子に使ったのだろう。
その子を先に生き返らせた選択には素直に喜べなかった。
でも、怒ったってしょうがない。
こうして今日を生きて過ごさせて貰えてることに感謝しなければ。
そして、その子の時間が失われなかったことも喜ばしいことだ。
「最初は貴方に使おうと思った。傷も深かったから、治療+蘇生が出来て、コスパが良いかなーって。でも、その男の子に『どうしても』って頼まれちゃって――ごめんね」
「謝らないでください! 感謝しかないんです、本当に」
「でも、その後でラビジェルちゃんからエンジェルちゃんのこと聞いて、それならもう少し考えれば良かったって思って」
「……それは違うと思います」
「え……」
芯のこもった眼差しを向けて、エンジェルがきっぱりと言いきった。
「その子を即蘇生した事、後悔しないでください」
先に蘇生させなかったことへの喜べない気持ちと同じところに、エンジェルには先に蘇生させなかったことへの感謝があった。
矛盾になるようだが、確かにあった。
「それで、男の子はまず絶対救われた。きっと女の子の方だって――。ラビジェルは強い子だから『いつか』を信じて今日まで待てた。私は、これからもっとうんと頑張ります。頑張るだけでなんとかなるんです」
「でも、失った4年間は」
「これから取り戻します。久美さん達に十分な恩返しができたら、星に戻って修行に励みます」
「あなたは――どうしてそんなに強くあれるの?」
彼女の問いかけにはきっと、そう言い切る自信がどこにあるのか、という意味も込められているのだろう。
大それた夢、姉ならできると信じてるだけの妹、生存不明の両親、破壊された日々、一度は失った命。
「夢を、夢のまま終わらせたくないから」
実力不足だから何だ。
仲間が全然いない、それが何だ。
誰かがいつかはやらないといけない使命なんだ。
「これは夢じゃなくて、私の決意だから。――だから」
エンジェルは胸に拳をあて、騎士のような仕草で言った。
「まだ力が届かないなら、せめて気持ちだけでも強くありたいんです――!」
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