間章 原因を探す(4)


 シェイナがハーレー家に嫁いで、あっという間に半年が経った。

 魔術主義なせいか、彼の家族はあまりシェイナと会おうとしない。同じ住まいなのに食事すら別々だ。

 嫁いでから解ったことだが、レイモンドにも同じような接し方だった。それでもシェイナはめげず、いつか普通に話し合うことが出来ると信じて、慣れない日々を乗り越えていく。


 ちなみに邸内であまりやることもないので、花屋を続けていた。

 領主であるレイモンドのサポートをしているので、開店時間が短くなったり休みの日が多くなったが、どうしても店を閉じることは出来なかった。



 彼が領主となってある程度落ち着いてきたある日、レイモンドは近隣の統治者と会合をするために舘を留守にし、妻のシェイナが残された。

 用心しておくように、とレイモンドから念を押される。


 一日だけ舘から離れるだけだが、何かをするには十分な時間はある。

 そして、悪い予感というのはやけに当たるものだ。




 その日はレイモンドの両親に食事を共にしないかと誘われた。

 厳格な親でも、嫁いできたばかりの女性を一人で寂しく過ごせるわけにもいけないと気遣ってくれたのだろう。

 その優しさに浮き足立ち、談笑をしながらシェイナは食事を共にする。


「シェイナさん」

「は、はいっ」


 突然、レイモンドの母親がシェイナの名前を呼んだ。

 舌触りの良いシャンパンを一口含んだ直後で、つい気管支に入りそうになる。


「どうか、レイモンドを、ハーレー家をお願いします」


「………?も、もちろん!頑張りま————、」



 瞬間、意識が遠のき、視界が歪む。

 ガシャンと音をたてて倒れこんだのはシェイナだった。

 何かを盛られたことは理解できた。しかし誰に?

 視線だけをどうにか上へ向ける。

 ——眼前には自分を見下ろす、レイモンドの両親がいた。

 あぁ、身体が痺れ、言葉も発せない。

 せめて会話を…


 一体、なにが————、



 翌日レイモンドが帰ってきた時、シェイナの出迎えはなく館は不気味なほど静かだった。

 両親も見当たらず、女中や執事も「知らない」と言う。

 ————嫌な予感がする。

 なぜ魔術の才がこれっぽっちも無い二人の結婚を認めたのか、今まで口を出してこなかったのか。様々な矛盾感が脳裏によぎる。


『何か?』と問われれば具体的には言えない。

 しかし、考えられる全てが悪い予想へと進んだ。



 ある程度舘を走り回ったが、シェイナの姿は見当たらない。

 あと探していない場所と言えば……


「ゲストルームの?」


 しかしあの部屋は、領主を交代する時にしか使わない。

 しかも、ハーレー家が使用する魔術について教えるとかでただの人間が入っても意味の無い部屋だ。

 それは、魔術の才がないレイモンドとシェイナを指しており、自分が領主になった時は不要なものということで入らなかった。

 もう宛がない。

 意を決し、レイモンドはゲストルームへと向かった。



 隠し部屋はゲストルームに一つだけある本棚を移動させると現れる。

 そこからは地下へ降りる階段が続いており、最後に大広間並に広い一室があった筈。

 ……隠し部屋へ入るのはこれで二度目だ。

 一度目は小さい頃、弟と舘内を探検していた時に偶然見つけ、両親に怒られた記憶がある。


 なるべく静かに扉を開けると、湿気た石畳の臭いが鼻を突く。灯りが無い中、レイモンドは焦る気持ちを抑え慎重に、急な螺旋状の階段を下りて行った。

 下りるにつれ、蠟燭を焚いている匂いが濃くなる。

 人がいることは明白。

 レイモンドは、たどり着いた錆びかけの扉に手をかけた。



「————ッ!!」



 レイモンドは絶句した。

 信じられない、現実離れした光景に立ちすくむ。絶句する。


 


 その広間は、異様だった。

 古びた内装を覆うように色鮮やかな草花が咲き、さながら温室の様だった。

 弟と入った時はただの廃れた教会みたいな内装だったのに。

 地下室では到底在りえない状態。

 どうやら、草花は何処かを中心に伸びており、自然と視線が移動する。

 その中心には、


「シェイナ…………?」


 祭壇に横たわるシェイナがいた。


「————レイモン、ド?」



 彼の声にシェイナは目を虚ろに開き、彼を見る。

 身体が痺れているのだろう震える腕で、彼に手を伸ばす。

 そのシェイナの横に、自分の両親が立っていた。その手には短剣。


 レイモンドと一瞬だけ目線を交わすと、これしか方法が無かったと言う様に悔し気に悲し気に表情を崩す。

 短剣を、シェイナ目がけてゆっくりと振りかざしていた。



「やめ————っ」


 伸ばした手も、駆け出している足も届かない。

 それぞれの短剣が、シェイナの喉と心臓を突き刺した。

 噴き出す様に流れ出る鮮血に呼応し、風の無い空間で草花が、花びらが散っていく。


 落胆し、叫び散らして膝から崩れ落ちるレイモンドの中には悪意や絶望と、人間が呼ぶ全ての感情が湧き出る。

 視界が黒く塗りつぶされた感じだ。何も見えない。あるのは両親への殺意と理不尽に奪われた彼女を受け止めきれない事実。同時に音をたてながら、ここら一帯が捻じれ、逆巻いて壊れながら再構築しているのが、レイモンドだけに解った。


 ………これは自分がやっているのか?魔術は使えないのに。何故?どうやって?解らない。


 両親の叫び声が聞こえる。「成功した」と喜ぶ声も混じっていた。

 だが、どうでもいい。彼女がいなくなった今、無意味だ。


「でも…」


 もし、自分がやっているのなら


「彼女と共にいた時間に————、」




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