間章 原因を探す(2)


 しばらく談笑してから、レイモンドはある場所にシェイナを連れていく。


「花屋のシェイナさんなら、気に入ってくれると思うのですが…」


 屋敷の突き当りの扉を開けると現れた目の前の光景に、シェイナは今日一番の歓声を零した。

 道沿いに色とりどりの薔薇が咲き、アーチには様々な花があしらえていた。

 整えたばかりなのか、全てが均等だ。

 図鑑でしか見たことがない花も見られ、つい魅入ってしまう。


「すごいですっ。こんな綺麗な庭園、初めて見ました」

「ここの庭師がとても良い仕事をしてくれるんです。ここだと読書に集中できます」

「確かに…。とても良い風景を見させてもらいました。お代なんて要らない程に」

「いえ、しっかりとお代は払います。ハーレー家の面子の問題なので…」


 彼女の言葉に、レイモンドは慌てる。その慌て様に、シェイナはまた小さく笑った。



「おかえり、お姉ちゃん。どうだった?」


 正午になる前にシェイナは帰ってきた。

 彼女の代わりに店番をしていた妹が真っ先に声を掛ける。


「とっても良い人だった。——緊張したぁ~」


 へたりこむ様に、シェイナは作業台の椅子へ座る。


「結婚式なのに、村へはなんも知らせがないね」

「あんまり民のお金を使わせたくないんじゃない?いいねー。節約は」


 冗談交じりに妹は言った。

 そしてシェイナは少し休憩すると、いつも通りの日常へと戻る。


「店番ありがとう!!試験の勉強あるんでしょ?もういいよ」

「ん。何かあったら呼んでね」



 妹はとても合理的で勤勉家。将来は金融や経理の仕事に就きたいらしく、来年には村を出て寮住まいの学校に行くことが目標だ。早くに亡くなってしまった両親が残してくれた花屋は自分が次いでいるし、妹には好きに生きてほしい。シェイナは純粋にそれを願っていた。



 村一番と好評な花屋を切り盛りするシェイナはいつも多忙だ。噂を聞いて近隣の村や街から花束の依頼が来るほどに、その名前は広まっていた。

 目まぐるしく回る日常の中、いつもの様に呼び鈴が鳴る。



「はい、只今参ります——」


 作業場で花を切っていたシェイナが表に出る。呼び鈴を鳴らした人物に、思わず持っていた花を落としそうになった。


「この前はありがとうございました」


 目の前には、約一週間前に花束を依頼され、届けた男性…。この村を統治をしているハーレー家のレイモンドがいた。


「レイモンド様!?」

「さ、様なんてやめてください!!今日はお礼に来たんです」

「お礼?」

「はい。花束、とても喜ばれました。貴女の技術のお陰です」


 世事でも嬉しい言葉に、シェイナは顔をほんのり赤くさせ下を向いた。


「あ、ありがとう…ございます…」

「もう少しで領主になる弟も、枯れた時は悲しんでいました。花は人を虜にしてしまうのですね」


 ————?


「領主には、弟さんがなられるのですか?」


 レイモンドは当たり前の様に頷いた。



「何と言いましょうか…ハーレー家は、実は魔術第一の家柄なんです」


 シェイナは聞きなれない言葉に首を傾げる。初耳だった。


…そのために、ハーレー家の人間は魔術を学びます。簡単に言えば、俺は魔術の才能が無く、弟にはあった。だから弟が領主になるのは必然なのです」

「…それを、うらやましく思ったことは?」


「無い…と言えば嘘になります。でも、自分の好きに生きられるのは良いものです。弟の片腕として仕事も増えますが、こうやって、街をぶらぶらできますしね」


 呑気な声色で話す彼に、嘘は全く見られなかった。


「あ、そうだ。これを渡したかったんです」


 何かを思い出したレイモンドが、小さな鞄から手のひらサイズの紙袋を取り出す。

 それを、シェイナに渡して開くよう頼んだ。


「花の種…?」

「この前、うちの庭園で貴女が特にじっと見ていた花の種です。ちょうど時期だったので、少し持ってきました。ぜひ育ててください」

「そんな貴重な花の種、受け取れません」

「たくさんあっても植える所がない。貴女の様な人に育てて貰った方が、花も喜びます」

「……そんなに、じっと見てましたか?私」

「はい。とっても真剣に」

「恥ずかしい…」

「そ、そんなことないです!!」



 顔を隠そうとするシェイナの腕を優しく握り、ついレイモンドは至近距離で言う。

 更にシェイナは顔を真っ赤にさせ、我に返ったレイモンドも距離を取った。



「ま、また来ますっ!それでは!」

「は、はいっ。お待ちしています!!」


 風の様に去るレイモンドを見送り、シェイナは夢見心地な気分で店の玄関で突っ立っていた。


「また来るって。玉の輿頑張れっ」


 騒ぎを聞きつけ、奥からこっそり見守っていた妹が顔を出す。

 姉の赤面を、何とも愉快そうに見ていた。


「何言っているの!!」



「——と、こういう感じでシェイナという女性と、レイモンドという男性は初々しく距離を縮めていったんだ」

「へ~。青春だね…。俺もそんな恋を…、あ、結構前にしたな…」

「…もうツッコまないからね。シェイナからすれば正に童話のお姫様みたいな展開だし、レイモンドはそうだな、きっと、一目惚れだったんだろうね。落ち着いた性格の二人は、変哲もない、穏やかな日常を過ごした。でもね、」


「童話のお姫様に待ち受けるのは、喜劇か悲劇。どちらかだ」



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