間章 原因を探す(3)


 シェイナとレイモンドが自然と交際を始めて、約一年が経過した。

 仕事の合間を縫って食事をしたり、買い物に行く程度だったが、その中で距離と縮めていき生涯を共にするのが、ほぼ確定となっていたところだ。


「レイモンド、遅いな」


 いつの間にか彼を呼び捨てにする程。

 シェイナは、いつも待ち合わせに使用している喫茶店で彼を待っている。既に、約束の時間を三十分過ぎていた。


「ごめん、遅れました」

「どうしたの?」


 晴れやかな天気とは正反対に、レイモンドの顔は沈んでいる。

 シェイナが顔を覗き込むと、無理に笑顔を作った。


「無理しないで。座ろう?」


 促され、同じ席につくレイモンド。

 頼んだ珈琲を一口飲んだところで、ようやく口を開いた。



「弟と、その妻が亡くなりました」

「————えっ?」


「おそらくうちの家系をよく思ってない連中の仕業です。ようやく落ち着いて、新婚旅行をしていたところなのに…」



 魔術師同士の見えない派閥がこんな小さな村にも及んでしまい、理不尽にも巻き込まれた彼のかけがいのない人たち。

 レイモンドの胸の中で渦まく心情なんて真に理解出来る筈がなく、シェイナはただ俯くことしか出来なかった。



「その…レイモンドはどうなるの?嫌だよ私。レイモンドが危ない目に遭うのは」


 一番気になるのはそこだ。

 このままレイモンドが当主になるのなら今度は彼の身に危険が及ぶかも知れない。

 それは当然、堪えられない————。


「俺が当主になる。でも、俺自身に魔術の才はないし、ただの領主ならきっと大丈夫」


 自信なさ気に眉を下げながら、それでもやり通してみせると語る彼の瞳。


 彼は、全てを背負う気だ。

 シェイナは直感する。それはどんなに過酷な道だろう。魔術第一の家柄で、魔術の才がない者が当主となる。

 民は知らなくても知っている家族や、親戚からの風当たりは冷たいだろう。

 その先の見えない真っ暗な極寒の茨の道を、彼は歩いてくのだ。

 ————一人で?



「そんなの駄目だよ」


 そっと、自分の手で彼の手を包み込む。


「一人で背負わないで」


 包み込む手の力を無意識に強くしてしまう。


「——私にも、て、手伝わせて…」


 あまり考えずに、シェイナは言葉を紡いだ。

 純粋な本心だ。ただ、感情が思考より先に行って拙い言葉が出てしまっただけ。


「——…………っ」


 レイモンドは息を飲み、そのまま詰まらせる。

 次に泣き出しそうな顔をした。ぐっと堪え自身を落ち着かせる。

 一瞬だったが、自分はさぞ面白い顔をしたのだろうと頭の片隅で思いながら。

 彼女がどういった意味で言ったのか理解できない程、馬鹿ではない。



「俺は男失格だな。本当は、俺から言わないといけなかったのに」


 正面にいるシェイナの瞳には、情けない自分の顔が映っていた。

 困った様に微笑み、今度は自分がシェイナの両手を包み返す。


「どうか俺の傍にいて、見守ってほしい」



 ——それだけで、きっと生きていける。こんな世界でも生きていける。

 ——それだけで、どんな困難も乗り越えることが出来る。


「……レイモンド」

「うん」

「自分で手伝わせてって言っといて頼りない私だけど」

「俺には充分過ぎる人だよ」


 微笑むレイモンド。

 シェイナはこみ上げる感情の名前を見つけることは出来ず、絞り出すように応えた。


「傍にいさせて…ください」

「俺こそ、傍にいさせてくれ」


 小さな村にある、ありきたりな喫茶店。

 誰にも気づかれることなく、二人は誓いを結んだ。




 結婚式は弟の時と同じく簡素に行われ、村にはあとから通達された。

 既に寮住まいの学校へ入学していた妹はお祝いのために一度戻ってきてくれて、二人は心からの祝福を受け取る。

 人望に溢れたレイモンドと、村一番の花束を作ると好評なシェイナが結ばれたという知らせは、村を活気づけた。


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