間章 原因を探す(1)
「すみません、こちらの花々を見繕って頂きたいのですが」
あるところの、ある小さな村の花屋に一人の男性が現れた。
「いらっしゃいませ。お祝い用ですね?」
「はい。身内…弟が結婚するんです」
奥から柔らかい金髪を靡かせた女性が現れ、男性に花束のイメージを訪ねる。
「それはおめでとうございます!配達は当日で良いですか?結婚式だと忙しいと思うので、前日の夜でも可能ですよ」
「当日で大丈夫です。お心遣いありがとうございます」
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「レイモンド・ハーレーです」
自分の髪を照れくさそうに掻きながら、男性は名前を言う。
「シェイナ・ミルバーデンと申します」
素朴な、それでいて花の様な微笑みでシェイナは返す。
ただの店員とただの客人。これが、シェイナとレイモンドの出会いだった。
「——お姉ちゃん。まだ起きてたの?」
配達日の前夜、店の作業テーブルで何かをしているシェイナに、妹が話しかけた。
手元にはハーブティーが入ったカップ。作業の邪魔にならない様に置いて、対面するように椅子を置いた。目をこすってから、姉の作業をじっと見つめる。
「うん。何だか納得しなくて……うん、これなら良いかな」
「やけに気合入ってるね。誰からのご依頼?」
「えっと、レイモンド・ハーレーという方よ。とても丁寧な人だった」
「ハーレー!?この村を統治してる家系じゃん!!しかも長男!次期当主っ」
「う、嘘!?知らなかった…よく見れば住所が領主様の家だし!どうしよう…。こんな花束で大丈夫かな…」
自分の無知さに嘆きながらシェイナは周りの花を見渡し、別の花束を作ろうと立ち上がる。
それを、妹は苦笑しながら止めた。
「お姉ちゃんの花束は村で一番なんだから、大丈夫だよ。だからそのレイモンドって人も頼みにきたんじゃない?」
「だ、だと良いなぁ…」
「ほら、もう寝ようよ。寝不足な顔で配達するのは良くないよ」
「う、うん…そうだね」
結局、その日の夜は緊張のあまり眠れなかった。
「ここだよね…ハーレー邸…」
朝、シェイナは目的地にたどり着く。隣町へ向かう森の途中にある舘、それがハーレー邸だ。さほど大きくはないが一般人から見れば大層な舘である。しっかりと整えられた庭や外観がそれを物語り、更にシェイナを緊張させた。
「お待たせしてすみません」
門を開いてレイモンドが出てくる。
それと同時に、シェイナは頭を勢いよく下げた。
「申し訳ありませんっ。貴方がハーレー家の方だとは知らずにあんな態度を…」
「あ、頭を上げてください!そんな、僕は大した者じゃないし、貴方の対応が丁寧で、こちらこそ忙しい所にお邪魔したというか…」
「でもしかし…」
互いに謝り合い、事態は全く進まない。平行線だ。
少しして、レイモンドが何とか本題を話す。
「ここで女性を立たせたまま会話をするなど、ハーレー家の恥です。お礼にお茶ぐらい」
「でもこれから結婚式があるんじゃ…」
「式は夜からです。準備も昼からなのでまだ大丈夫ですよ。疲れただろうし、少しぐらいくつろいでください」
それは、レイモンドの心からの気持ちだった。
「————、」
深緑色の真摯な眼差しにシェイナは反論の言葉も見つからず、そのまま舘へと入っていく。
「素敵なお屋敷ですね」
廊下に並ぶ絵画や装飾品を眺めながら、シェイナは言う。
「先の当主が喜びます。——こちらへ」
招かれたのはゲストルームだ。人をもてなす部屋だけあり、群を抜いて煌びやか。
思わず、ただの庶民であるシェイナは後ずさる。
「ご加減でも悪いですか?」
「わ、私一般の庶民ですし、やはりここにいてはダメだと思うんです。貴方の家族に見られたら、貴方が怒られてしまう…」
「あぁ、そんなことですか」
困り果てたシェイナに、レイモンドはつい小さく吹き出す。
「僕以外の家族は先程、花嫁を迎えに行ったんです。だからまだ帰ってきません」
「——へっ?」
「僕は留守番なので。だから、どうそ遠慮なく入ってください」
慣れない状況に戸惑いながら、質の良いソファに座るシェイナ。
ほどなくして、女中が紅茶を持ってきた。
「あっ、これがご依頼を受けた花束です」
「ありがとうございます。見てもよろしいですか?」
シェイナが頷くと、レイモンドは通気性の良い包装紙に包まれた花束を見る。
その出来の良さに、思わず息を飲んだ。
密集する様に束ねられた色とりどりの花たち。しかし煩くなく、主張が激しくもない…。
上手く調和が取れている。素直に素晴らしい花束だとひたすらに思った。
「素晴らしいです。村で評判の貴女に頼んでよかった」
「お、お褒めの言葉ありがとうございますっ。ただ…」
一つの心残りを、シェイナは表情を暗くして呟く。
「結婚式の贈り物でよく使われる祝いのまじないや、花の命を延命させる魔術が私に出来ればよかったのですが…。私に魔術の才能はこれぽっちも無く…」
「花束は涼しい場所で保管しておきます。それにこの花の状態…瑞々しくて、とても良い感じです。長く持つでしょう」
「そ、それは頑張りました。これでも花屋なので」
「僕も魔術が出来ないので、その歯がゆさはとても分かります」
「そうなんですか?」
「はい。お揃いですね」
レイモンドの言葉にシェイナもつられて笑う。
とても、穏やかな時間が流れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます