後日談2 残された者と錬金術師
「やぁ」
「うげ…」
「開口一番それは酷くない?」
アルドさんとコヘットさんから別れ、自分は再び、花屋もとい自宅へ戻ってきた。
誰も出迎えてくれるはずは無いのに…扉を開けると使われていないカウンター、その椅子に紅実が座り帰りを待ち構えていて、驚くよりも前に嫌悪感が現れる。
「鍵閉めて行ったし今も鍵掛かってたのに何でいるの」
「魔術士や錬金術師にただの鍵は意味ないよ」
「……通報してもいい?まだ舘を調べていた魔術士さん達、村にいるし」
「容赦ないなぁ。あ、疲れたでしょ?お茶淹れてあげよう。台所どこ?」
「ここ!あたしの家なんだけど!!座ってろ!!動いたら通報するから!!」
聞く耳を持たないコイツに、あたしは今日一番の大声を上げる。何をされるか分からないので、紅実はそのまま座らせ自分が淹れに行った。正直戻ったら居なくなってれば良かったのに、言われた通り座って待ってたのが余計に腹立つなぁ。
「で、何の用?あの後あたしをほっぽって消えたクセに」
「いやー、一応お尋ね者だからね。遠回りと寄り道をしてただけだよ。特に今回のことがバレたらお咎めどころじゃないからね!」
紅茶を飲んでから軽快に笑う紅実に、ついため息が零れてしまう。
命と魂を操る錬金術師…。
どんな傷でも当たり前に治し、条件さえ揃えば蘇生すら可能な男が目の前にいるのが未だに信じられない。
「……まぁ、暫くは大人しくするさ。弟子だからとほっとく訳にもいかなかったし、気前良くあれこれ手を加えちゃったし。そのせいで怖〜い旅医者に釘刺されたし。反省反省」
「旅医者?」
「こっちの話さ」
……何だろう。
一瞬だけ、後悔している様な憂いを帯びたようなコイツらしかぬ顔をした気がする。
『舘』は10回以上繰り返されているらしい。その中で個別に出逢いがあってもおかしくは無いし、あたしが関わることはできない。というか関わりたくない。
「で、テレーザ嬢。君はこれからどうするの?」
「どうって…2日ぐらいしたら学生寮に戻るよ。勉強三昧」
「勤勉だねえ」
「そして、村に戻ってくる」
「え?どうして?」
あたしの答えに紅実は意味がわからないと驚いたような声をあげる。やっと一泡吹かせてやった。
「……おそらく、この村の次の領主はレイモンドさんの…ハーレー家の遠縁の家系だ。あそこの当主は正直言って領主には向かない。バカなの」
「ストレートだねえ」
「そんな奴が領主になったら只でさえ過疎化してるこの村の未来はどうなる?目に見えてるでしょ?だから、」
パチりと紅実と目が合う。
まだ解らないようだ。
少しだけ、深く息を吸って言葉を続ける。
「領主権もぎ取ってあたしの代で民主化にしてやろうかと!」
「ハハッ!!それまた突飛な思いつきだね」
「まぁね」
あのよそ者さん達と別れてからふと思いついたことで、プランとか何もないけど、これが今のあたしが一番やりたいこと。
「君は村に縛られなくて良いんだよ?お姉さんもそれを望んでたんじゃないのかい?」
紅実の言う通りだ。レイモンドさんだって、『領主の一族だから』って理由である意味村に縛られていた。そのせいで、巡り巡ってあの悲劇が起きたのだし。
「——まぁ、そうだけどもね。
あたし、この村が嫌いなわけじゃない。寧ろ好き。歴代領主を務めていたハーレー家は凄い方達だと思うし、直近のレイモンドさんだって、魔術は使えなくても領主になる前からどんなことでも相談に乗って、解決して、時には泥まみれになって、村の人達に寄り添ってくれていた。みんな穏やかで、優しいの。それを壊されたくないんだ」
元々経済学を学んでいたのもそれが理由だ。どうにか村おこしの一端を担って、過疎化で緩やかに消えかけているグラヴベ村を救う手助けがしたいと思ったから。
「ま、お姉ちゃんが好きと言っていた、この村をどーにかしたいって理由もあるけどね」
「計画はあるのかい?」
「さっき決めたから具体的にはまだ無いよ。だからこれからは国際法も勉強していくつもりだし…。あぁ、そうだ。領主権もぎ取るためには『ハーレー家に嫁いだ人の妹』だけじゃパンチが足りないんだ。これだけじゃ、あたしを知っている人は応援してくれるだろうけど、田舎あるあるの血筋云々に負ける」
ちらりともう一度、紅実を見る。
あ、今度は察したみたいだ。『めんどくさいなあ』みたいな顔して黒と黄金色のオッドアイを細めている。
「だから紅実、誠に不本意なんだけど、あたしの師匠になってよ」
「だと思った!不本意なら他の人見つけなよ」
「無理無理。正攻法じゃ見つけるのにどれだけ時間掛かると思ってんの?」
「そうだけどもさあ」
「アンタめちゃくちゃ凄い人なんでしょ?魔術の知識もあって錬金術もできる。これを逃すほどあたしは抜けてないよ」
「……本当に良いのかい?俺は事をややこしくした張本人だよ?」
紅実が自虐気味に問う。
何だこの人。意外と分かりやすい性格しているな。長生きでほぼ不老不死とか言ってたから倫理や道徳が通じないと思ってたのに。
少なからず責任は感じているようだ。
「アンタはお姉ちゃんとレイモンドさんの我儘に付き合ってあげてたんでしょ?結果としてあたしも最期にお姉ちゃんに逢うことが出来たし…。全部が全部アンタのせいじゃないでしょ」
それに、とあたしは付け足す。
「まぁ、ややこしくした責任感じてるならぁ?尚更あたしの師匠になるべきじゃない?あたし、天涯孤独なんだけどなー。困ったなー」
「————全く!彼女も君と同じようなことを俺に言ったよ。君は姉君とは別ベクトルで強かなのにそっくりだ」
大袈裟に言うあたしと同じぐらい大袈裟に、紅実も返してくる。その後は開き直れたのか、ククッと笑っていた。
そう、あたしは頑固だ。やろうと思ったことはやり通すし、手段も柔軟に選ぶ。春風のように暖かく、何処かに流されそうな姉を支えるのがあたしの役割だと思ってたし勉強はめちゃくちゃした。
固定概念なんかに囚われて溜まるか。
あぁ、でも…そうだ。
お姉ちゃんも確かに頑固だった。
我儘を聞いたことはなかったけど、やると決めたらしがみついてもやる人だった。
訂正。春風なんて生易しいもんじゃない。周りを巻き込む台風かもしれない。
それでも、誰よりも暖かく芯の持った人だった。
ふといつもの癖で毛先を触ろうとすると、肩で髪が無くなる。
そうだった…髪も切ったんだ。
また伸ばせばいいか。前と同じ長さになるには何年ぐらいかかるだろうか。
その頃には、胸を張って村に戻ってこれるのだろうか。
今朝まで『舘』の中で奇跡の再会と別れをして泣き腫らす程に沈んでいた筈なのに、もうやることが見つかった。
あぁ、生きるのはこんなにも忙しい!
駆け抜けなければ。
生者も死者も巻き込む騒動を起こした、お姉ちゃんとレイモンドさんに、あたしが負ける訳にはいかない。
ふと、空いていた窓から冷たい風が吹いた。
短くなった髪を撫でる様にふわりと舞う。
冬が近づこうとしている。
でも、その次には春がやってくるのだから、悪いものでは無い。
そうでしょう?
「当然!アタシはシェイナ・ミルハーデンの妹、テレーザ・ミルバーデンだもん」
ほぼ決めつけられていた結末を捻じ曲げて、望んだ終わりを掴み取ったであろう、あたしの大切な人達。
その人達に負けないように、ただ一人残されたあたしは『舘』での思い出と出逢いを抱えながら今を生きるんだ。
舘の大噓つき しばお緋里 @utahisato
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