後日談1 残された者とよそ者達

 

 夜が明けて舘が在った場所から去る。

 自分でも引くほど泣いて、泣いて、隣にいた紅実もいつの間にか消えて…。記憶が朧気のまま家に戻ってそのまま昼まで寝てしまった。


 賑やかな外の音でつい飛び起きる。


 昨日起きた出来事が脳裏に焼き付いて離れない。

 鏡を見ると、変装と決意のために勢い任せに切って短くなった髪と、急ごしらえで揃えた少しサイズの大きい男物の服を着たままの自分。

 泣き過ぎた目は軽く腫れていた。

 あぁ、夢じゃなかった。

 夢のようで、夢じゃない別れだった。


 気持ちを切り替えるために服をいつものロングスカートに着替え、髪を整えてから外に出る。

 すれ違った顔馴染みの人達に髪を切ったことを大層驚かれたので、適当にはぐらかして宛もなく歩く。


「……あ、」


 ふと、村の入口付近に見覚えのある男女のペアを見つけた。

 確か…アルドさんとコヘットさんだ。

『舘』に迷い、巻き込まれ、全てを記憶したまま出てきた二人。

 全ては紅実の掌の上だったけれど、偶然にも結果としてあたしが姉とレイモンドさんのことを知ることが出来た。


 二人は最初、あたしの髪が短くなっていたせいか誰だろうと不思議そうな顔をしていたが、やがてコヘットさんが駆け寄って挨拶を交わしてくれた。というか、抱きつかれた。


「わっ」

「良かった!何事も無くて!」


 自分より小柄なコヘットさんが抱きつきながら見上げてくる。何だか小動物みたいで和むなぁと他人行儀で思っていたら、アルドさんもやってきた。


「あのあと嬢ちゃんが血相変えて何処か行ったから心配してたんだよ。かと言って俺らは村の外に出れなかったし…」


「本当に心配したんですから!髪も短くなって…もしかして、襲われたんですか!?」


「いや、そんなことは…心配かけて、ごめんなさい……」


「——アンタ、あの女…シェイナの妹なんだってな。取調べの時、この村の年寄りから聞いたよ」


 説教を甘んじて受け入れているあたしに、助け舟を出すかのようにアルドさんが話題を替えてくれた。

 そこであたしはあの舘で起きたことと、真実を話す。

 この二人なら話しても大丈夫と確信があった。


 二人は予想通り、私のたどたどしい話を静かに聴いてくれた。



「そんなことが…あの場にいたのに全然わからなかった…」

「記憶を消してる時点でズルいな。つか俺ら、夫婦喧嘩に巻き込まれたのか」

「夫婦喧嘩…ふふっ、そういえばそうですね」


 元を正せばお姉ちゃんとレイモンドさんの相違の違いから始まったんだ。

 アルドさんの的を得た例えについ小さく笑うと、二人が驚いた様に目を丸く開いてあたしを見ていた。


「…どうかしましたか?」


「いえ、その…うん。笑顔がお姉さんにそっくりだなと」

「おう。あんな訳わかんねえ状況でも底抜けに明るい人だったからな」

「…へへっ」


 昨日から泣き虫だ。

 また一雫、自分の瞳から涙が零れる。

 心配されたが大丈夫だとすぐに返した。

 これは悲しみから出てきた涙ではないのを、すぐに自覚できたから。



「名残惜しいですが、私達はこれで失礼しますね」

「あの…連絡先まで交換してもらって本当に良いんですか?」

「アンタ、この村じゃもう親戚も居ないんだろ?せっかくの縁だ。困ったことあったら連絡しろよ 」

「そうですそうです!近くに来たら寄ってくださいね!まぁ私たち、住んでる地域全く違うので全員で揃うことはないと思いますが…」

「……ありがとうございます。心強いです」


 連絡先と住所が書かれた小さなメモを私は大切に仕舞う。

 正直言って、親戚もいないし天涯孤独になってしまった身としては本当にとても心強かった。


「じゃ、今度こそサヨナラだ」

「また逢いましょう!」

「はい!お気を付けて!」


 手を大きく振って二人を見送る。

 どうか、今度こそ迷うこと無く帰れるようにと願いながら、二人が視界から消えるまで手を振り続けた。




 ・・・・・・・・



「……なんで着いてくるんですか?」


 テレーザと別れてからも、アルドとコヘットはしばらく一緒に歩いていた。

 しかし向かっているのは遊歩道から外れた森の中。そこには一本だけ道が舗装されており、その終着点が二人の目的地だった。


「考えてること同じなんだろ?」

「まぁそうですよね!…あ、」


 自然と足が赴いたのは——舘の跡地だった。

 相変わらず何も無いし、火事があったせいで芝すらろくに生えていない。

 魔術的な捜査も終わったのか、人ひとりおらず、何も知らない人が入れば森の中にポツンと空き地がある様にしか見えないだろう。


 ――――変わったとすれば、前に来た時より空気が澄んでいるように感じられた。

 術が解けたせいなのか、単に天気が良くて晴れているからなのか、はたまた、自分たちが『舘』の真相を知ってそう思い込んでいるだけなのかもしれないが。


「花でも持ってくれは良かったですかね」

「その最高の花屋が潰れちまったんだがなぁ」

「そうでした」


 事情聴取のため1週間も村で過ごしていたため、こんなやり取りはもう何回もしている。

 おそらく玄関があった場所の前に立ち、二人は目を伏せて祈った。


 どうが、あの穏やかな夫婦に安らぎを。




「——ここら辺で本当にお別れですね」

「おう。寂しくなったか?」

「なるわけないでしょう!」


 遊歩道に戻り、分かれ道に差し掛かると足が止まった。


「婚約者様と仲良くしてくださいね!せっかく脚が治ったのですから!」

「勿論だっての。は番を一生大事にするんだからな」

「……………じ、人狼?」


 さらりの述べられた言葉に、コヘットの顔が固まる。

 その表情に満足したのか、アルドは八重歯を見せるように口元を緩ませ、愉快そうに笑った。


「満月の日にしか狼にはならねえけどな。人間のフリしてた方が生きやすいし」

「な、嘘つきー!一週間も一緒に居たのに!教えてくれたって良いじゃないですか!!」

「言うメリットがないからな。人狼は嘘つきのイメージが占めてるし、実際揶揄からかうのが好きな性質だけど…俺らは人間と違って周りを困らせる嘘はつかねえよ」


『今回みたいにな』と人間もとい…人間のフリをしていた人狼、アルドはコヘットに言うと、軽く頭を叩いた。何故されたか解らないコヘットはただ眉を潜ませる。


「おめーだって嘘つきだろ。大人っぽい雰囲気してるが、まだまだガキじゃねえか。あのテレーザって娘より年下じゃねえの?」


 人狼故の嗅覚だろうか。アルドは初日に、コヘットの秘密すら暴いていた。

 あの『舘』で、紅実が裏で糸を引いてるにしろ、アルド自身も疑われたにも関わらず認識阻害の魔術を自分自身に掛けていたコヘットの怪しい箇所を敢えて指摘しなかった。

 そのことにたった今気づいたコヘットは、彼なりの不器用な優しさに今度は眉を下げる。


「そ、そんなこと…ありますけど…。飛び級で魔術会にスカウトされたんですもん!せめて外見だけは大人っぽくしないと外では生活しづらいんです…っ!」

「怖かっただろ。この一週間」

「ホントですよ!全くです。嘘つきだらけで!……人のこと言えませんけど…」

「嘘つかないで生きれるヒトなんていねえだろ。…さて、」


 ちらりとアルドは自分が行く方向に視線を送る。いつまでも立ち話をしていたら、また日が暮れて迷うことになりかねないのはコヘットも解っていた。


「んじゃそろそろ行くか。俺はこっち」

「私はこっちです。逆ですね」

「途中まで送ってやろうか?おチビさん」

「大丈夫です!もうっ!——では、さようなら」

「あぁ、達者でな」


 『舘』を通して繋がった奇妙なえにし

 彼らがまた出逢うかどうかは、誰にも解らない。





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