第12話 地下 避難空間にて


 幸い、真っ暗になったのは意識ではなく照明。――部屋の灯りが全て一瞬で消えた。


 それにともなうのは恐ろしい爆音。散り散りになった窓ガラスは飛び交い、炎は瞬く間に燃え広がる。


「遅かったじゃないの……!」


 エンジェルの猫の方の耳が、久美くみの挑戦的な呟きを拾い上げる。


 それにしても、『遅かった』――?


 エンジェルの感覚が正しければ、戦争が始まってからそれほど日は経っていない。



 そこでふと、目覚めた頃から感じていた違和感を思い出す。


 記憶にない、これまでより若干大人びたラビジェルの声。エンジェルよりも身長がやや高い妹。

 五年前の久美の年齢が七歳なのに、今のエンジェルとラビジェルより二つ年上と言ったこと。


 ということは、今の久美の年齢が十二で、私達は十ということになる。

 私には、小学一年生、六歳までの記憶しかないはずなのに。


 これまで気づかなかった事にゾッとする。もしかして、目が覚める前に彼女達が会話していた、『申し訳ない』とはこの事――?


 どうしてこれまで気にならなかったのだろう。

 そういった暗示をかけられていたのか。


 ということは、眠っていたのは数日なんかじゃなくて……


「4年も――?」


 呟いたのと同時、二度目の爆音が重なって声は消えた。

 こんな事言ってる場合じゃない。


「ジェル、なんか言った!?」

「ラビちゃん 今は気にしないで。……久美さん、避難経路は――」

「こっち! ラビジェルちゃんとはぐれないように、着いてきて!!」


 ラビジェルの手をとり、久美の指示に従い彼女に着いて行く。数十段の階段をいくつも駆け下り、扉をくぐり、下へ下へと。


 走りながら久美が言った。


うちの地下には避難空間があるの――。数百人分の生活必需品が、半年分は備わってる。そこまで行けば火も通らないようになってるし、特殊部隊の皆様もいるから」

 

 暫く走り続ける間にも、三度、四度と後方から爆音が鳴り、その度に背筋が凍る思いをした。


 何とか3人は避難空間にたどり着き、ホッと胸を撫で下ろした。


「……私専用の部屋に案内するわ。一人も三人も変わらない広さだから」


 言われた通り着いていくと、明らかにVIPフロアであろう場所へと案内された。


「久美、姫だからってヒイキだー……」

「こんなに豪華じゃなくても良いってお父様には言ったのよ。でもおかげで部屋にも余裕あるし、良かったかもね」


 案内された久美の部屋は、寝室、バスルーム+4部屋が横開きのドアで区切られていた。フローリング床の廊下での行き来もできる。

 姫が使う部屋だけあって、壁や天井は城と大して変わらない。豪勢なシャンデリアのろうそくが温かな光を放ち、壁の絵画や、散りばめられたジュエルが美しい。


「んーと……、寝室のベッドは2つしかないから、2人が使って。私はねー……」


 寝室の押し入れからゴソゴソと何かを取り出した。


「じゃーん! 折り畳みベッド!! これ一回使ってみたかったんだー!」


 えへへ、と木で出来たそれに頬ずりするプリンセス。


「久美ー、こうず(構図)が貧乏臭い」

「失礼しちゃう。とりあえず私はこれがいいから、遠慮せず、綺麗なベッドでおくつろぎ下さいませっ!」

「ありがとうございます……」

「やっふー!!」


 ぱたぱたと手慣れた様子で折り畳みベッドを開きながら、久美はエンジェル達に向けて言った。


「あのねー、あんまりどこも変わんないんだけどさ、部屋選んどいてくれる? 私どこでもいいから」


「えっ!? じゃあラビ寝室の隣が良い!」

「じゃあ……ラビちゃんの隣良いですか」

「りょーかーいっ! じゃあ私その隣ー! 余った部屋は遊び場にしちゃお」


 避難場所のはずなのに、お泊まり会みたいな感じでほんの少しだけわくわくする。

 それに部屋が久美の隣という事は、聞きたいことが色々聞けるかもしれない。


 * * * * *

 

 深夜――


 ベッドを寝室から移動させ、静まり返ったエンジェルの部屋に静かな足音が響いた。


「起こしちゃった? それとも、元々起きてたのかしら」




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