第23話 『天才』の決意
「フェニ? 大丈夫なの?」
シルフが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
周囲の面子を見るにここは博愛帝国。
逃げてたどり着いた先がここなのだろう。
「ああ……」
「あれ、もしかしてお兄ちゃん?」
シルフはそう言って小首をかしげた。
彼女は俺、Fenixのことを兄と呼び、もう一人の俺を呼び捨てにする。
シルフに俺たちのことを伝えた覚えはないし、もう一人の俺からも伝えていないと聞いたけれど、彼女はしっかりと呼び分けている。
伝えずとも性格が違いすぎて分かってしまうのだろう。
「そうだ。今何してる?」
「えっとー……、あ、服着替えようとしてたんだ!」
「そうか。外に出ておく」
「え? 別に良いのに」
「兄ちゃんはフェニとは違うんだ」
「なにそれ」
ぷーっと頬を膨らませたシルフに軽い笑みを返して部屋の外に出た。暫く待つと「もう良いよ」と言うシルフの声が聞こえたから部屋に入った。
ふと周囲を見渡すと、シルフ以外にも二人の女性がいることに気がついた。不覚にも眼中になかった。
その内の一人、比較すると背の高い下ろし髪の方が立ち尽くす俺に問いかける。
「えっと、さっきまでのあの子とは違うの?」
「ああ……」
事情を説明すべきか迷った。もう一人の俺は俺と違って入れ替わりのタイミングが分からないらしい。
俺は意識が途切れる瞬間だと分かっているから就寝前に情報共有ができるが、ふと入れ替わるもう一人の俺の情報は再び入れ替わるまで分からない。
説明し、先ほどまでの俺が一度聞いた情報を伝えて貰うべきだと考えた。
「簡単に言えば二重人格。入れ替わる条件はまだよく分からない」
とりあえず端的に説明すると、疑いもせずに彼女は胸を撫で下ろして微笑んだ。
「そうなのね。急に冷たくなっちゃったから何かしたのかと」
「性格です。すみません」
心から悪いとは思えなかったが、形式上の謝罪を口にして軽く頭を下げた。
もう一人の俺ならばもっと人間味があるものの。
「あ、だったら説明しとかないとね」
「ありがとうございます」
話が早くて助かった。俺は彼女からこの国に来てからの情報を伝えられると、こちらももう一人の俺が伝えていないそれまでの経緯を推測して説明した。
戦争が起こり、シルフを守りきれず、助けるためにここに来たのだろう。相変わらず弱いけど強いやつだ。
「では、失礼します。またご縁があれば。――今回の謝礼はいずれ必ず」
「そんなもの要らないから早くご両親の元に行ってあげて」
「はい。――いくぞ、シルフ」
「うん!」
シルフの手を引いて俺は城を後にした。
彼女を横抱きにして翼を広げ、化物界まで最短距離で飛んだ。目的地は俺たちの家。
* * * * *
「見るな!」
到着早々、俺は羽を使ってシルフの目を隠した。
目の前の無惨な遺体を見せたくなかったから。
「ここから動くなよ。何があっても守るから安心してくれ」
おかしい。
戦争の爆撃のみで肉体にナイフで抉られたような切り傷がつく訳がない。
完全に、もうどんな薬でも蘇らないほどに殺されてしまった。
シルフの両親がうっすらと透明になっていく。
――消滅。
死者蘇生の叶うようになった現在でも、唯一確実に命の失われる現象。
希少な消滅薬と呼ばれる薬を塗られたナイフで後から切られたのだろう。
シルフだけでも連れていったもう一人の俺は本当に、正しい決断をしたと思う。もう両親は助からない。
「シルフ、覚悟して目を開けてくれ」
シルフが目を瞑ったことを確認してから、彼女の目を覆っていた羽を外した。シルフはゆっくり目を開けた。
「お父さん、お母さん……」
無惨な両親の遺体を見ても、シルフは叫ばなかったし体調を崩す素振りすら見せなかった。
ただその代わりに、無理に笑顔を作って静かに静かに泣いていた。
「今までありがとう……」
幼い少女が両親の消える瞬間を見て一番に言う言葉じゃない。これが化物界の現状なのか。
俺は、後方の物陰に隠れていた光ノ星の兵士五名にフォー・ビレイカSを放って殺した。この涙の邪魔は誰にもさせない。そしてこんな涙はもう流させない。
そのために俺がやるべきことは。
「シルフ」
「なあに?」
「光ノ星が、両親を殺ったやつらが、憎いか」
「……ううん」
「じゃあ、どうしたい」
「戦争なんてなくしたい。でも、シルフじゃ無理だよね」
無理じゃないよと言ってあげたかった。
それなのに、素直じゃない俺はそんな台詞を吐いてあげられなかった。
だけど俺はこう言える。
「だったら俺がなくす。だから、シルフはなくそうとなんてしないで真っ直ぐ生きてくれ」
できるならば普通の少女として、他の星のように無邪気に子どもらしく、そして成長して青春を楽しんで、そして安泰に生涯を終えてくれるように。
俺はそのために戦える『力』を持っている。
俺は世界に五つしかない恩恵、『天才』を持つ者だから。
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