間章 原因を探す(終)


「そうしてこの『舘』という隔離された空間が出来た。外ではレイモンドが暴走させた魔力が原因で火災が起きて、焼失したことになっているけどね」

「………………そんなことが」


 全てを聞き終えた雪は言葉を無くす。

 あまりに理不尽な話だった。


「彼と彼女には魔術の才がないと言ったが、あれは嘘だ。誰だって素質はある。学び方の問題なんだよ。彼の両親はその知識がなく、魔術の血を絶えさせない様に、シェイナを生贄にしてレイモンドの素質を呼び起こした」


 ……その結果が今なんだけどね。

 一呼吸置いて付け足した紅実の顔は、笑顔を絶やすことはないが幽鬼の様な瞳をしていた。


「さっき言った通り、俺はレイモンドと腐れ縁でね。結婚したことは風の噂で聞いていたけど、祝うのを忘れてて、半年過ぎた頃に近くを通ったから顔出しに来たんだけど…すでに舘はこの状態だった。中にいた両親や使用人たちはいなかったかの様に消えていたよ。まぁ俺は綻びを見つけて、レイモンドとシェイナを見つけることが出来たんだけど」


「村ではどういった認識だったの?」

「ハーレー一族は謎の火災により潰えたって感じ。レイモンドはまだ行方不明扱いだけど…。この前招いたある人に外部へ舘のことを漏らす様に交渉したから、もう少しで魔術師な観点から再調査がされるかもしれないな」



「シェイナさんは?」

「身体…いや、躯かな。それは綺麗にされていた。彼が意図せず願った『守護』と『維持』が魔術になり、一度絶命してしまった彼女の躯と魂はここに縛られている。もっと突き詰めて言えば、彼女は舘の中でしか存在出来ないようになってしまった。この状態を生者と死者、どっちとして認識するかは君にお任せするよ」


 雪は沈黙を通す。

 彼女が…その答えを出すことは出来なかった。


「——なんで君はここにいるの?ただの傍観者とはもう言えないほど、踏み込んでいるよね」


 代わりに疑問に思っていたことを次々に訊く。


「彼と彼女のゲームを手伝っているだけさ。自分は死んだ筈なのに、この舘に縛られているシェイナは言った。『私は死んでしまったのだから、ここには居られない』と。でも、レイモンドは認めなかった『理不尽で死んでしまった君は、死ぬ必要が無かった』とね。話は平行線になり、最後にある提案がシェイナから出された」


『なら、こうしましょう。貴方が私の魂を縛っているなら、記憶だって操作できる。私の中の貴方を忘れさせてください。その中で、を見つけたら…きちんと話を聞いてほしい。思いは記憶を消しただけでは消えない。その意志と覚悟を、私は貴方に行動をもって見せます』


「そして?」

「精神を摩耗していても、レイモンドは優しいからね。これを受託。レイモンドからも条件を出した」


『……期限を決めよう。探し出せる時間は一夜。でも俺にハンデがありすぎる。誰か招いて、劇みたいに。人がいた方が君はもしかしたら、目的を見つけやすいだろう』


「そんな感じでルールを決めて、今に至るのさ。その場にいた俺は興味本位で手助けすることにした。簡単なストーリーを作ったんだよね」

「ストーリー?」


「ただ一夜過ごすだけなら、温厚で良心的なシェイナは行動しない。領主の部屋など入りもしないだろう。だから事件を起こした」

「別名、命を操る錬金術師だもんね、君は」

「まぁね。その過程でほぼ不老不死になってしまった男さ」



「そこには触れないであげる。……あぁ、そうか客人、またはレイモンドを殺したをして、優しい性格のシェイナが事件を解決するようのが、真の目的か」


 今までの言葉を整理して、雪が結論を出す。


「そう。舘内にヒントはたくさんある。領主の部屋、レイモンド自身からの言葉、花、内装…。彼女が言った通り、思いは記憶を消しただけでは消えないことを証明出来そうなものがね」

「巻き込まれた第三者にとっては迷惑極まりないね」

「傷を治して記憶も消してるから実質何も起きてないよ。外界からはそう見える」


 にやりと弧を描いた紅実に、雪は目を細めた。


 ——あぁ、やはり彼も半ば狂っている。

 長い時を生きると、何処かになってしまうものだ。

 それは、、と。



「正直言って、勝機はレイモンドの方にある。負ける度に彼女はどう思っているのか…俺には解らない。でもね、まだ彼女は諦めていないのは解るよ」


 何も知らない今の彼女。死ぬ度に、『何が目的か』を思い出す。

 そしてまた、自然と夜を繰り返す。正気の沙汰じゃない。諦めてしまえば、どんなに楽か。

 再び愛しい彼と添い遂げることが出来るのに————。


「これはレイモンドから聞いた話。彼女がどう思っているのかは俺には解らない。俺は舘に来る前の彼女を全く知らない。ただ俺は…彼と彼女が納得できる終わりを作るため、手伝っているだけだよ」


「…………最後に一つ」

「何?」


「今まで外部へ漏らさない様に徹底していた筈なのに、なぜ今更外へ伝えたの?」


 今さっき、紅実は『この前招いた人に外部へ舘のことを漏らす様に交渉したから、

もう少しで魔術師な観点から再調査がされるかも』と言っていたことを雪は聞き逃さなかった。


「最悪な結果になった時の保険だよ。このままだと、シェイナはレイモンドに逢えない。レイモンドも、本心では彼女に逢いたいだろう。でも、自滅する。もう時間がないんだ」


 意味が理解できず、雪は首をかしげる。



「!?」


「ただの素人が、己の才と絶望のみで四か月…この異常な空間を維持しているんだ。魔術や奇跡は永遠ではない。魔力が無くなれば自然と生命力、生命力のあとは思考が犠牲にされる。つまり、さいごには『なぜこの舘を維持しているか』も解らなくなる。彼はもう、限界に近いんだ」


「………それは、予想外だったな。そうか、そんなにも」


 雪は言葉を詰まらす。

 彼の目の前に起きてしまった理不尽な死。抵抗。良しとしない気持ち。

 彼女の強い意志。複雑に雁字搦めになってしまって、今がある。 


「もう意地の張り合いだよね」

「あぁ、夫婦喧嘩だ」


 笑いごとではないのに根底にあるのが単純な感情で、拍子抜けしそうになった。

 ふぅ、と雪は息を吐いて、肩にかかった自分の長い白髪を払う。


辿。それがルールだね?」

「うん」


「じゃあちょっと、二人でお酒飲んでくるよ!」

「—————はぁ?」


 やっぱり話したのは間違いだったかな。

 得体の知れない目の前の医者に任せたのを、ほんの少しだけ後悔した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る