第19話 魔法陣へ消える3人


「あれ、お前玄武げんむなの? なんかぴかぴかじゃね?」


 ラビジェルがそう言った通り、記憶の中にある安そうな服を纏ったラフな姿とはかけ離れている姿だった。


 輝くタキシード、大きな赤い宝石のネックレス、高級感溢れる革の靴、ぴっちり七三に分けてキメた髪。

 心なしか白髪も殆ど――もとい、一切なくなっていた。


「はっはっは。わしは光ノ星と仲直りしたんじゃよ」

「何言ってんの?」

「お馬鹿なラビジェルには分からんか! エンジェル、お主なら分かるじゃろう」

「……光ノ星に出費でもしてもらいましたか? 何を代償に?」

「そんなもんないわ!」


 腰に手を当て、綺麗な校舎を見上げて満足げに頷いた玄武は、自慢げに語る。


「わしは言ってやった。戦争など無駄だ、これからは仲良くやっていこう! とな。案外物分かりの良い連中だったぞい」


 嘘だ。

 間違いなく嘘だ。


 光ノ星の王は戦争大好き野郎から変わっていない。

 その娘である望美のぞみでさえこんなにも驚愕しているのだから。


「あの王が、戦争をそんなにあっさり止めるわけ――」

「分かっとる。今は様子見期間じゃよっ」

「そんなお気楽な……!」

「あー黙れ黙れ。わしに世界平和の手柄取られて怒っとるんか? やめいやめい」


 そんなつもりじゃない。化物界=世界ではないのだから。

 光ノ星は潔白で、本当に本気で仲直りできたなら物凄く喜ばしいことだ。


 だが彼らは今現在、この星と仲の良い闇ノ星へ侵略している。


 戦争の火種が一旦闇の星へ向いている今、表面上は友好な関係を築いていながら、裏では化物界の弱点や次の進行の助けになる情報を漁っている可能性が拭いきれない。


そんな危険な人間達の手を借りるなど――。


「そうじゃなくて――!」

「黙れっつっとるだろうが」


 お前の話には何の興味もない、そんな心の声が聞こえるかのように冷たい声で言い、しっしっ、と手を振る玄武。


 その姿を見て、かつての夢を応援してくれたあの教師の影は欠片もなかった。


「そうですか」

「ジェル!? 良いの!? こいつこんなこと……」

「今はいいよ」

「……ジェルがそう言うなら」


 さようなら、と冷たく一瞥をくれて、私達は学校を後にした。

ひとりずんずんと来た道を引き返すエンジェルに、ラビジェルと望美は文句言わず着いてきた。


 校舎が見えなくなるくらい離れた頃、小走りしていた望美が荒い息をしながらエンジェルに声をかけた。


「エンジェル、ちゃん! ……あの人、乗っ取られてる、かもしれないわ! ……お父様の、付き人の、ひとりが! そういう『力』を!」


 エンジェルはぴたりと足を止めて振り返る。


「本当?」

「嘘じゃ、ない。だって、生まれた頃から、近くで、ずっと、見てきたん、だから」

「……」


 安堵した。玄武の言動は本人の意思じゃないんだ。


 なら仕方ないよね。


 まずは一刻も早く、大丈夫なヒトを探して――


「いや、玄武はあれ乗っ取り? とかじゃないでしょ」

「え?」


 急なラビジェルの言葉を望美が聞き返す。

 何を言っているのだろう。


 望美が言っているのだから間違いないのに。

 絶対大丈夫なのに。

 あんなに優しくしてくれたんだから、信じて良いのに。


「確かにすっごく見た目は変わったし、クソみたいなことも言ってたけど、あれは玄武自身が変わっただけでしょ?」

「ラビちゃん、玄武先生はあんなこと言わないよ」


いつも通りの妹の馬鹿みたいな発言を笑って流す。


「なんでそう言いきれるの?」

「望美ちゃんがそう言うから」

「……ジェル、言っちゃ悪いけどそいつの事そこまで信じない方が……いつものジェルはどうしたの?」

「望美ちゃんの悪口言うの!?」


 妹であれどうであれ関係ない、望美の悪口を言ったりするやつは敵。

 この世に生きる価値なんてないでしょう?


「死んで」

「……ジェル?」

「死んでって、言ってるでしょ!?」


 妹の細い首を思いっきり力を込めて両手で締め付ける。

 苦しそうな声がなんと滑稽なのだろう。


「もとに、戻ってよ!」


 『力』でハートの塊を放出して抵抗しようとしたラビジェルは、その『力』が封印されたことに気づいた。


「望、美、! おまえっ…やっ、ぱ」

「なぁに? 聞こえなーい」


 力尽きてその場に崩れ落ちたラビジェルを踏みつけて、望美は不気味に微笑んだ。

 そして彼女は『力』で光の矢を生み出し、エンジェルの心臓に突き刺す。


「やっぱり姉にして正解だったみたい。馬鹿な妹もこいつのこと十分慕ってるみたいだし……」


 望美は、今度はラビジェルの頭にゆっくりと光の刃を突き刺しながら光星語で言い放った。


【バカなあんたに教えてあげる。『天才』ってのは演技だってできるのよ?】


 2人の息の音が止まった事を確認し、望美は指を鳴らした。

 するとそこに真っ白の髪をした2人の大男が現れる。


【さっさと星に帰して頂戴。こんなくさった空気、これ以上吸ってられないわ】

【【勿論でございます!!姫様!!】】


2人の大男は魔法陣を展開した。


【姫様、どうぞ】

【ありがとう。…じゃあね未来の、だったかしら?】


魔法陣に消え行く彼女に続き、大男達も魔法陣に消えて行った。

数秒後、何事もなかったかのように魔法陣は消えた。


その場所に2人の少女の遺体を残して――。

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