第15話 帰星


 1週間後、博愛帝国入口門にて――


「またね。エンジェルちゃん、ラビジェルちゃん。本当はもう少しいても良いんだけど……」

「いえ、早く星に帰らないといけないので」


 博愛帝国に降り注ぐ凶器――光ノ星の兵を一旦退けたのが1時間前。

 みかど皇子の指揮により何とか制圧できたとのことだった。


 この1時間前まで私は博愛帝国の兵士達の回復にあたり、ラビジェルは荷物をまとめて星に帰る準備をしていた。


「ここじゃ『力』の訓練ができる場所はないものね……。私は化物界には行けないけれど、何かあったらまた私たちを頼ってね。きっと力になれるから」

「はい。それでは……」

「久美またねー!」


 私はそっと頭を下げ、ラビジェルは元気よく右手を掲げて大きく振った。


 ぐっ、と貰い物のリュックを背負い直し、0096年の三月末、姉妹は柔らかな日差しを浴びながら化物界への帰路をたどりだした。


 近いと行ってもあくまで別の星。


 化物界から闇ノ星に着くためには最悪、宇宙に落ちるという手があるが、ここから安全に宇宙を渡るためには専用の宇宙列車に乗る必要があるらしい。


 最初の目的地はそこ、化物界へと繋がる列車の駅だ。


「ジェル、前のどがーんってやつで列車壊れてたりとかしないの?」


 両手で円を描くように胸元で上から外側にくるりと手を回してラビジェルが問いかける。

 これは城付近に爆弾が落ちたときの事を言っているのだろう。


「専門の『力』が加えられた宇宙列車だよ? 大丈夫だって。……多分」

「多分じゃん」

「久美さんも正直よく分からないって言ってたんだもん」


 エンジェルが兵隊たちに治癒を施している間そばにいた久美と今後について話していたとき、帰路についての話が出た。

 その時に出た不安の1つが宇宙列車。


 金銭面の心配はしなくても良いが、戦争の影響を受けている可能性も十分あるのだとか。運が悪ければそもそも使えないかもしれない。


「でもとりあえず行ってみないと。ちゃんと残ってる可能性だってあるんだから」

「無駄足にならないと良いなー」


 歩くことおよそ2時間。

 すでに気力をなくしたラビジェルを引っ張りながら、エンジェルは駅にたどり着いた。


 やや黒ずんではいるものの、駅自体は大した損傷を受けていない様子だ。

 チケット売場の機械も青く光っているから起動しているのだろう。無駄足にならずに済んで良かった。


「ほらラビちゃん、着いたよ」

「疲れたぁ」

「手ぶらが何言ってるの」

「疲れた! あー疲れたなー!」


聞いてないフリしやがってこの妹は。

今はそんなことよりチケットを買わなければ。


 一枚二万ダクト(一万二千円ほど)の子ども用チケットを二枚購入し、改札をくぐって十分後の列車を待つ。


 化物界への列車は1時間おきだ。

 待ち時間が短くて済んだのはラッキーである。


 その後予定どおりに列車は来て、いつの間にか待つためのベンチで眠りこけていたラビジェルをたたき起こして乗り込んだ。


 席はガラリと空いていて、二人を除いた乗客は帽子をかぶった少女と年老いた男性のみだった。


 陸ではがたんごとんと揺れていたのが空に舞い上がるとなくなり、代わりにポワポワといった音がなる       『力』の術式が発動していることを実感する。


「ジェルー、あと何分?」

「二十分くらいかなー」


 そんな呑気な会話をしていると、同じ車両に乗り込んでいた深く帽子をかぶった少女がバッと顔を上げて声を発した。


「ジェル……!? もしかして玄武学校の?」


 こちらを向いた少女の鮮やかな緑の瞳に光が灯ったような気がした。

 ――そう思うくらいに顔を輝かせていて。

 だがそれが誰なのか、一目見ただけのエンジェルには検討がつかなかった。


「そう、ですけど……」

「私鳥南ちょーな! 朱雀すざくって言ったら分かる?」

「朱雀……四獣の、炎の子?」

「家名で覚えられちゃう定めが悲しいなー。そうそう、炎使う子」


 にっと笑って帽子を取る彼女を見て、エンジェルの記憶が甦る。

 夕暮れ色に染まった柔らかそうな天然パーマの長い髪。


 明るい子だなぁという印象だった美少女だ。


 ちなみにの話、無邪気な子が元より少ない化物界と言えど、四獣の家系のような由緒正しき家柄――お坊ちゃんお嬢さん達の中で、両親に甘やかされてきた子どもは基本明るく子どもらしい性格をしている節がある。


 英才教育を施さなくても十分な実力を持っている彼、彼女らだけの特権だ。


「ラビ、ちょーな知ってる! 覚えてるよ。クラスでラビの次に可愛かった子! いっしょに話したよね!!」

「何!? クラス1は絶対あたしだったね」

「はあ!? ラビに決まってるじゃん!」


 そんな特権を持っていないのに何故か自信満々なラビジェルは、まるで衝突するのが決まっているかのように話す相手とことごとく喧嘩になり、姉として心配になる。


 このままの流れで白虎、麒麟とも衝突でもしたら、化物界で暮らしていくのが困難になる。

 麒麟ではなく玄武が正しくは四獣の家系なのだが、玄武の世代はあの亀蛇で終わっているので、代わりとして補充されたのが麒麟の家系なのだ。


「ラビちゃん落ち着いて! 周りのヒトにも迷惑だから。喧嘩するなら降りてからにして」

「一人しかいないじゃん……。ちっ、覚えとけよちょーな」

「こっちのセリフだから」


 ふんっ、とお互いそっぽを向いてそれぞれ端の席に移動する2人。

 しかし向かった席が同じだった。


「ちょっと? ここあたしが座るんだけど?」

「ラビには『ラビジェルたんに座ってほしいなぁ!』ってこの席が言ってる気がするんだけど?」

「ぜったい気のせいじゃん!」

「そんなわけないでしょ!!」


「黙りなさい!!」


 ヒートアップしそうな喧嘩を仲裁し、それぞれを離れた席に誘導するエンジェル。

 その後乗客のご老人に謝罪をし、そのきつい視線に耐えながら席に座るはめになった。

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