第17話 信じる
彼女の使った『魔法』によって『力』を封印された今、エンジェルとラビジェルの2人には打てるまともな手が残されていない。
身体能力が上の下のラビジェルと中の下のエンジェルには、最高度の『力』の使い手とまともにやりあえるとは到底思えなかった。
あのヒト以外にも、使えるヒトがいるなんて。
学校で
あの時も心底驚いていたが二人目に出会うなど微塵も思ってもいなく、今の方が何倍もの衝撃を受けている気がする。
そんなどこの記録にもおらず、これから歴史に名を残すであろうほどの『天才』が今、目の前に。
これが同じ化物界の仲間で更に平和意識を持つ者ならどれほど良かったことだろう。
なぜよりにもよって光ノ星なのだ。
『力』を持つはずのない民なのに。
「何を頼みたいの?」
「それは……うっ……」
次の言葉を発しかけた途端に
その顔色は青白く、よく見ると頬が少し痩せこけている。
「――!」
とっさにエンジェルは右手を横にふり放った光で治癒をする。彼女が倒れたことにより『力』の封印がとけたのだ。
これは反射的なものでなく、贖罪のつもりだった。
光ノ星だからと警戒しすぎて、弱っている1人の少女の存在を見過ごしたことへの。
『力』がいくら強くても子どものうちにお金がどしどし儲かるわけじゃない。
仮に仕事をしていたとしても、親に全て回収されてしまうのが普通だ。
エンジェルと同じように、自分の星に苦しんでいるヒトの可能性もあったのに――。
「ラビちゃん、集落までこの子を連れて行こう」
「え! 光ノ星の子でしょ? 良いの?」
「今は良いの!」
「なにそれー……」
不満そうに文句を言いながらも何だかんだ妹はエンジェルの指示通りに動いてくれた。
『力』で治癒できるのはあくまで怪我がメインであり、病気の治癒能力は乏しい。
ラビジェルに全ての荷物を持たせて、多少の苦痛を緩和しながら抱き抱えた
治癒をする前までと比較すれば、僅かに顔色が良くなっていた。
「よかった……」
「え? ジェルなんか言った!?」
「気にしないで!」
「……うん」
ザッザッザッと落ち葉を踏みしめ段差をいくつも越えて、ようやく集落に辿り着いた。
それなのに。
「……嘘」
ラビジェルが顔面蒼白にしながら呟いた。
何年経っても忘れないと思う見慣れた景色はなく、代わりに集落にあった家々はほとんどが崩れ落ちていて、所々に木片が散らばっている。
元々住民など数えるほどしかいない集落だったのに――。
「ママは!?」
涙ぐんだ声で叫び、ラビジェルが自宅があった辺りに向かって駆け出した。
彼女の長い髪が風にはためかされている。
似合う。
その光景を見て私がふと思ったことに耳を疑う。
崩れ果てた小さな集落と、涙ぐみながらそこを走る妹の姿を「似合う」と。
私は何を考えているのだろう。
抱き抱えていた少女を乾いた地面に置いた上着の上へそと寝そべらせて、エンジェルはその場にしゃがみこむ。
確かにその光景は、映画などのワンシーンのして見れば見るものを感動させそうであるが、そんなことを今考えている自分はなんと愚かで軽薄なヒトなのだろう。
感情のままに駆け出した妹を追いかけることなくこんな場所に座り込む自分の姿。
お世話になった義母達の安否が分からなくてどうしようもなく不安なのは確かなのに、その現実が悲しいかと問われると、はっきりYESと答える自信がない。
覚悟を、していたせいなのか。
心のいちばん奥から「絶対大丈夫」とは思っていなかったし、「再開への喜び」を想像していなかった。
私と言う者は一体何なのだろう。
大好きで大切な家族を守るための目標を持ちながらも、彼女らがいなくなる覚悟をしていた矛盾。
そして、ものすごく悲しいはずの今、泣けない自分がたまらなく怖い。
自分が自分でないみたいな感覚に襲われ、不意に吐きそうな気持ち悪さが込み上げてくる。
そんな時、エンジェルの背中を優しくさする手のひらと、頭をそっと撫でる手のひらがあった。
うつむいていた顔を小さく上げると、先刻走っていったはずの妹がエンジェルの頭をなでていた。
「ジェルも、我慢しなくていいんだよ」
「それを、ラビちゃんが言うの……?」
「ラビのせいで我慢してるみたいな言い方じゃん」
泣き腫らした赤い顔のまま彼女は優しい笑顔で言った。彼女はきっと「泣いていいんだよ」と言いたいのだろう。
エンジェルの気持ち悪さの原因とは若干ずれているけれど、そんなことよりもその思いやりが嬉しかった。
そして背中をさすってくれていたのは――。
「まだ決まったわけじゃないよ」
身体を起こしてエンジェルの隣に座り込んでいた
「避難してるのよ。きっとどこかで、貴方達の帰りを待ってるの」
「……そう……そうだよね……」
こちらもまた若干ずれていた。
だけど、どうでもいい。
「ありがとう」
面倒だなんて思ってごめんなさい。
敵だとか思って警戒していてごめんなさい。
「大丈夫だよ」
自身の頬をパシっと叩いて笑顔で答える。
自分が分からなくて気持ち悪くても、彼女達の好意は心から嬉しいと思えた。
彼女達が心の中が綺麗なヒトだということは分かってる。
私が心から思いたいこと、したいこと、それを私でなくてもしてくれるヒトがいるだけで少しだけ気が楽になった。
心の問題なのだから、結局は自分が心からそうだと思えないと意味がないけれど、一旦は落ち着いた。
「
「あ、休まなくて大丈夫」
「え?」
「あの……お腹が空いてただけなの……だからお母さんを探すの手伝うね」
ちょっぴり照れ臭そうに望美は嘯いた。
まだ何も食べていないのに。それに、そんな嘘の通じないくらい体調が悪かったはずなのに。
だけど私は彼女の意思に乗った。
「頼みたいことって、ご飯だったの?」
「そう、そうなんです。飢え死にするかと思った」
「何も食べてないくせに何言ってるの。ご飯食べよう?」
「あっ、ありがとうっ!」
「ただで手伝ってもらうのもあれでしょ。こっちがありがとうだよ」
リュックから乾パンの缶詰を取り出して開け、3人でわけあって食べた。
足りなくて鯖の缶詰を2つも追加で食べてしまった。
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